7 願い
デューク視点です。
シャルロッテ公爵邸から王城へと向かう馬車の中にデュークはいた。
公爵邸でのお茶会が終わり、
「この後は図書館で読みたい本が沢山ありますの。」といつもより目を輝かせながら話すマリーナにまた何か思いついたんだなと内心微笑ましく思いながら帰路についた。
本当はもっと話したいことがあったが、そんな様子を見てはそうも言ってられない。
「しかし……胡蝶蘭か。」
デュークが呟く。
原産国が熱帯地域である胡蝶蘭は、日中の気温差が激しく天気の変わりやすいニニール国ではその美しさを保つことができない。そのため、国内では温室栽培用のガーデンハウスを持つことのできる貴族のみに楽しむことができる花だ。
そのガーデンハウスがまず王城に設置されたのもわずか数年前。一番気に入った花に胡蝶蘭を選ぶとはさすがマリーナといったところか。
(もしくは……。)
その先を考えようとして止める。
デュークは静かに馬車の窓からオレンジに染まる空を眺めていた。
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デュークには物心ついた時から、この世界が異質なものに感じられていた。自分の家族や身分、全てになんとも表現できない違和感を感じていたのだ。何をするにもあまり意欲がなく、ただ淡々とこなすデュークであったが器用で地頭もよくきちんとこなしてしまうため周りはそういう性格なのだとあまり気に留めていなかった。
違和感の正体が分かったのは7歳になった頃、いつの間にか親同士の間で決められた婚約者に初めてあった時だった。
「ににーるこくのたいようにごあいさつもうしあげます。」
まだ5歳にも関わらず綺麗なカーテシーを披露し、たどたどしい自己紹介をするマリーナを見た瞬間。
「………っ!」
懐かしい、嬉しい、苦しい。デュークの頭を一気に色んな感情が駆け巡る。それまで忘れていた記憶が一瞬にして舞い戻ってきた。
「殿下!大丈夫ですか!」
「おうじさま!」
急に蹲るデュークに側に仕えていた侍従や護衛騎士と一緒になって反射でマリーナも手を伸ばす。その伸びてきた小さな手を握り、デュークが顔を上げると驚いて見開かれた藍色の瞳が視界に映った。その瞬間、グレーに見えていた世界が一瞬にして鮮やかに彩られる。
「ああ、僕はずっと君を探していたんだ。」
つい握る手に力が籠る。
言葉の意味がわからずマリーナはただ首を傾げるのみだったが、そんなマリーナをデュークは潤んだ瞳で優しく見つめるのだった。
しかし、デュークの苦悩の日々はそこから始まった。
(マリーナは記憶がないのか?)
姿形が違えど、会ってすぐに気づいた愛した人の生まれ変わりは、一向に自分を思い出す様子はなかった。こそっと日本語で話しかけてみたこともあったが、どちらのくにのおことばですか?と返された。
最初は年齢が浅くまだ混乱しているのだと思った。しかし、歳を増してもその様子は変わらない。
(そもそも、思い出したくない…か……。)
最初は会えた喜びで興奮して積極的に行動していたデュークであったが、時間が経つにつれて愛し合ったとはいえ前世では別れた身であったことを思い出した。運命の人だと思っていたが、自分がその関係を壊してしまったのだ。そして、その人生は不運にも呆気なく終わってしまった。段々と、マリーナに記憶が戻ることが怖くなっていった。
(それにこの子は、真依じゃない。)
自我が出てくるにつれ、周りに振り回されず自分の信念で動くようになったマリーナ。周りの顔色を気にすることなく伸び伸びと生きているように見える彼女は、僕の知っている彼女とは全然違う女の子だ。
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(このまま、僕だけが覚えていればいい。せめて今世では君に幸せだけを感じていてほしい。)
目を瞑り、そう自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。