【魔法少女ルミナ】【魔法生物〈ブロビィ〉】
【魔法少女ルミナ その一】
バイオリンの高音が鳴り響き、それを追い立てるようにシンバルがジャンジャンと二度叩かれる。
ワグナーの歌劇『ローエングリン』第三幕への前奏曲の出だしは、いかにも戦闘を煽るものだ。
まさしく今の状況に誂え向きだな、とルミナは思う。
黒い霧の中を、ルミナは一人で歩いている。
ただし、〈魔法生物〉もカウントに入れれば、一人と一匹。
ルミナの肩には、ルミナが魔法で生み出した生き物である〈ブロビィ〉が乗っている。
桃色のヘドロに目と口が付いたような醜い生き物。
〈ブロビィ〉は何十秒かおきに、げぷっと水色の息を吐く。ルミナの魔法色である水色の息を。
いつ、どこから敵が現れてもおかしくない。
相棒である〈ブロビィ〉も緊張しているためか、ゲップを吐く頻度が心なしか増えている。
今では十数秒おきに、げぷっとげぷっと水色の煙を吐いているのだ。肩の上が忙しないと、ルミナ自身も落ち着かない。
敵からの攻撃に備えるためには、ヘッドホンを外して、周囲の環境音に耳をそばだてた方が良い。
そんなことは、ルミナもよく分かっている。
それでも、ルミナはヘッドホンを外す気などちっともない。
バイオリンが上下に音を揺らし、鋭いビブラート音をきかせる。
これもまた煽情的な音色である。緊張も武器にして戦うのだ、とそうルミナを奮い立たせているようにも感じる。
もっとも、仮にルミナが〈ユルティム〉と遭遇してしまった場合、ルミナはどうなるのだろうか——。
——無論、ルミナと〈ブロビィ〉の戦闘力では立ち向かえない。
ルミナができることは、マムの指示どおり、空に向けて魔法を放ち、助けを呼ぶことだけだろう。
とはいえ、そのような時間的余裕を、果たして〈ユルティム〉は与えてくれるのだろうか。
〈ユルティム〉との遭遇が、それすなわちルミナの死ということになりはしないだろうか。
——そんなルミナの不安も、クラシック音楽は掻き消してくれる。
上等な音楽を聴きながら死ねるのならば、本望である。
ルミナの運命が死で定まっているのであれば、ルミナはその運命に抵抗しようとは思わない。
そんなみっともないこと、ルミナは決してしたくはないのだ。
ルミナは、立ち止まり、目を瞑り、ワグナーの楽曲に耳を澄ませる。
——音楽は最高だ。人間を苦しみから、人間を醜さから、人間を〈人間であること〉から救ってくれる。
ルミナは目を閉じたまま、一歩踏み出す。
【魔法生物〈ブロビィ〉】
ルミナの肩の上の〈ブロビィ〉が、いち早く危機を察し、くるっと後ろを向く。
そして、〈ブロビィ〉自身の体の何十倍も大きな水色の液体を吐き出す。
いつも吐いているゲップとは違い、ネットリしている。敵を覆い尽くすための粘着質の魔法。ご主人様を守らなければ——。
しかし——。
〈敵〉が放った攻撃は、粘液の壁を容易に突き破り、ご主人様まで届いた。
【魔法少女ルミナ その二】
ルミナは背後から魔法を受けた。
目を瞑っていても、ルミナにはそれが分かった。今まで〈アノマリー〉の攻撃を何度か受けてきたが、それとは全く違う、熱っぽくも研ぎ澄まされた攻撃だったのだ。
ルミナは、〈アノマリー〉ではなく、味方であるはずの魔法少女に襲われたに違いない。
——まあ、そういうこともあるだろう。
グワングワングワングワングワン……。
ルミナの意識は、交差するバイオリンの演奏の中に沈んだ。
基本的に、僕は家でじっとしていられない人間です。
連休が生じたら、必ず旅行に行きます。
先日も『このままだと来週の土日が空いてしまう。マズい』と思い、慌てて箱根のホテルを予約しました。
それじゃあ執筆はいつしているのかといえば、一番筆がはかどるのは電車移動の最中です。バス移動の最中も書いてますが、三半規管が人類最弱なので、もれなく気持ち悪くなります。