9 和解
「……。」
「……。」
マリーナの自室内で、椅子に腰掛けるマリーナとその正面に立つゾフィーがそれぞれ無言で見合っている。
(ど、どうしましょう。)
ヨハンはあの後、僕は用事があるからといなくなってしまい、部屋に戻ってきたものの話の切り出し方が分からずこう着状態が続いてしまう。
ふと、座った状態の自分とゾフィーの目線の高さが同じことに気づいた。
いつも意識していなかった自分との背丈の差に、侍女としてではない1人の人間であるゾフィーを想う。柔らかそうな髪質やクリクリの目を見ながら、ついつい小さくて可愛らしいなと考えてしまう。
「私の家は6年前に父の代で没落しておりまして、父とは商いで関係のあった当主様のご厚意で侍女として雇っていただいております。」
沈黙を破ったのはゾフィーだった。
6年前…ちょうどゾフィーが侍女見習いとして顔を出すようになったころだ。
「私はマリーナ様の1つ年上で16歳です。まだ幼い妹と弟が2人いて家族は王都に住んでいます。父と母は貴族として身の回りの世話を長年受けていたので、最近やっと一通りの世話をできるようになってきたそうです。今は私が家計の一端を担っています。」
唐突に聞かされる壮絶な身の上話に思わず肩をすくめる。この若さでどれだけの苦労を経験したのだろう。
「マリーナ様。私はシャルロッテ公爵家に命を救われたのです。お陰で一家全員路頭に迷うことなく過ごさせていただいております。とても感謝しているのです。」
マリーナに軽く微笑みかけると、ゾフィーは頭を下げた。
「…なので、マリーナ様に注意される度に解雇されてしまったらどうしようと怖かったのです。最近、妙に優しく話しかけてもらえるようになったのももしかしたらって…申し訳ございません。お嬢様の思いを汲み取れず不用意に傷つけてしまいました。」
つい目に涙が溜まる。こんなにも親身に働いている彼女にさらにプレッシャーを与えてしまっていたのだ。きっと他の使用人たちにも事情があるのに、体裁ばかりに気を取られていた。
思わず椅子から立ち上がりゾフィーの手を握る。
「顔を上げてゾフィー。謝らないでほしいわ。私が未熟者だったのよ。」
その言葉を聞きゾフィーが顔を上げる。
「私は解雇なんてしないわ、考えたこともないわ。いつもとても感謝しているの。ゾフィーや皆がいつもよく対応してくれるから私も完璧な令嬢として振る舞えないといけないと気を張ってしまっていたの、ごめんなさい。」
段々とゾフィーの視界がぼやけていく。気づいたら両頬を大量の涙がつたっていた。
その様子を見ておろおろとハンカチを取り出すマリーナにゾフィーは思わず笑ってしまう。
えっ?!と驚いているマリーナの反応を見て、ゾフィーは堪えきれずに大爆笑してしまった。
「マリーナお嬢様。私たち使用人はお嬢様が素晴らしいレディとなるべく努力されてるのを、いつも1番近くで見守っているのです。みんな理解しています。勝手に怖がってしまっていただけなのです。」
「お嬢様がそんな風に悩まれていただなんて、教えてくださっていたらもっと早くお力になりましたのに。」
きっとみんなそう思っていますよと首を傾げるゾフィーの目は涙でキラキラと輝いている。
「私、なんだか今までの努力が今日やっと報われた気がします。マリーナ様、とても誇りに思います。ありがとうございます。一生忘れられない日になりました。」
「それにお嬢様はこんなに可愛らしく慌てられることもあるんだと知れましたし。」
いたずらな笑顔を向けられ、マリーナの顔が紅潮する。
「……ゾフィー。」
「なんでしょうか、マリーナ様。」
「……抱きしめてもいいかしら?」
茹で蛸のように赤くなった状態で照れくさそうにそういうマリーナをみてゾフィーはまたぷぷっ。と笑ってしまう。
「もちろんですマリーナ様!」
ゾフィーが手を目一杯左右に広げると勢いよくマリーナが飛び込む。
廊下には年相応の女友達と楽しむようなそんな笑い声が響いていた。