【魔法少女ユノ その三】
暗中をユノは走り続ける。
ユノの頭の中では、同じ疑問がぐるぐると回り続けている。
どうして——どうして〈ユルティム〉はどこにもいないのだろうか。
もう一時間近くも走り続けているのに、〈ユルティム〉とは一向に出会えていない。結界全体を回り尽くせたかといえば、決してそうではないと思う。現にユノは、行動を別にしている魔法少女とは一度もすれ違っていないのだ。
とはいえ、〈ユルティム〉ほどの存在が見つからないというのは不思議なことだ。普通の〈アノマリー〉でさえ、一軒家ほどの大きさがあるのだ。それよりも格段強い魔力を有する〈ユルティム〉ならば、おそらくそれよりも巨大なはずなのである。
いくら黒霧の中とはいえ、果たして〈ユルティム〉を発見できないなどということがあるのだろうか。
もしかすると、ユノはすでに何らかの〈罠〉に引っ掛かっていて、同じところをグルグルと回らされてるだけなのではないか——。
ふとユノは立ち止まる。
疲れたわけではない。
背後に気配を感じたからである。
ユノが背後を振り返る——暇など一切なかった。
悪寒を感じると同時に、ユノは魔法の力によって、中空へ飛び上がる。
その判断が功を奏し、〈敵〉の攻撃がユノの足元を通過していく。
〈敵〉の攻撃——それは〈火の玉〉のように真っ赤な魔法だった。
——驚くことではない。ユノはあの女の本性を知っている。
ユノは空中で反転して向きを変え、着地する。そして身構える。
目の前にあの女の姿は見えない。見えるのは黒い霧だけ。
ユノは黒い霧に向かって吠える。
「マム! あんた、一体何考えてるの!?」
黒い霧の向こうから答えが返ってくる。
それは遠くから微かに聞こえた声である。
しかし、それは間違いなく、ユノが世界一大嫌いな甘ったるい声だった。
「……やっぱりユノちゃんは一筋縄じゃいかないね」
笑えてくる——完全なる開き直りである。
マムは『ごめん。敵と勘違いしちゃった』といった言い訳を一切しなかったのである。
マムは、ユノが自らの〈敵〉であることを素直に認めた。
なんと清々しい態度だろうか。
そして、今、ユノの気分もとても清々しい。
ようやく、ユノもマムを〈敵〉として扱える。〈敵〉であるマムと存分に戦えるのである。
ユノは身構えたまま、言う。
「マム、ルミナはどうしたの?」
「ユノちゃん、意外と仲間想いなんだね」
「その言い方……どうせマム、あんたが手を下したでしょ?」
「……言えない」
マムは否定をしなかった。否定しないということは、おそらく肯定だ。臨場した際には仲よさそうにキャッキャと叫んでいたのに、とんだ猫被り女である。
「ナナカやリオンには会ったの?」
「うん」
「二人はどうしたの?」
「……それも言えない」
つまり、すでにユノ以外の魔法少女はすでに全員手にかけたということか。可愛い顔をしているが、やっていることはシリアルキラー顔負けである。頭のネジが何本も外れているのだ。
「マム、私はあの〈予言〉は信じてないから」
「〈予言〉?」
「例のネットの書き込みよ」
「ああ、あれね」
ユノが話題にした〈予言〉とは、東日本大震災のちょうど一年前である二〇一〇年三月一一日に、SNSに掲載された一つの書き込みである。
…………
二〇一一年三月一一日、狡猾で欺瞞な島国に天罰が下る。
絶望の産声とともに、人類に最後の希望——魔法——が与えられる。
最初の魔女は、最高の魔女である。彼女は震源地近くで生まれ、破壊と創造の力を携える。
彼女は旧世界を破壊し、新世界を創造する。
もっとも、最高の魔女であっても、時計の針を巻き戻すことだけは決してできない。
全知全能の神——それは時間なのだから。
…………
投稿者名は『滅亡からの使者』。
フォロー数、フォロワー数ともにゼロ、過去の投稿数もゼロであったこの不詳アカウントからなされた投稿は、最初は誰の目にも留まっていなかった。
しかし、この投稿は、一年後に脚光を浴びる。
理由は言わずもがな、東日本大震災の発生とその日付を正確に言い当てていたからである。
それだけではない。
この投稿は、東日本大震災の発生を契機として、魔法少女が出現することまでも〈予言〉していたのだ。
ユノもそうであるが、魔法少女はみな日本出身であり、かつ、東日本大震災の発生した二〇一一年三月一一日生まれなのである。
「ユノちゃん、なかなか奇妙なことを言うね。自己否定?」
「もちろん違う。魔法少女の出現は事実だし、大震災の発生も事実。私が疑ってるのは、『最初の魔女は、最高の魔女である』の部分」
「へえ……どうして?」
「事実じゃないからよ。最高の魔法少女は、この私なんだから」
「フッ……なるほどね」
あろうことかマムはユノの宣言を鼻で笑ったのだ。思わず、ユノは右手で銃を作りかけたのだが、グッと堪えた。
