第15話:甘くて、ちょっと酸っぱい
――「桜庭コトネ 1stアルバム」リリースイベント前日。
優は自室で、推しの配信を見ながら浮かれていた。
「明日、先輩とコトちのリリイベかぁ」
顔が勝手にニヤけてしまう。
推しのイベントに、意中の相手……かもしれない“先輩”と行けるなんて、これ以上幸せなことはない。
先輩と直接会うのも、良い意味で緊張しなくなってきたな。
最近は毎日顔を合わせてるし、今もこうやってチャットしてるし。
『じゃあみんな、明日リリイベで待ってるね~!』
画面越しに推しがそう言って配信が終了した。
優は明日の荷物と電車を確認して、
≪明日、リリイベ楽しみですね!おやすみなさい!≫
そう送信して、眠りについた。
◇
同時刻、遥は大忙しだった。
推しの配信を見ながら優にチャットを返し、鏡の前で一人ファッションショーを開催していた。
「これは地味すぎるし……こっちはちょっとかわいすぎ?」
床にはありとあらゆる服が散乱していた。
「あの服、どこやったっけ」
タンスをごそごそ漁り、奥底に眠っていた服を引っ張り出す。
「あった!」
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「ねーちゃーん、ガサゴソうるさいんだけど……」
陽翔はドアを開け、遥の部屋に散乱した服を見た瞬間悪そうな笑みを浮かべた。
「……ねーちゃん、明日デート?」
「ちがっ!?そんなんじゃないよ!」
「“佐久間君”か?」
「っ!?」
図星を突かれ、激しく動揺してしまう。
「やっぱり!かーちゃ、うごっ!」
母親に知らせようとした弟の悪い口を、寸前でふさぐことに成功した。
「今度なんか欲しい物買ってあげるから、お母さんには言わないで」
遥の目は今まで見たことないくらいに鋭かった。
「わふぁったはら!はなひて!」
陽翔の口を自由にする。
「じゃあなんもいらないからさ、明日の感想聞かせてよ」
「はぁ!?」
「嫌なら別にいいよ、かーちゃ……」
また陽介の口が塞がれる。
「わかったから……でも、絶対お母さんには言わないこと!いい?」
「交渉成立だな」
またニヤリと笑いながら、陽翔は自室へ戻っていった。
「はぁ……もう最悪……」
部屋に戻るとすでに推しの配信は終了していた。
荷物を鞄にまとめ、明日の服をハンガーにかけベッドに潜り込む。
スマホが小さく震える。
≪明日、リリイベ楽しみですね!おやすみなさい!≫
白くて細い指がスマホの画面をなぞった。
≪うん!凄く楽しみ! おやすみ!≫
その日、遥は何故かあまり眠れなかった。
◇
リリイベ当日、優は集合時間より30分早く集合場所に到着していた
「流石に早すぎたかな……」
朝も目覚ましよりも早く起きてしまい、そわそわして落ち着かなかったので予定より早く家を出てしまった。
スマホで今日のイベント詳細を確認する。
開催場所は、アキバの某アニメショップに併設されているイベントブース。
スタートは14時からになっていた。
現在時刻は10時30分頃。
念の為に少し早めの集合時間にしたが、これは時間を持て余しそうな予感がする。
今日は土曜日ということもあって、アキバは人でごったがえしていた。
先輩のこと、見つけられるかな……
要らぬ心配をしながら5分ほど立った時、優の視線は1人の女性に奪われた。
襟足が少しふわっと巻かれていて、いつもより柔らかい雰囲気。
白色の夏用カーディガンに、膝下辺りまで伸びたベージュのスカート。
首元に光る控えめなシルバーのネックレスが、少し大人っぽさを演出していた。
優は、そんな先輩の姿に見惚れてしまっていた。
しばらくすると遥がこちらに気付いた。
「あ、佐久間くん! ごめんね、待たせちゃった?」
少し上目遣いでこちらを見てくる遥を、優は直視出来なかった。
「いや!? お、俺もさっき来たばっかなんで……せ、先輩こそ早いですね!」
明らかに動揺している優を見て、遥が心配そうに声をかける。
「佐久間くん、 どうかしたの? 凄い動揺してるみたいだけど……?」
だから、その顔でこっちを見ないで欲しい。
優の顔が赤くなる。
「いや、その……今日の先輩、なんかいつもと雰囲気違って……綺麗だなって……」
しまった、ついそのまま口に出してしまった。
「っ!?」
遥の顔もカーッと熱くなる。
「ありがと……えっと……じゃあ、行こっか?」
顔を真っ赤にした二人が歩き出す。きっとそれは夏の暑さのせいではない。
歩きだしたものの、イベントまではまだ少し時間があった。
「まだちょっと開場行くには早いですよね」
「そうだね」
そういって時計を確認する二人。
時刻は11時を少し回ったところ。
「そうだ、お腹減ってませんか?」
「ん~、そう言われればちょっと減ったかも?」
「イベント終わる頃にお腹すいちゃいそうだし、ちょっと早めにお昼でも行きませんか?」
「そうだね、そうしよっか」
いつもの”ふたりの場所”とは違うが、休みの日も一緒にお昼が取れることに遥は少し心が躍った。
しかし、土曜のアキバはどこも長蛇の列ができていた。
「う~ん、どこもいっぱいですね……」
「うん、流石土曜のアキバだね……」
結局、空いてる店を探せず途方に暮れていると、
「あ、あれなんてどう?」
遥が指さしたのは、路面販売のケバブ屋さんだった。
「確かに、あれだったら買ってその辺のベンチで食べれますし良いですね!」
二人はケバブを購入して、近くの開いていたベンチに腰掛ける。
「ケバブ、初めて食べたけど結構好きかも」
「確かに、先輩あんまりジャンクフードとか食べなさそうですもんね」
「そうかな?割と食べる方だよ?」
推しの話以外で、こうして普通の会話で盛り上がるのが心地いい。
「先輩、ケバブ食べ終わったらデザートにあれはどうですか?」
優は次にクレープの路面販売を指さしていた。
「いいね!でも、私多分一人で一つ食べきれないかも……」
「じゃあ一つ買って二人で半分こしましょう!」
遥の心臓が少し跳ねた。
それって……間接キスになるんじゃ……
「先輩は何クレープが好きですか?」
「えっ!?わ、私は何でも大丈夫...佐久間君のお任せで!」
「了解です!じゃあ俺が買ってくるんで、ちょっと待っててください!」
しばらくして優がイチゴクレープを買って遥のもとに戻ってきた。
「お待たせしました!」
遥がうるさい心臓と戦っていると、優がクレープを半分に割って包み紙に入れて渡してきた。
「先輩はこっちの上の方食べてください!」
「え? あ、ありがと……」
遥はホッとした気持ちと、少し残念な気持ちで複雑な表情をしていた。
一口クレープを食べる。
生クリームたっぷりで甘いはずのイチゴは、なぜか酸っぱいように感じた。
二人は知らぬ間に”食べ歩きデート”を楽しんでいた。
今回はリリイベ当日、優と遥がアキバで“無自覚デート”をしてしまうお話でした。
ケバブとクレープの流れ、書いててめちゃくちゃ楽しかったです!
ちょっとずつ近づいていく2人の距離感、楽しんでいただけたら嬉しいです!
次回はついにリリイベ本番!よろしくお願いします!




