【魔法少女ナナカ その四】
「……ひとつ減った」
スヤスヤと眠っていたリオンが、突然目を見開いた。
白目の部分には、毛細血管が赤く浮き上がっている。
リオンがナナカの腕の中で寝ていた時間は十五分ほどだっただろうか。
先ほどの攻撃によってリオンが負ったダメージは深く、そんなわずかな休息では回復することはできないだろう。
「リオン、まだ寝てなよ」
「ううん。ナナカ、聞いて。ひとつ減ったの」
「何言ってるの? 良いから無理しないで」
そこまで言ったところで、ナナカは、自分がいつもの〈ノー天気〉を見事に発揮してしまっていることにようやく気が付いた。
リオンの言葉の意味に、ようやく気が付いたのである。
「『ひとつ減った』って、もしかして……」
リオンは、切れ長の目で、ナナカの顔をまっすぐに見上げたまま、言う。
「魔法少女の魔力が消えた」
——なんということだ。
仲間の魔法少女が誰か一人やられてしまったというのか。
ナナカは、その残酷な現実を、すぐには受け入れられなかった。
「……リオン、それは間違いないの?」
うん、とリオンは深く頷く。
その判断には一縷の迷いもない。
リオンは、自らの魔力感受性に絶対の自信を持っているのである。
それは〈相対音感のようなもの〉だからといって、ブレたり狂ったりするようなものではないということらしい。
ナナカは、リオンの魔力感受性を疑いたいわけではない。ただ——。
「その……それは魔法少女が……死んだってことで間違いないの?」
「うん」
またもや迷いのない首肯。
「別の可能性はない? あの……たとえばさ、結界から一旦離脱したとか」
「たしかに結界によって魔力は遮断されるから、結界外の魔力を私が感じることはできない。だけど、とはいえ、どうやって結界から出るの? 結界は内側からは破れない」
外側からは壊せるが、内側からは壊せない。
それが〈アノマリー〉を閉じ込める結界の特徴だ。
「もうすでにマムが結界を解除したとか」
今回の結界を張ったのはマムで間違いないだろう。
結界を張った張本人だけは、結界に直接触れることで、結界を無くすことができる。
もっとも——。
「その可能性はない。たしかに黒霧で結界自体は見えないけど、私は、結界内に閉じ込められた魔力を感じているの。結界が無くなったら、そもそも魔力は外に発散されて、私が正確な数を把握することはできない」
「たとえば……寝ちゃったとか」
「眠っていても魔力は消えない」
「じゃあ……気絶は?」
「それも一緒。魔力は消えない……と思う」
リオンは最後に言葉を濁したのだが、それはリオン自身が過去に検証したことがないから断言できないに過ぎないのだと思う。
とすると、やはり、魔法少女が一人殺されたのだ、と考えざるを得ないのである。
ナナカの頭にフラッシュバックしていたのは、リオンを襲った〈敵〉の姿である。
それは〈アノマリー〉ではなく、〈魔法少女〉だった。
もしもその人物が、リオンだけでなく、別の魔法少女も襲ったとしたのだとすれば——。
防御魔法に長けたリオンが盾を張ったにも関わらず、リオンはここまでの重傷を負っているのだ。
果たしてリオン以外の魔法少女が、果たして彼女の攻撃に耐えられるのだろうか。
リオンを襲った魔法少女が、マム、ユノ、ルミナのいずれかの魔法少女を同様に襲い、その結果、襲われた魔法少女が死んだのではないのか――。
「ナナカ、どうしたの?」
「……え?」
「さっきからずっと黙り込んでる」
リオンが鋭いのは、魔力に対する感受性だけではない。リオンはナナカのこともよく見ている。
「黙ってたら美人だ、ってよく言われるんだよね。どう? リオン、私に惚れちゃった?」
「茶化さないで」
決してリオンを怒らせたいわけでも揶揄いたいわけでもなかった。
少しだけ時間を稼ぎたかったのである。
ナナカは、リオンに、自分が知ってしまったことを素直に伝えるべきかどうか悩んでいた。
リオンを襲ったのは、〈アノマリー〉ではなく魔法少女であることを。
それはあまりにも衝撃的な事実だろう。
冗談抜きで、地球が滅びるくらいのインパクトがある。
果たしてリオンに正直に伝えるべきか——。
「ねえ、ナナカ、正直に話してよ」
「うぐっ……」
