【卯月原流羽 その一】
「ココおぉ! ココおぉ!」
卯月原流羽は、絶叫していた。
波飛沫が激しくぶつかる岩礁の上。
人間はおろか、小蟹さえも寄りつかない殺伐とした場所。
そこにいるのは、流羽と、そして、流羽の愛猫のココの亡骸だけだった。
ココの死体は損傷が酷い状況である。身体の半分くらいは、もうすでに波に攫われてどこかにいってしまっている。それを集めることは不可能であるし、第一、集めたところで何にもならない。
ゆえに、流羽はただひたすら泣き叫ぶほかなかったのである。
「ココおぉ! ココおぉ!」
流羽は、ココだったものを抱き上げる。腕の隙間から、ココの一部がポロリと落ちる。
「ココおぉ……うぅ……」
責めるべき相手は、流羽自身しかいない。
ココを殺して、こんな無様な姿にしたのは、流羽なのだから。
とはいえ、この状況は、完全に想定外だ。
流羽がココを死なせたことが想定外なのではない。
流羽が死なずに生きていることが想定外なのだ。
どうして、と流羽は心の中で問いかける。
あんな高い場所から飛び降りたというのに、どうして流羽は生きているのか。
流羽は、ココだったものを抱きかかえたまま、頭上を見遣る。
先が見えないほどの高い高い崖が聳え立っている。〈九死に一生〉だって生じる余地はない。崖から落ちれば、絶対に死ぬ。
それなのに——。
どうして——。
もしかすると、流羽はもう死んでいて、ここはいわゆる〈死後の世界〉なのではないか。
天国か地獄かでいえば、ここは確実に地獄だろう。
だって、ここは、ココがいなくなってしまったことを除けば、生前と何も変わらない世界なのだから。
ここは、地獄以外の何物でもない。
死ぬことによって抜け出すことさえ叶わないのだとすれば、ここは、なおさら地獄である。
新生ミステリ研究会ではYouTubeチャンネルを開設し、ミステリにまつわる動画を色々と作っています。
僕が担当、というか勝手に作っているのは、短編ミステリをゆっくりボイスに読ませるやつで『聴くミステリ小説』と題するものです。
僕自身がオーディブル愛用者なので、同じ感覚でミステリを聴いて欲しいなという思いで作っています。




