【魔法少女マム その一】
真っ暗な視界の中、マムは、仰向けで倒れていたユノを発見する。
しゃがみ込んだマムは、念のため、ユノに脈が残っているかどうかを確認する。
そして、ホッと胸を撫で下ろす。
——ふう。これで一段落である。
ユノを一撃で仕留められなかったことは、不覚だった。その代償として、左手を失った。
ダランと垂れ下がった〈左手だったもの〉を見つめながら、マムは呟く。
「……魔法って不便だね」
『最高の魔女であっても、時計の針を巻き戻すことだけは決してできない』という〈予言〉のとおり、魔法には、再生・回復の能力はない。
魔法にできることは、全てを壊し、焼き尽くすだけ。
魔法とは、何と空しいものなのだろうか。
そして、マムの存在自体も——。
マムは首を二度横に振る。
ダメだ。それは考えてはダメなのだ。そういうことは考えないと、マムは決め、そして、約束したではないか。
マムは、倒れているユノに向かって右手を翳す。
そして、仕上げの魔法をかける。
そうしてから、マムは一歩を踏み出す。
〈ユルティム〉のいる方へ。
他の魔法少女とは違い、マムには、黒霧の中でも〈ユルティム〉のいる位置が分かった。
そういうものなのだ。
だって、〈ユルティム〉は、マムの〈ご主人様〉なのだから。
歩を進めるごとに〈ユルティム〉の気配は強まっていく。
前回会ったのは、もう、一年も前になる。
この一年間、マムは、〈魔法少女〉として、大きな〈秘密〉を抱えながら、戦い続けていた。
マムだけが知っていること——それは、〈アノマリー〉の正体。
そしてそれは、地球を覆う〈絶望〉の正体。
もうそろそろ、マムと〈ユルティム〉とは邂逅する。
姿が見えなくても、マムには分かる。マムが感じている〈ユルティム〉の気配は、あまりにも強烈になっており、もはやマム自身の気配と溶け合っているのである。
このまま〈ユルティム〉に存在ごと呑み込まれてしまいそう、とさえマムは感じた。
「久しぶり」
〈ユルティム〉の姿が見える前に、マムが声を出したのは、〈ユルティム〉からの攻撃を受けないためである。
おそらく〈ユルティム〉の方も、近づいて来ている気配の正体はマムであると気付いているとは思うのだが、万が一ということもある。
「ちょっと話せる?」
マムの問いかけに対し、〈ユルティム〉からの答えはない。
マムは、姿が見えるまで、一歩一歩〈ユルティム〉の方へと歩み寄って行く。
「ねえ、聞こえてるんでしょ?」
返事はない。マムはさらに歩を進める。
そして——。
——ようやく〈ユルティム〉の姿が見えた。
マムは、〈ユルティム〉の名を呼ぶ。
「流羽、久しぶり」
〈ユルティム〉の正体。それはマムと瓜二つの魔法少女——卯月原流羽である。
ここまでが第三章です。
最近の菱川の小説は第三章がやたら短くなり、その分第四章が膨張する傾向にあります。
本作に関しては、第四章だけでほぼ独立した一つの小説なのではないかという感すらあります。




