第12話:気づいてしまった
夢のような一日の翌日、スマホの通知音で目が覚めた。
寝ぼけ眼をこすりながらスマホを確認する。
通知欄には「宮下 遥」の文字があった。
「っ!?」
ぼんやりした頭が一気に冴える 。
一つ深呼吸をしてからトーク画面を開く。
≪おはよ、昨日は寝落ちしちゃってお礼送れなくてごめんねm(__)m≫
≪昨日は本当に楽しかったよ!また一緒に遊びたいな……≫
決して長くはない文だった、それでも
“また一緒に遊びたい”——たったその一文だけで、優の心は一気に舞い上がった。
早く返信しないと!
≪おはようございます!俺も昨日は寝落ちしちゃってました笑≫
≪俺もめっちゃ楽しかったです! ぜひ遊びたいです!先輩はどこか行きたい所とかありますか?≫
……いや、これはいきなり踏み込み過ぎか?
≪俺もめっちゃ楽しかったです!ぜひ遊びたいです!先輩いつ空いてますか?≫
いや、これもニュアンス変わってないし。
何度も消しては入力して、結局は無難な文に落ち着いた。
≪おはようございます!俺も昨日は寝落ちしちゃってました笑≫
≪俺もめっちゃ楽しかったです! ぜひまた遊びたいです!≫
また一つ、深呼吸をして送信ボタンを押した。
◇
——スマホが小さく震えた。
まだ布団でゴロゴロしていた遥は、寝返りを打つようにしてスマホを手に取った。
スマホには「佐久間 優」の文字が表示されており、心拍数が一気に上がったのを感じる。
意を決してトーク画面を開く。
≪おはようございます!俺も昨日は寝落ちしちゃってました笑≫
≪俺もめっちゃ楽しかったです! ぜひまた遊びたいです!≫
「良かった、佐久間君も楽しんでくれてたんだ……」
小さく、消えるような声でつぶやいた。
「……ふふっ」
うれしくて、でもちょっと照れくさくて。
だからこそ、返信の文章がなかなかまとまらない。
結局、返信が決まらなかった遥は推しのスタンプを送ることで事なきを得た。
前も、こうやって送れてたら——
ちょっとだけ後悔したけど、こうやって少しずつ、自然にやり取りができるようになっていくんだろうな——そんな気がした。
——その日の夜、推しの新しい“歌ってみた”動画が上がっていた。
「今回のもめっちゃ良い~、耳が幸せ感じてる…」
オタク全開だった遥の頭にふとよぎる。
佐久間君も聴いたのかな?
思い立った遥はすでにトーク画面を開いていた。
≪コトちの新しい歌ってみた、聴いた?≫
今回は迷いなく送れた。
自分の“好き”を共有するときは迷いがなくなる、オタクとはそういう生き物なのだ。
すぐに返信が来る。
≪もちろん聴きました!今回もコトちの歌声にバッチリの選曲で、控えめに言っても神でしたね!≫
≪うんうん!特に落ちサビの感情の入れ方がめっちゃ刺さっちゃって、私ちょっと泣いちゃったもん≫
≪わかります! あの落ちサビはコトち史上最高の歌声でしたね……≫
画面越しの会話でも、自然と会話が弾む。
直接会えなくても、変わらず“推し”が二人の会話を繋いでくれる。
いつの間にか、二人は推しの配信や歌動画が上がる度にメッセージを交わすようになっていた。
そんな日々が続き、気づけば夏休みが終わり、2学期が始まる。
◇
うだるような夏の暑さが残る中、優は地獄のような坂を自転車で上る。
席に座り、清涼シートで汗を拭いていると、聴きなじみのある声に話しかけられる。
「おい優、お前あの後どうなったんだよ?」
「ん? あぁ、陽介か」
振り返ると、”遊園地デート“の陰の立役者、陽介が立っていた。
「折角俺が気利かせたっていうのに、あの後なんの連絡もよこさねーし」
「悪い悪い。 でもお前、あの退場は流石に胡散臭すぎたぞ?」
「えぇ?そうか?名演技だと思ったけどなぁ」
なんてことない軽口を叩きあう。
——いつか先輩とも、こんな感じで話せるのかな……
「で、結局どうなったんだよ?」
「どうもこうも、普通に遊園地回って解散したけど……」
「はぁ!? 俺が御前立てしてやったのに何にもなしかよ!?」
「御膳立ても何も、あれはただのお節介だろ」
「いやだって、お前、あの先輩の事好きだろ?」
「はぁっ!?」
突拍子もないことを言われ、思わず大きな声が出てしまった。
「声でけぇよ……」
「いや、別に……そういうんじゃないし……」
「なぁに言ってんだ?お前のあんな顔、今まで見たことねぇよ」
「別にそんな顔してねぇし……」
「ふーん、まぁそういうことにしておいてやるよ」
そう言って席に戻ろうとした陽介が一瞬振り返る。
「あ、進展あったらちゃんと教えろよ。こう見えても、応援してっから」
俺が先輩のことを好き……?
もしかしたら、最近芽生え始めてる感情は、“それ”なのかもしれない。
でも、まだ俺と先輩は、やっと友達として1歩を踏み出したばっかりだ。
まだそんなことを考えていい“距離”じゃない……。
予鈴のチャイムが鳴り響き、優の思考をかき消した。
◇
遥は、教室に一歩足を踏み入れて、軽く絶望した。
クラスは夏休みの思い出で盛り上がる輪でいくつも埋め尽くされている。
その中心に自分はいない。どこにもいない。
机に着き、いつものようにスマホで推しのSNSを開く。
……そうだ。
私、クラスに友達いないんだった。
夏休み、佐久間君と友達になって、毎日のようにチャットでやり取りしていてすっかり忘れていたこの疎外感。
夏休み前までは特に気にならなかったのに、なぜか今は少し胸が痛む。
今まで、友達がいないのが当たり前だった。
でも一度友達がいる感覚を知ってしまうと、もう昔のようには戻れなかった。
孤独をかき消すかのように、推しのSNSに集中する。
だが、推しのことを考えると、同時に優のことが頭によぎる。
佐久間君が同じクラスだったら……
でも現実は、クラスどころか学年も違う。
胸がぎゅっとなるほど寂しくなった。
ほどなくして予鈴のチャイムが鳴る。
先生がやってきてホームルームが始まる。
卒業まで約半年、遥はこの孤独に耐えられる気がしなかった。
遊園地デート、夏の余韻、そして新学期スタート。
ちょっと甘酸っぱく、ちょっと切なく、そして気づいちゃった二人。
距離が近づいたようで、まだ触れられない感じって書いててすごく楽しかったです。
後半の遥の孤独パートは、書いてる自分もちょっと胸が痛くなりました…。
ここからの関係の進展、ぜひ楽しみにしててください!




