第5話:横に並んで、同じ景色を
やっと伝えることが出来た。
だがその先のことを考えていなかった。
このまま解散?
それだと結局何も変わらなくないか?
普通こういう場合どうするのが正解だろうか。
頭をフル回転させる。
友達と、偶然ばったりコミケで遭遇。
普通ならこのまま一緒にコミケを回るのが自然な流れだろう。
先輩と一緒にコミケを回る
物凄く魅力的で、心が躍るワードだ。
しかし、ここでも俺は陰キャオタクを発動してしまう。
先輩を誘うなんてハードルが高すぎる。
1つ、大きな壁を越えた先にまたしても巨大な壁が現れた。
だが、1度山場を乗り越えた男は一味違う。
前にチャンスを逃した時の後悔を思い出せ。
ここでまた勇気を出せなかったら、またあの後悔を味わうことになる。
優は遥にばれない程度に、鼻で深呼吸をして口を開く。
「先輩は、この後回りたいブースとかってあるんですか?」
まずはジャブ程度に。
「私は、コトちのブース以外何があるのかよく調べてなくて......だから特にない......かな?」
困った、それってつまりもう帰るということなんじゃないか?
いや、違う。こうやって心の中で考えていることを口にするんだ。
「じゃあ、もう帰る感じですかね?」
言えた。
「うーん、コトちのグッズ買ったら帰ろうかと思ってたけど......せっかく初めてのコミケだしもうちょっと周りを見てからでもいいかな~なんて......」
よし!これはチャンスだ。
この流れなら先輩を誘ってもおかしくない。
幸い俺はまだ回りたいブースがいくつか残っている。
優は意を決した。
「あ、あの!もしよかったらなんですけど、俺まだ回りたいブースあるんで......一緒に回りませんか?俺!案内します!」
遥の方を伺う。
やっぱりあんまり表情は読み取れない。
でも心なしか、少し表情が明るくなった気がする。
遥の返答を待つ。
「じゃ、じゃあ、お願いしちゃおうかな......?」
心の中で小さくガッツポーズをする。
「じゃあ!まず最近流行りのあのソシャゲのブースに行きたいんで、一緒にいきますか......!」
「あ、それ......私もやってる!」
◇
――遥は葛藤していた。
やっと伝えたかったことを伝えることが出来た。
やっと心のモヤモヤが晴れた。
やっと友達が出来た。
でも、この後は?
このまま解散したら結局何も変わらなくない?
せめて、れ、連絡先とか交換しないと......。
いや、無理無理無理無理!
ただ話しかけるだけでこれだけ苦労したのに、“連絡先交換しようよ!”なんて言えるわけがない!
第一それが言えるならこんなことにはならなかっただろうし......。
でも絶対このまま解散はだめだ。
遥が葛藤していると優が口を開いた。
「先輩は、この後回りたいブースとかってあるんですか?」
救いの手が差し伸べられた。早く返答しないと。
「私は、コトちのブース以外何があるのかよく調べてなくて......だから特にない......かな?」
私のバカ!これじゃあもう帰る人じゃん!
なんで私っていつもこうなの......。
「じゃあ、もう帰る感じですかね?」
やっぱりこうなった。
次は間違えれない、何とか流れを戻す感じにしないと。
「うーん、コトちのグッズ買ったら帰ろうかと思ってたけど......せっかく初めてのコミケだしもうちょっと周りを見てからでもいいかな~なんて......」
なんかめっちゃ誘われ待ちみたいな感じで痛い奴じゃない......?
でもこの際帰る流れを止めれたから良しとしよう。
「あ、あの!もしよかったらなんですけど、俺まだ回りたいブースあるんで......一緒に回りませんか?俺!案内します!」
遥の表情が嬉しさと安堵感で少し緩む。
「じゃ、じゃあ、お願いしちゃおうかな......?」
ただ同時に少し惨めな気持ちにもなった。
また言わせちゃったな......“次”は絶対私から言おう。
「じゃあ!まず最近流行りのあのソシャゲのブースに行きたいんで、行きましょっか!」
「あ、それ......私もやってる!」
新たな共通の話題を見つけて、話に花を咲かせながら二人は人の波の中へ進んでいった。
今回は、横並びで。
――照れ屋の太陽が少し顔を隠しだした。
優の案内で初めてのコミケを満喫できた。
「いや~、なんだかんだいっぱい買っちゃって、気づいたら財布が寂しいことになってました」
「私も、気づいたら結構買っちゃてて財布見てびっくりしちゃった」
「先輩もなんだかんだでいっぱい買いましたよね、あ、あと、コスプレイヤーさんもすごかったですよね!」
「うん!初めて生でコスプレ見たけど、あれ、すごいね。本当にキャラがそこにいるみたいだった!」
コミケを一緒に回るという、遥の人生の中でかなり濃い体験を一緒に過ごせたおかげでかなり自然に会話ができるようになっていた。
これが友達かぁ、なんてしみじみ考えていたが、その楽しい時間ももうすぐ終わりを告げようとしている。
遥は少し現実に引き戻された。
連絡先、聞かないと......。
帰る前に遥にはまだ1つ、一大イベントが待っていた。
“友達になってください”も“一緒に回ろう”も佐久間君に言ってもらった。
次は、私の番。
「先輩、良かったら......連絡先、交換しませんか?」
決意を固めた遥に、優は呆気なくそう言い放った。
「えっ......」
思わず声に出てしまった。
