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【魔法少女ナナカ その一】

 二人の魔法少女が、空を飛んでいる。


 アニメの世界ではない。


 その証拠に、二人は、カラフルなコスチュームではなく、ともにダークトーンの(しっ)()な私服を身につけている。


 それに〈空を飛んでいる〉といえども、(たけ)(ぼうき)(またが)っているわけではなく、紙飛行機のように全身で風を受けて(かっ)(くう)しているのである。

 (よう)(りょく)は自らの魔力であり、リオンは黄色、ナナカは緑色の魔力をそれぞれ身に(まと)っている。


「リオン、あれが(けっ)(かい)?」


「そうだね」


「うわあ、でっかいね。あんなのはじめて見た」


「私も」


 ナナカは、もう一度、うわあ、と声を上げる。


 そして、隣を飛んでいるリオンの顔を(のぞ)き込む。


 リオンは、いつもどおり、平然としている。


横顔がとてもクールである。リオンの目鼻立ちは、平均的な日本人よりもかなりハッキリとしていて、カッコイイ。(まゆ)()(いさぎ)のよい一直線である。


 どちらかというと平均的な日本人顔、もっというといわゆる〈しょうゆ顔〉であるナナカは、リオンの顔に憧れている。


 黒々とした髪を後ろにきつく(しば)っただけのシンプルな髪型も、カッコイイ。


 リオンの切れ長の目は、(まばた)き一つすることなく、巨大な結界を見つめている。


「東京ドーム何個分かな? 十個分? 百個分?」


「東京ドームに行ったことないから分からない」


「だよね。私も」


 ナナカは、あはは、とわざとらしく笑うことで、心を落ち着けようとしている。リオンのように、常時冷静というわけにはいられない。



 ——この戦いが最後になる。


 それは、魔法少女の中で〈ノー天気担当〉であるナナカにも分かった。


 あの結界の大きさは尋常ではない。その中に閉じ込められている〈アノマリー〉は、これまで戦ってきたものと比べものにならないくらいに強大で、凶悪なのだろう。


 ()(ほう)(しょう)では、その〈ラスボス級〉の〈アノマリー〉ことを、〈ユルティム〉と呼んでいる。


 魔法省とは、(とく)(さつ)モノの(かい)(じゆう)さながらに街を破壊する〈アノマリー〉の発生、さらに〈アノマリー〉を倒すことができる唯一の存在である魔法少女の出現に対応して、今から約二年前に新設された省庁である。


 魔法省のやっていることといえば魔法少女を管理することと、〈アノマリー〉の発生をいち早く察知することくらいであるが、そのことが日本のみならず、地球の存亡にダイレクトに関わることであるため、すぐさま日本で最も重要な省庁となった。


 それまで(はば)をきかせていた財務省すら、今では魔法省の言いなりであり、魔法省が要求した予算は全て右から左に通すし、予算外の出費だってそのまま認める。


 実際、お金はどうにでもなるのだ。世界中がこのプロジェクトを支援し、青天井にお金を支援してくれている。各国の思惑は共通している。


 『この現象をなんとか日本だけで食い止めて欲しい』。


 日本国の威信と世界の期待を背負う魔法省のはたらきによって——というよりも、魔法少女の神秘の力と努力によって——魔法省から派遣された魔法少女は、これまで三十五体の〈アノマリー〉を(げき)退(たい)し、その被害を最小限に抑えることができている。


 人的な被害は、未だ数万人規模の死者と数百万人規模の負傷者にとどまっている。

 いわずもがな、この数は、過去の日本における〈災害〉によるものとしては最大規模であるが、政令指定都市を中心にいくつもの街が()(ざん)にも破壊されている現状を考えれば、手放しで褒めても良い数字だろう。


 突貫工事によって半年足らずで地下シェルターが各都道府県に整備され、国民を収容することができていることが何よりも大きい。


 それを可能にしたのは、日本の工学技術の高さである。

 一説によると、近いうちに核戦争が起こることを見越して、権力者を守るために地下シェルターが()(みつ)()にすでにいくつか作られており、ノウハウは蓄積していたのだという。


 もっとも、工学的な面よりもさらに重要だったのは、(きゅう)(ぞう)(れつ)(あく)な環境でも文句を言わず耐え抜くことができる日本人の国民性だった。


 今回、東京の中心地である(ぎん)()に現れた〈ユルティム〉は、過去に魔法省が扱った〈アノマリー〉とは(けた)(ちが)いの魔力を持っている。出動の直前にリオンが言っていたところによれば、

