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【弥代祐希 その三】

 待ち合わせ場所は、渋谷のコーヒーチェーン店だった。


 その店舗はいわゆる()(かん)店で、大通りに面していた。ゆえに、スマホの地図アプリを(ぎょう)()するよりも顔を上げた方が早く見つかったかもしれない。


 店の看板は、陽が沈みかけて暗くなった空に、(こう)(こう)と大きく輝いていた。


 店外に(あふ)れんほどの人だかりを見て、()(しろ)(ゆう)()は不安になる。


 こんな場所で会って、世間に見つからないだろうか、と。



 祐希が、これから会おうとしている相手は、今や〈(とき)の人〉ともいえる超有名人なのである。


 もしかすると、〈木を隠すならば森の中〉という発想で、あえて人()みが多いところを(かい)(ごう)()(しょ)に設定したのかもしれない。


 そんなことを考えながら、祐希は、コーヒーチェーン店に入るべきか(ちゅう)(ちょ)する。


 待ち合わせの時間までは、まだ二十分以上ある。極度の緊張と不安ゆえ、早く来過ぎた。



 『会いたい』とメッセージを送って来たのは、マムの方だった。


 まさに(せい)(てん)(へき)(れき)である。


 動画配信アプリのDM機能を使ったメッセージのやりとりは、()えずに継続してきた。


 とはいえ、マムは、内心では祐希との関係を切りたがっているに違いないとずっと思っていた。


 マムにとって、祐希は、()(さん)かもしれないが、一ファンに過ぎない。


 今や全国、いや、世界中にファンを抱える彼女からすれば、せいぜい(こめ)(つぶ)ひとつくらいの存在だ。



 マムは、今、祐希とは完全に別世界にいる。


 きっかけは、あのテレビ出演だった。


 マムが(しょう)(しん)(しょう)(めい)の魔法を()(ろう)した地上波放送である。


 マムは、スタジオの天井に向かって右手を伸ばし、人差し指を立てた。


 すると、指先からは赤い光が(ほとばし)った。


 そして、その光は、マムの腕の動きに合わせて、まずは()(ぼう)(せい)を、その次にはハートを(えが)いた。


 おそらく、世間を驚かせるには、それで十分だっただろう。


 その深夜番組は、生放送ではないものの、撮影した番組を一切編集せずに数時間後にそのまま流す〈(かん)パケ〉方式のものであり、マムが作った五芒星やハートがCGでないことは明らかだったのである。



 その後、マムは、さらに魔法の存在を(きょう)(れつ)に世間にアピールしてしまう——マム本人が意図せずに。


 マムの指先の赤い光が、コスチュームとして(かぶ)っていた赤いとんがり帽に当たった。


 言うまでもなく、普段のマムはこんな長細い帽子など被ってはいないだろうから、(もく)(そく)(あやま)ったのだったのだろう。


 その結果——。


 帽子は——消失した。


 とんがり帽は、一瞬で分子レベルに分解されたのだ。


 これは、一種の〈放送事故〉であり、マムも、祐希に送ったメッセージの中で『あれは流して欲しくなかった』と(じゅつ)(かい)した(〈完パケ〉方式なので無理な注文なのだが)。


 マムは、自らが(あやつ)る魔法を、単に〈可愛いもの〉や〈オシャレなもの〉として見せたかったのだという。


 しかし、あの〈とんがり帽の消失〉で、マムの魔法に〈怖いもの〉としての側面があることも世間に伝わってしまった。


 そのことが、マム(いわ)く『(つう)(こん)(きわ)み』だったらしい。


 あくまでも、マム曰く、である。



 マムのテレビ出演動画は、十数秒のショート動画に加工され、(またた)く間にSNSで拡散された。


 オールドメディアの信用力と(しん)(こう)メディアの拡散力が合わさったことで、『魔法少女マム』の名前と存在が、にわかに有名となった。


 〈とんがり帽の消失〉が与えたインパクトも、知名度の獲得に何役も買っていた。


 登校中に靖が祐希に動画を見せたようなことが、あらゆる社会のあらゆる関係の人々の間で行われたに違いない。


 〈魔法少女マム〉の出現は、世界が(たい)(ぼう)していた〈特異点(シンギユラリティ)〉だったのである。



 そして、今まさに、祐希の人生も、〈特異点(シンギユラリティ)〉を迎えた。



 マムは、約束の時間ちょうどには来なかった。


 マムが『会いたい』と送ってきたのは、配信の〈ドッキリ企画〉か何かの一環で、祐希は騙されただけかもしれない——。



 マムが現れたのは、そんな考えがちょうど頭に(よぎ)った頃のことだった。


 祐希の目にマムの姿が映る。


 その瞬間——マム以外のすべてのものがボヤけた。


 ガラス窓の向こうの渋谷の街、カウンターの天井に掲げられたメニュー表、注文を待って列に並ぶ人々、コーヒーを片手にテーブルで談笑する人々、祐希の机にある溶け切ったフラペチーノ——。


 これまで祐希に見えていた景色のすべてが、マムの美しさの前で(ひれ)()した。


 マム一人に完全に支配された世界——。


 ()(りつ)()(えん)となった祐希は、その場から逃げ出したくなって、実際に腰を浮かしかけた。


 後先を考えて、というより、なかば反射的に逃げようとしていた。


 しかし、マムが祐希を逃してくれなかった。


 マムの(ひと)(なみ)(はず)れて大きな黒目は、すでに(ぼん)(よう)な祐希を捕まえていたのである。


 柘榴石(ガーネツト)でできた工芸品のような美しい(くちびる)が、(つや)やかに動く。


「祐希君、来てくれてありがとう」



 〈完パケ方式〉の意味って伝わっていますかね?

 

 筆者は元々アイドルヲタクで、アイドル沼にのめりこんだきっかけは『アイドリング!!!』でした。


 今となっては朝日奈央や菊地亜美の台頭もあってそれなりに知られたユニットかもしれませんが、当時は完全に『AKBじゃない方』でしたね。


 その『アイドリング!!!』は、今となっては……なフジテレビ(CS)で放送されていて、その放送形式がまさに〈完パケ方式〉だったのです。


 一日に三本くらい収録して、三日に分けて流す、というような感じだったとは思いますが、カットや編集はなしで〈生放送〉のような緊張感がありました。司会のバカリズムの力量もあって成り立っていたような感じです。


 こんな話をしてると世代がバレそうですが、特に隠してもないので言うと、菊地亜美とタメです。まさかあんなに売れるとは……。

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ぼ、ぼやけるだって(;゜Д゜) 『グラップラー刃牙』シリーズでよくある、強者の周囲が歪んで見える的な演出……ではなさそう???? それはそうとねぇ。 よくよく考えるとこの三度目の視点の子……私には名…
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