第14話:”また”を重ねて
「ここがあるじゃないですか!」
「でも、ここ教室から結構遠いでしょ……?」
そう言う遥の表情は、どこかほっとしたように緩んでいた。
「確かにちょっと遠いですけど……」
う~ん、と唸る優。
やっぱり困らせちゃってるな……
「あの……ほんと、無理しなくても……」
一瞬、優が何か思いついた顔をしたがすぐにまた眉間にしわが寄る。
「私、ほんとに大丈夫だから……」
優がハッと顔を上げる。
「いや、違うんです。 一つ思いついたんですけど……その……」
なんだろう?と首を傾げ、優の次の言葉を待つ。
「ほんとに、嫌だったら断ってもらって大丈夫なんですけど……」
少しの間が、遥の期待と不安を煽る。
「もしよかったら、明日からここで、一緒にお弁当食べませんか……?」
その言葉が、空気を変えた気がした。
ああ、きっと佐久間君は今、また勇気をふり絞ってくれたんだろうな。
——私のために、また一歩踏み出してくれたんだ。
そのことに気づいた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。
言葉が、うまく出てこない。
「先輩?やっぱり嫌でしたか……?」
不安そうな顔で尋ねてくる。
「ううん、むしろ逆だよ。嬉しかったの……」
「でも、ほんとにいいの?今一緒に食べてる人とかいるでしょ?」
優は安堵の表情に変わっていた。
「あー、なんというか……俺、基本お弁当は一人でサッと食べて机で寝てるタイプというか……」
くすっと思わず笑みがこぼれてしまう。
「ちょっ、なんで笑うんですか!」
「ごめんね。ただ、佐久間君も私と一緒なんだって、ちょっと安心しちゃった」
優は一瞬口ごもって、でも意を決したように口を開く。
「じゃ、じゃあっ……」
「うん、明日から……一緒に食べよっか?」
「はい、喜んで!」
ふと時計に目をやると、時計はすでに12時50分辺りを指していた。
「もうこんな時間だ」
「ほんとですね。 じゃあ、そろそろ教室に戻りますか」
二人は一緒に空き教室を後にする。
旧校舎を出て新校舎の階段前、二年と三年が階が別なのでここでお別れになる。
「うん、じゃあ”また”明日ね」
「いや、先輩。”また”夜に!」
「...っ!うん!”また”夜にね!」
顔が熱い。隠したいけど、隠せない。
教室へ戻るふたりの背中には、静かだけど確かな青春の匂いがあった。
——次の日の朝、遥は上機嫌で家を出た。
嬉しさと気恥ずかしさが混じった足取りはとても軽い。
昨日の夜、いつも通りチャットで話しているときから、どこか浮足立った状態が続いている。
学校に着いてからも昨日までの憂鬱感は無かった。
ふわふわした頭で午前中の授業を聞き流し、四限終了のチャイムが鳴るとそそくさと教室を出る。
空き教室の前につき、一つ呼吸を置いてからドアを開ける。
「あ、先輩、 昨日ぶりです」
「うん、昨日ぶり」
二人は自然と笑みがこぼれる。
椅子に座ろうとしたが、ふと足が止まった。
この場合……どこに座るのが正解なんだろ……?
横並びは……ちょっと距離近すぎる気がするし……
対面?でも顔見ながらご飯食べるの……ちょっと照れくさいな……
遥が立ち止まっていると、
「あ、椅子と机持ってきますね!」
そう言って、自分が座っていた席の前に対面する形で机を並べた。
「ありがと……」
小さくお礼を言って、席に着く。
二人はお弁当を広げながら、昨日の推しの配信のことで盛り上がる。
「昨日の告知、流石にびっくりしましたよね!」
「うん! コトちもついにCDデビューかぁ」
「いや~、これは近いうちにライブとかも来そうですね!」
「ライブかぁ、私は人込みとおっきい音でやられちゃうかも……」
昨日の夜もチャットで同じ話をしたはずなのに、まるで初めてこの会話をしているかのように盛り上がる。
やっぱり、チャットで話すのと直接話すのってなんか違うな……
盛り上がりの中でそんな思考がよぎる。
お弁当を食べ終わった後も推しの話は止まらなかった。
遥は初めて、”学校が楽しい”と感じていた。
だが、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
「あ、もうこんな時間ですね」
「ほんとだ……」
「じゃあ、そろそろ戻りますか」
荷物をまとめ、名残惜しそうに教室を後にした。
階段の前で優が口を開く前に遥が先に口を開いた。
「”また”、夜……話せるかな?」
優の顔が一瞬赤くなる。
「もちろんですよ!”また”夜、話しましょうね!」
それを聞いた遥は、安心した表情で教室へと戻っていった。
——そんな学校生活が2週間ほど続いた。
今日も慣れた様子で空き教室に向かう。
ドアを空けたときに優しく微笑みかけてくれる優の姿に安心する。
いつものように推しトークに花を咲かせていると、優が少し神妙な面持ちで話を切り出した。
「先輩、もしよかったらなんですけど……」
「どうしたの?」
一つ間をおいてから、優がスマホの画面を見せながら、
「一緒に、これ、行きませんか?」
目の前に出された画面を見ると、二人の推し、「桜庭コトネ」の1stアルバムリリース記念イベントの詳細画面が表示されていた。
「コトちのリリイベ……?」
もちろんこのイベントのことは知っていた、だがインドア派の遥は今回はスルーしようとしていたイベント。
「その……まだ”また”が来てないじゃないですか……?」
「だから、もしよかったらどうかなぁなんて……」
正直、次の”また”はまだ当分先のことだと思っていた。
それでも、こうやってお昼と夜に一緒に過ごせるだけでも満足していた。
だが、実際にチャンスを目の前に差し出されると、思考する余地もなかった。
「行きたい……」
優が小さく顔を上げる。
「私もコトちのリリイベ、行きたい!」
「じゃ、じゃあ!」
「うん!一緒に行こ?」
そうして二人の”また”が約束された。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
今回は、遥と優の“昼休み”に焦点を当てたお話でした。
今まで夜のチャットでつながっていたふたりが、昼の時間も少しずつ共有しはじめて……
ほんの些細な勇気が、日常の風景を少しずつ変えていく、そんなイメージで書きました。
“また”という言葉には、不思議な力があると思っています。
また話そう、また会おう、また一緒に――
それは、今を繋ぎとめながら未来を約束する、やさしい魔法のような言葉です。
遥と優が重ねた“また”が、ふたりの関係をゆっくりと温めてくれたら、嬉しいです。