その魔力は〈アノマリー〉数倍や数十倍では収まらず、数百倍、数千倍でも収まらないかもしれず、(るい)(じょう)の計算が必要なほどかもしれない、とのことだ。 


 最後の戦い。


 人類が勝つか。


 もしくは——。


 ——人類が滅びるか。


 そんな〈大一番〉を前にして、ナナカの口数はいつもよりも増えている。



「私たちなんてもうお呼びでない、って感じだと良いんだけど」


「どういう意味?」


「もうすでにマムが一人で〈ユルティム〉をやっつけてくれてるとか」


「……ナナカ、〈ユルティム〉の気配が分からないの?」


 リオンが真顔で問う。


「冗談だってば。分かってるよ。こんだけ強い魔力なんだから」


 マムがすでに〈アノマリー〉を倒してくれているはずがないことは、分かっていた。


 ただ、ナナカがマムの活躍に期待していることは、(まぎ)れもない事実である。


 マムは、ナナカたちと同じ魔法少女であるが、ナナカたちとは格が違う。


 マムは、魔法少女の()()であると同時に、魔法少女の完成形である。


 マムから見れば、他の魔法少女なんて、お(さし)()のツマのような存在である。


 この最終決戦に、ナナカが参戦しようがしまいが、きっと結果は変わらない。


 それならば、マムの(あし)()(まと)いにならないためにも、いっそのこと逃げ出してしまった方が良いのではないか、とさえナナカは考えてしまう。


 ナナカは、弱い人間だから。


 それに対して、ナナカの隣を飛行する少女は、本当に強い。リオンの目には、迷いが一切ないのだ。


 リオンは、病弱である。〈アノマリー〉と戦うどころか、その日の体調によってはベッドから出ることすら困難なのである。


 今日だって、決して万全の体調ではない。


 それでも——。


 それでも、リオンの目は、まっすぐに最終決戦へと向かっている。


 リオンは、少しも死を恐れていないのだ。


 ゆえに、ナナカも逃げ出すわけにはいかなかった。地球を守るなどという大それたことは、ナナカにはできない。


 ただ、リオンを守ることなら、もしかしたらナナカにも——。



「着いちゃったね」


「着いちゃった?」


「いや、なんでもない」


 ナナカとリオンは、ほぼ同時に、着地する。


 リオンが履いた黒いパンプスの(かかと)の先が地面につくやいなや、ふわあっと灰が舞い上がる。結界の周りは、見渡す限りグレーの荒地である。


 この場所は、銀座の一等地で、高層ビルが立ち並んでいたはずである。


 少なくとも、一時間ほど前には。


 一時間ほど前に、この場所に〈アノマリー〉が現れ、あっという間に、すべてを破壊し尽くしてしまった。規格外の魔力である。この光景は、絵に描いた〈絶望〉そのものだ。


 先ほど舞い上がった灰は、元々は何だったのだろうか——などと、ナナカは今更考えてもどうしようもないことを考えてしまう。


「ナナカ、穴を開けられる?」


 リオンは、ドス黒い半球を指差して言う。ナナカと同じ光景を目にしながらも、冷静で、かつ、事務的だ。


「もちろん。攻撃呪文は私に任せて」


 リオンの前で、情けない姿を見せるわけにはいかない。


 ナナカは、震える両脚を、両手でパンパンと叩くと、巨大な結界に向かって、ゆっくりと歩を進めていった。リオンは、ナナカの隣にピッタリとついてきている。ナナカにとって、それが何よりも心強かった。


「それじゃあ、いくよ」


 ナナカは、左手を前に伸ばし、左目を閉じる。そして、右手を背中方向に引く。


 緑色の光が、左手の指先と右手の指先の間に、線状に引き延ばされる。


 魔法の矢である。


 魔法少女が使う魔法には、それぞれ個性があり、形があり、色がある。ナナカが使えるのは、魔法の弓矢という、攻撃特化型の呪文だった。魔法色(カラー)は、緑。


 ナナカの魔法が弓形なのは、中学に入ってから弓道部に入ったことが関係しているのかもしれない。それとも、原因と結果が逆で、ナナカは弓矢を扱う魔法少女としての素質を有していたから、中学で弓道部を選択したのかもしれない。