まるでナナカの心の中を見透かしたようなリオンの発言に、ナナカは面を食らう。
リオンの得意技は防御魔法ではなく、読心魔法なのではないかとナナカが思ったのは、今回が初めてではない。
「私、ナナカには隠し事をされたくないの」
「リオン……」
「ナナカが思ってることとか考えてることがあったら、包み隠さずに全部言って」
リオンの真剣な眼差しは、どこか怯えているようでもある。
ナナカは大切なことを思い出す。
先ほど、ナナカは、命懸けでリオンを守ると決めたのだった。
そのためには、〈敵〉の正体について、しっかりと共有しておいた方が良い。
「リオン、驚かないで聞いてね」
「うん」
「リオンを襲ったのはね——」
魔法少女だったの、とナナカは打ち明ける。
ナナカの腕の中のリオンは、一瞬目を大きく見開いたものの、それ以上の反応はしなかった。
『驚かないで聞いて』という言い付けをちゃんと守っているのである。
「……何のために私を襲ったの?」
その質問はナナカも答えられない。
リオンが眠っている間、ナナカは色々と思考を巡らせたものの、魔法少女が魔法少女を襲わなければならない理由など、これっぽちも思い浮かばなかったのである。
「魔法少女の中に〈敵〉の〈スパイ〉が混じっているということ?」
その質問に対してもナナカは黙り込んだ。
何も分からないからだ。
最初からリオンはナナカの反応を期待していないのか、自己レスで続ける。
「そんなわけはないね。私たちはこれまで一緒に戦ってきたんだから。そもそも、〈敵〉は物言わぬ〈アノマリー〉で、ただ街を破壊し尽くすだけの野蛮な存在。〈アノマリー〉に同調する魔法少女がいるとは思えない」
「……じゃあ、どうして魔法少女がリオンを襲ったの?」
「襲ったんじゃなくて、たまたま攻撃が当たっちゃっただけなんじゃないかな? こんな黒霧の中なんだから。手元も狂うだろうし、敵と味方の区別だって付かないでしょ」
なるほど。その可能性はあるだろう。
ただ、だとしたら、なぜその魔法少女は『ごめん』と謝らずにその場を立ち去ったのだろうか。
あまりの失態に恥じ入って雲隠れしたかったから?
ナナカからの反撃に驚いたから?
もっとも、そんなことをじっくり考えてはいられなくなった。
そんな場合ではなくなっていた。
ナナカは瞬時に顔を上げる。
黒い霧の向こうに気配を感じたのだ。
「リオン、誰かいる」
誰かがこちらを狙っている。
きっとまたあの魔法少女だ。
先ほど仕留め切れなかったリオンの息の根を、今度こそ止めに来たのかもしれない。
——絶対にさせない。
リオンは私が守るのだ。
命懸けで——。
「リオン、危ない!」
霧の向こうで光が炸裂する。
魔法少女の攻撃魔法である。
魔法少女の魔法にはそれぞれ魔法色がある。
霧の向こうの魔法少女が放った魔法の色は——赤。
——最悪だ。
犯人はマムだったのだ。
マムは、最強の魔法少女である。
ほかの魔法少女全員が束になったって敵わないマムが、魔法少女の殺戮を実行しているのである。
最悪中の最悪。
これ以上の最悪なんて、悲劇作家だって描けないだろう。
ナナカには、リオンのような防御魔法は使えない。
それに、攻撃魔法同士の〈相殺〉を狙おうにも、ナナカの攻撃魔法には、弓を引く〈モーション〉が必要である。
巨大な攻撃が目前に迫っている中では、もう到底間に合わない。
そもそも、相手がマムだとしたら、仮にナナカの全力の弓をぶつけたところで屁の突っ張りにもならない。
この場面でナナカにできることは——。
ナナカが、リオンの盾になることである。
リオンのために死ねるのであれば、ナナカにとってこの上ない死に方である。
リオンの身体を地面に横たえて、ナナカは、リオンと魔球との間に立ちはだかる。
そして——。
「ナナカ!!」
リオンの叫び声が聞こえる。
攻撃魔法を正面から受けたナナカの身体は、蝶のように宙を舞った。
本作をのんびりとアップしている間に次の長編を書きたいと考え、色々とアイデアを膨らませています。
今考えているのは、主人公は公安警察、ヒロインは新興宗教の代表のラブロマンスものです。
……大真面目です。
安っぽい作品にならないように今たくさん資料を読み漁っています。