第7話:偶然のふりをした必然
優はミラージュランドの最寄り駅を出たところで、陽介を待っていた。
「自分でこの時間に指定してきたくせに……」
待ち合わせの時間からすでに15分。
そこからさらに5分ほどして、ようやく改札に陽介の姿が見えた。
「わりぃわりぃ、昨日夜中までゲームしてたら寝坊したわ」
「何も言い訳しないところだけは、お前のいいところだな」
少し嫌味っぽく返しながら、二人はミラージュランドへと向かって歩き出した。
平日とはいえ、世間は夏休み真っ最中。
園内は若者たちでごった返していた。
「うげぇ、すげー人だな」
「そりゃ夏休みだしなー」
そんな他愛もない会話を交わしながら、長い入場列に並ぶ。
――けれど、優の頭の中にはふとした瞬間、遥の既読無視のことがよぎり、胸がチクりと痛んだ。
列は長かったが、意外にもスムーズに進み、思ったより早く中へ入ることができた。
入場ゲートをくぐった瞬間、目の前に広がったのは幻想的な風景だった。
陰キャオタクの優でも、思わず心が躍ってしまうような世界。
「来てよかったかも」
自然と気持ちは、ミラージュランドを楽しむモードへと切り替わっていた。
「とりあえず、まずジェットコースターっしょ!」
陽介は迷いのない足取りで進み、優はその後ろを追うしかなかった。
小さい頃に家族で来たっきりだったせいで、どこに何があるか全く覚えていなかった。
――3つほどアトラクションに乗る頃には、時刻は13時近くになっていた。
「さすがに、ちょっと足が疲れてきた……」
「おいおい、まだまだこれからだろ?」
猛暑の中、普段まったく運動しない優の体には堪えるものがあった。
「腹も減ったし、昼にしようぜ」
「その辺のワゴンの飯でいいか? 俺が買ってくるから、お前そこで休んどけよ」
陽介のありがたい提案に、優は素直に頷いた。
そして一人になった途端、自然とまた考えていた。
「先輩、今ごろ……何してるのかな」
◇
母親が嵐のように部屋を去ったあと、遥はしぶしぶ支度を始めていた。
「家族で行くだけだし、メイクも最低限でいいや……服も適当で」
やる気のない準備をなんとか終わらせ、父親の運転する車に乗り込む。
「それにしても、平日に休めるなんていつぶりよ~」
「上から有給使えって言われてな」
「でもそのおかげで、家族みんなで遊びに行けるんだもん。有給様様だね!」
前席で繰り広げられる明るい会話をBGMにしながら、遥はスマホを見つめていた。
「……はぁ」
結局、返信できないまま。ため息が漏れる。
「ねーちゃん、そんなに行きたくなかったの?」
「ガキのあんたには分かんないよ」
「は? もう中三だし、ガキじゃねーし」
「中三はじゅーぶんガキです」
そんな不毛なやり取りのさなか、陽翔がふと遥のスマホ画面を覗き込んだ。
「ん? トーク画面……“佐久間 優”? 男か!?」
「あの男っ気ゼロのねーちゃんが!?」
しまった、面倒なことになった――と思った頃にはもう遅かった。
「かーちゃーん! ねーちゃんが男とチャットしてるー!」
「えっ、なんですって!? 相手はどんな子? 写真は? ちゃんと紹介してね!」
……ああもう、勘弁して。
弟と母親からの質問攻めに遭い、結局、優との出会いから“既読無視中”であることまで洗いざらい話す羽目になった。
「遥もちゃんと青春してるのねぇ。お母さん、安心したわ」
「だから、佐久間くんとはそういうのじゃないって……」
――車に揺られること約1時間。
ミラージュランドに到着した。
「さあ、行くわよ! あ、帰りにまた佐久間くんのこと聞くからねっ♪」
……ここ、地獄かも。
遥はそう思いながら、隣で苦笑いして“ごめんねポーズ”を取る弟を睨んだ。
そんなので許せるわけない。
疲れ切った遥とその一行は入場列に並び、やがて園内に入る。
「ん~! 入り口なのにこの幻想的な雰囲気、たまんないわね!」
「そうだねぇ」
両親がフワフワとした会話を交わす中、遥の心はどこか遠くにあった。
――3つほどアトラクションに乗った頃には、すでに13時近くになっていた。
「お母さん、さすがに疲れたし……お腹もすいた」
「あら? 確かにもうこんな時間。じゃあお昼にしましょ!」
レストランはどこも満席。仕方なくワゴンで食べ物を買うことに。
「疲れてるって言ってたし……お父さんと買ってくるわ。あなたたちは席を確保してて」
両親は返事も聞かずにワゴンの方へ消えていった。
「かーちゃん元気だよなぁ。あ、あそこ空いてる」
陽翔が席を見つけ、ようやく一息。
椅子に座ると、体が一気にほぐれていくのを感じた。
スマホを取り出す。画面を見るたび、どうしても頭に浮かんでしまう。
「……はぁ」
また無意識にため息が出た。
「また“佐久間くん”のこと考えてるっしょ」
「うるさい」
図星を突かれたから、つい強く返してしまう。
正直、全然楽しめていない。
アトラクションに並んでいても、歩いている時も、ふとした瞬間に――“既読無視した”ことが心に引っかかる。
でも、ふと辺りを見渡して思う。
この景色は、……本当に綺麗。幻想的で、まるで夢みたいだ。
その瞬間。遥の心臓が凍りついた。
「……え? なんでここにいるの……?」
こまで読んでくださってありがとうございます!
第7章では、優と遥が“思わぬ場所”で同じ時間を過ごしていたという、
ある意味「再会直前のドキドキ」を描いてみました。
ただの偶然に見えるかもしれない。
でも、お互いが気になっていて、ちゃんと想いがあって、
そんなふたりだからこそ起こった“必然”だと、僕は思ってます。
さあ、次回ついに……!?お楽しみに!