優の表情が少し曇った。
まずい、早く次の言葉を出さないと。
「わ、私のなんかで良かったら......」
自分のタイミングで言おうと思っていたことを急に言われたので頃の準備が出来ておらず、また少しどもってしまった。
優の表情がまた明るくなる。
「......ぜ、是非!!」
また佐久間君に言わせちゃったな......。
そう考えながらスマホを取り出し、連絡先を交換した。
「じゃあ、そろそろ帰りますか......」
「うん......」
そう言って二人で駅に歩き出した。
――駅に着く。
「俺、こっちです」
「私はこっちだ」
逆のホームを指さした二人。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
「じゃ、じゃあ......」
ホームの方へ向かおうとしたとき、優が口を開く。
「先輩!今日、めっちゃ楽しかったです!“また”遊びましょう!」
「......!私も......すごい楽しかった!“またね”」
名残惜しさに後ろ髪を引かれながらホームに向かい家路についた。
◇
帰宅後、優はご飯とお風呂を済ませ、自室でスマホを見ながらニヤついていた。
スマホの画面にはトークアプリの友達欄が写っていた。
家族と数人のオタク友達しかいなかった友達欄に少し浮いている“宮下 遥”の文字。
我ながらキモいことをしていると分かっているが、今日くらいは許してほしい。
だって、今日は一生分くらいの勇気を使って頑張ったのだから。
今日の自分は自分でも驚くほどに積極的だった。
連絡先を聞いた時に至っては、いつもの葛藤はなかった。
先輩と連絡先を交換したい!と思ったときには既に口に出ていた。
最初“えっ......”って言われた時は一瞬“やっちまったか?”と思ったが結果オーライだ。
それにしても
「先輩の私服姿、めっちゃ良かったな......」
初めて見た先輩の私服姿。
普段のクールっぽいイメージとは違って結構可愛い系だった。
白ベースに少し柄が入ったワンピース、ウエスト部分がベルトのようになっていて先輩の華奢さがより際立っていた。
髪はウルフカット特有の襟足が少し巻かれていて、なんだかいつもよりフワっとした印象だった。
普段のイメージとのギャップで、また少し心がときめいた。
スマホの画面を眺めながら物思いにふけっていると、ピコンッとスマホの通知音が鳴った。
通知欄には“宮下 遥”の文字が表示されていた。
「せ、先輩から!?」
驚きでスマホを落としそうなった。
一度気持ちを落ち着かせトーク画面を開く。
≪今日はとってもたのしかったよ、ありがと。佐久間君のおかげで初めてのコミケ、満喫出来たよ!》
社交辞令と言われればそれまでのようなメッセージだったが優は心を躍らせた。
“先輩からメッセージが来た”、これだけで今の優にとってはどんなエナジードリンクを飲むよりも元気が出た。
跳ねる心臓を抑えながら返信を返す。
≪俺もめっちゃ楽しかったです! 先輩の初コミケのお役に立てたみたいで光栄です!≫
何度も打ち直したが結局無難な文章に落ち着いた。
震える指で何とか送信ボタンを押せた。
既読が付くか見るのが怖くてすぐにトーク画面を消した。
そのまま返信が来るのを待っていたが、結局その日の夜は返信が来ることはなく、
優は寝落ちしてしまった。
◇
遥は帰宅後、すぐにご飯とお風呂を済ませ、今日1日頑張った脚をいたわるようにしてベッドに横になっていた。
横になりながらスマホのトーク画面とにらめっこしていた。
トーク画面には“佐久間 優”の名前。
「お礼くらいは私から言わないと......」
そう呟きながら何度も文字を打っては消しを繰り返していた。
これだとちょっと距離感近すぎ?
これはちょっと他人行儀すぎかも......。
そんなことを考えながら今日のことを振り返る。
1度は諦めかけた再会、推しからのエール、そして再会。
そこからは本当に楽しかった。多分、一人でコミケを回っていてもこんな気持ちにはならなかったと思う。
きっと、佐久間君と一緒に回れたから。
ちょっと今のはキモいか......などと考えながら、
ふと今日の様子を俯瞰で見てみた。
......これってコミケデートじゃない!?
周りから見たらもしかしたら私たちってカップルに見えたりしたのかな......
佐久間君、迷惑じゃなかったかな......?
私なんかとカップルに見られたら絶対迷惑に決まってる。
「はぁ......」
とため息を漏らす。
私はどうだろう、佐久間君とカップルに見られて......うん、不思議と嫌な気持ちはしない。
むしろちょっと嬉しい......かも?
「いやいやいや、今の無し!」と頭をブンブンと振った。
「そんなことよりお礼!」
結局そこから30分ほどまた売っては消してを繰り返して、なんとか無難にまとまった文章を送信することが出来た。
慣れない長時間の外出と緊張で疲弊しきっていた遥は、そのまま瞼が落ちそうになっていた。
ピコンッというスマホの通知音で体が跳ねる。
「返信、来た......!」
≪俺もめっちゃ楽しかったです! 先輩の初コミケのお役に立てたみたいで光栄です!≫
「良かった、佐久間君も楽しんでくれてたんだ」
「早く返信しないと......」
返信を打とうとしたが、安堵した遥はそのまま寝落ちしてしまった。“既読”をつけたまま。