ユノは、会話をしながら、少しずつマムと距離を詰めているのだが、未だにマムの姿は少しも見えない。
決して攻撃を外すわけにはいかない。攻撃を外せば、隙を作ってしまう。隙を作ってしまえば、確実にやられる。
ユノが白いワンピースを着てきてしまったせいで、マムからはユノの姿が朧げながらも見えている可能性が高いのだから。
もっとマムと距離を詰めなければならない。そのための時間稼ぎとして、かつ、声のする方向からマムの位置を探る手段として、ユノはマムに話し掛け続けているのである。
「大した余裕ね。さすが『最初の魔女』は器が違うわ」
「ユノちゃん、褒めてくれてありがとう」
もはや謙遜する気もないようだ。謙遜されたらされたでムカつくのだが、自認されたら自認されたでなおさらムカつく。
たかだか魔法の目覚めが一年程度ほかの魔法少女よりも早かったというだけで、マムはあまりにも恵まれ過ぎている。
努力もしない。覚悟もない。それでいながらも強い魔力に恵まれているマムのことを、ユノは心底憎たらしく思う。
とはいえ、まだ襲うわけにはいかない。もっと距離を詰めなければ——。
「私、ユノちゃんと戦いたくなかった」
「は? 何言ってるの? 自分から仕掛けておいて」
「これには事情があるの」
「事情? 何それ?」
「ここでは言えないんだけどさ」
「ふーん……じゃあ、私たち、戦うしかないんじゃない?」
「……まあ、それはそうなんだけどさ……でも、本当は戦いたくはなかったな」
完全に舐め腐っている。〈勝者〉ゆえのこうした尊大な態度が、ユノの神経を逆撫でする。
「ユノちゃんは私のことをどう思ってるか知らないけど、私、ユノちゃんのこと好きだよ」
馬鹿にされている。気分が悪い。
「じゃあ、どうして私に攻撃してきたわけ?」
「だから、事情があるんだってば」
「じゃあ……あんたがカナエを殺したのにも、何が事情があるの?」
黒霧の向こうで、わずかではあるが、息を呑む音がした。距離はだいぶ狭まってきている。ユノはさらに歩を進める。
「ユノちゃん、何言っているの?」
「は?」
「カナエちゃんは〈アノマリー〉に殺されたわけじゃないの?」
あまりにも白々しい。ルミナ、ナナカ、リオンを殺しておきながら、カナエの殺人だけは否定しようというのだから。
「この期に及んでとぼける必要はないんじゃない?」
「ちょっと待って! カナエちゃんが〈アノマリー〉に殺されたって報告してたのはユノちゃんだよね? あの報告は嘘だったってこと!?」
下手な芝居に付き合うつもりは、ユノには毛頭なかった。
「マム、もう誤魔化さなくて良いよ。だって、あんたは——」
ここでくたばるんだから、とユノは言う。
同時に右手で銃を作る。
黒い霧の中、白いものが微かに見えたのだ——おそらくマムの顔だろう。ここを狙えば、ユノの銃弾がマムの脳天を貫くはずだ。
最高の瞬間は、目前だ。
マムを倒すことで、ユノが名実ともに〈最高の魔女〉になるのだ。
「死ね!」
憎悪を込めた紫色の銃弾が、ユノの指先から放たれる。
その光に照らされて一瞬見えたのは、やはりマムの顔にほかならなかった。
合わせた照準は正しかった。
これでマムが死ぬ。
マムが死ねば、正真正銘、ユノこそが一番になる。
しかし——。
——銃弾は防がれた。
驚異的な反射神経でマムが額に翳した左手が、ユノの銃弾を弾き飛ばしたのである。
「……はあ、ユノちゃん、これで左手が使いものにならなくなっちゃったよ」
たしかにマムの左手首より下は真っ黒に焼け焦げた状態で、あらぬ方向に曲がってしまっている。
しかし——それだけだ。
ユノが全てを込めた弾丸も、せいぜい、マムの左手を壊す程度の力しか持たなかったのである。
そして、今——。
絶望に打ちひしがれているユノの眼前に、真っ赤な〈火の玉〉が浮かび上がっている。
マムの右手から放たれた魔法が、まさにユノを襲おうとしていた。
「ユノちゃん、ごめんね。お互い話し合えれば一番良かったんだけど——」
どうして。
どうしてこうも理不尽なのか。
どうしてこうも理不尽なことがこの世界を支配しているのだろうか。
どうして——。
「どうしても話せないこともあるからさ」
ユノの視界は赤で覆い尽くされた。
実はかなり長らく予約投稿をサボってたのですが、本日ついに『魔法少女の最終決戦』の製本作業が終わったので、予約投稿も再開できました。
表紙やタイトルロゴも決まっていて、素敵な作品になりました。
また、この『なろう版』をさらに精査してトリックなどを僅かに変えてもいます。
初出の文学フリマ東京は5月11日ですので、意図したわけではありませんが、おそらく『なろう版』の完結を待たずして書籍版が出ることになるかと思います(微妙なタイムラグですが)。
ぜひとも書籍版もよろしくお願いします!




