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2 後悔と決意


マリーナはベッドに戻ると、脇に備え付けてある鈴を鳴らした。


ノック音の後にドアが開く。


「マリーナ様、おはようございます。

 紅茶と清拭用のお湯をお持ちいたしました。」


侍女のゾフィーが数秒もたたず現れる。


「あら、お湯も持ってきてくれたの?

 いつ呼ぶかも分からないのに温かいままでお湯を準備しておくのは大変だったでしょうに、いつもありがとうゾフィー。」


口角を少し上げてゾフィーにお礼をする。


オレンジ色の瞳で可愛らしい容姿をしたゾフィーは

肩までの栗色の癖っ毛を揺らしながら、いや体全体を震わせながら血の気の引いた表情で返事をした。


「………あっ!はい!……ありがたいお言葉を頂戴し至極超越にございますマリーナ様!

 で、では私は扉の外でお待ちしておりますので、しっ……失礼いたしまするっ!」



(色々言いたいことはあるけど、とりあえずいたしまするって……どうなのよ!)


心の中でゾフィーにツッコミを入れる。

きっと真依の記憶がない頃のマリーナであれば速攻罰を与えている。



(なかなか周りからの評価はすぐ変わるものじゃないわよね……。)

ホカホカのお湯で顔を洗いながらそんな事を考える。




今年で15歳になったマリーナは、産まれた時から公爵家の長女として厳しく躾けられてきた。

代々、宰相を輩出しているシャルロッテ公爵家。男児が産まれれば当主もしくは王族の側近として仕えるための勉学に励み、女児が産まれれば未来の王妃として王を支えるための妃教育をうけることが当たり前であった。


物心のついた時には、第一皇子の婚約者として

既に名が挙がっていたマリーナは周りからの凄まじい重圧の中で、日々レッスンを必死にこなしていた。


その中で自然と自分にも他人にも厳しい性格に育ってしまったマリーナは、努力をみせずに全てを澄ました顔でこなすのが完璧な令嬢!と静かに闘志を燃やしながら滅多に人が出入りしない本館とは別の離れにある図書館で自己学習をしたり、寝る間を惜しんで予習復習をしたりしていた。そんな努力家な一面は知られることはなく、彫刻のような造形美をもつ見た目も相まって孤高の令嬢と称されていた。もちろんマリーナと話が合う同年代のご令嬢はおらず、また空いた時間に籠って自己研鑽に励むという日々だった。


普段の生活でも公爵家の品位を私が落とすわけにはいかない!と侍女たちとは常に一定の距離を保ち、いつでも姿勢を崩さず少し微笑んだ令嬢スマイルで過ごしていた。

日々必要最低限のやり取りのみをする中で、注意すべき事柄があった際は教育として見逃さず指摘していたため、周りの侍女や侍従たちからはそれは大層怖がられていた。




現状の自分の周りからの評価を察して

思わず右手を頬に当ててため息をつく。


(胡蝶蘭には毒もトゲもないのよ。)


いつしか呼ばれるようになったという『社交界の胡蝶蘭』という名を思い出す。

お兄様たちが笑いながら、知っていたか?と頭を撫でて教えてくれた。あの時は表情に上手く出せず少し微笑んだのみだったものの、高貴で大好きな花に例えられて自分の努力が報われた気がして心から嬉しかったのに。



(どの世界の私も、なかなか上手くいかないわね。)



記憶の中の真依は、いつも愛想笑いを浮かべ周りに順応するように生きていた。

小さい時から親の何気ない「女の子なんだから愛想良く」「多少おバカな方が可愛げがあるのよ」という言葉が全てなのだと、それが幸せなんだと思い込んでいた。

本当はやりたい仕事があった、行きたい場所があった、でもそれは我儘なのだと気持ちを抑えて相手に合わせるように過ごしていた。その中でも自分の気持ちに寄り添ってくれる彼に出会い、これからは自分の幸せを探すんだと思っていたのに、その幸せすら壊してしまうだなんて。



マリーナとしてもう一度人生をやり直せるのなら、とう思いながらもどうしたらいいのか分からない。

自分の心で思っていることをどこまで出していいのか分からないのだ。

周りの侍女に感謝を伝える、名前を呼ぶところから始めてみたものの返事はあれど距離は一向に縮まらない。



(………もうこの世界では自分の人生に後悔はしたくないわ、やれることを少しずつやっていきましょう。)


頬を触っていた手を離し、ぎゅっと力を込めて握る。

拳を見つめる目にはまた少し涙が滲んでいた。





顔をもう一度軽く拭き、紅茶を飲んで一息ついたところでベッド脇の鈴を鳴らす。


「マリーナ様、お支度の準備をさせていただきます。」


ゾフィーと何人かの侍女が着替えを手際よく準備して行く。


「あら、マイヤー。今日は髪型が違うのね、素敵よ。」


いつもポニーテールをしている赤毛にそばかすのある小柄な侍女が、今日は三つ編みにしていたのが可愛くて思わず声をかける。すると驚いた表情で硬直してしまった。そしてひゃい…と声にならない空気のような返事が聞こえた。


(ここまで怖がられてると、まるで小説に出てくる悪役令嬢みたいね。)


そんなことを呑気に考えながら、身支度を整えた。



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