 いずれにせよ、世界が平和であった一年弱の間だけ弓道部で学んだ(しょ)()は、実戦でそのまま役立っている。


 弓を引く際に(じゃ)()にならないように自己流で編み出したお団子の髪型だって、魔法少女になってからもずっと現役だ。


 結界に穴を開けるためには、全力で矢を放つ必要はない。一割……いや、(いち)()くらいの力で十分だろう。


 結界は、魔法少女の誰かが張ったものだ。


 〈アノマリー〉を内部で足留めし、被害を拡大させないために、魔法少女は結界を利用する。


 魔法少女の仕事は、以下のプロセスで実行される。


 第一に、〈アノマリー〉の出現が確認されると、まず、()(ほう)(しよう)より、魔法少女の派遣が要請される。


 第二に、最初に臨場した魔法少女が、結界を張り、〈アノマリー〉を閉じ込める。


 第三に、結界の中で、魔法少女が〈アノマリー〉と対決し、退治する。


 結界を張るのは、魔法少女であれば誰でもできる。ナナカにだってできる。


 とはいえ、これほどまでに大きい結界を張ることは、ナナカにはできない。こんなに大きな結界を張れるのは——マムくらいだろう。


 閉じ込めている霧の色があまりにも濃いために、ドームは真っ黒だ。

 ゆえに、結界に使われている魔法の色を知ることはできない。

 しかし、その色は絶対に赤だ。



 マムを含む三人の魔法少女が、ナナカとリオンより先に現場に到着している。


 現在、魔法省に所属し、〈アノマリー〉と戦っている魔法少女の数は、全部で五人。少なく感じるかもしれないが、これでも過去最大人数だ。


 赤い魔法を万能に使いこなすマム。


 紫色の魔法の(じゅう)(だん)を指先から放つユノ。


 水色の魔法を吐き出す〈魔法生物(クリーチヤー)〉を扱うルミナ。


 黄色い魔法の(シールド)を張るリオン。


 そして、緑色の魔法の弓を引くナナカである。


 マム、ユノ、ルミナの三人は、ナナカたちよりも先に結界の中で〈ユルティム〉と戦っているのだ。


 結界がまだ破られていないということは、戦いの決着はまだついていないということ。


 結界は外側からは簡単に破ることができるのだが、内側からは、結界を張った張本人以外には、決して破れないようになっている。味方の救援はいつでも受けられる一方、〈アノマリー〉を絶対に外に逃がさない構造だ。


 果たして結界の中で何が起きているのか。 


 結界の中の魔法少女は、全員生存しているのだろうか。


 それは——。


「開けてからのお楽しみだね」


 ナナカはフッと鼻で笑うことで、恐怖を振り払う。


 そして、緑の矢を放つ。


 ビュンッ——。


 矢の先が真っ黒な壁に触れた途端、パリンと軽快な音を立てて、結界が割れる。


 直径一メートルくらいの穴が開く。


 この裂け目は、結界が持つ復元力により、数秒もしないうちに閉じてしまう。


「リオン、今のうちに」


「分かってる」


 二人は、宙に浮かぶと、リオン、ナナカの順で、穴に飛び込む。


 結界の向こう側。


 そこで二人を待っていたのは——。




 この話は5000字近くありますが、実は元はその半分の2500字くらいでした。


 なぜそこまで字数が膨らんだのかと言うと、下読みをしてくれた友人からの指摘を受けて、〈魔法省〉や〈アノマリー〉や〈魔法少女〉などの説明を大幅に足したからです。


 こういう特殊設定的な作品だと、どうしても背景的な説明が多くなってしまいます。


 僕個人としては説明はなるべく減らし、可能であれば無しにしたいのですが、これをやり過ぎると理解されない作品となってしまいます。


 とはいえ、説明が多いと退屈な作品となってしまうので、バランスが難しいです。


 最近は、退屈な部分が小説内に生じてしまうことはある程度やむを得ないことだと開き直り、その分別の要素で報いようと考えるようになりました。

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― 新着の感想 ―
マムちゃんがすでにやっつけている可能性。 ユルティムの魔力が分かるのに分からんかもしれん発言。 それらが挙がったけど、もしも、やっつけられてるけどユルティムの魔力が健在だったら……マムちゃんに、倒し…
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