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1 転生


「今までありがとう、元気でいてね。……ご飯ちゃんと食べるんだよ。」


私は今上手に笑えているだろうか。

右手を頬に当てながら、引き攣る顔を誤魔化すようにさする。



(5年前、これからの幸せな未来を夢見てやってきたこの場所にこんな形でまた来ることになるだなんて)



〇〇区役所と書いてある看板を横目にふと心の中で呟く。

私と目の前にいる彼は今日から夫婦ではなくなった。



照れてなかなか目を見てくれない彼が好きだった。

目が合うと左手で口元を隠しながら、目尻を下げて笑う優しい眼差しが好きだった。

彼は今、真っ直ぐと私の目を見て正面に立っている。


「ちゃんと食べるよ。……今までありがとう。」



(あぁ、本当にこれで終わっちゃうんだな……)


出会った時からの楽しかった記憶が頭の中を駆け巡り、つい引き止めてしまいそうになる。


(……これは、お互いが幸せになるために決めたことじゃない)

もう一度口角を上げて、今日一番の笑顔で伝える。


「……それじゃあ行くね。さようなら。」



「うん。……さようなら。」


返事をもらい、背中を向けて歩き出す。


少し経って後ろを振り向くと、もう彼は背を向けて歩き出していた。


(そりゃそうだよね、何やってんだか。)


すぐに元の方向を向き直し歩き出す。

力が抜け、口角は下がり視界はどんどん滲んでいく。

涙だけは出さない、と強く目に力を込める。

後ろ姿ではどんな表情か分からないだろう、これくらいは大丈夫。そう言い聞かせながら。


きっとやり直す機会はあったのだ。

私がもっと素直に彼に想いを伝えられていれば、彼の気持ちを聞けていれば。そんなことばかり考えてしまう。



(もしやり直せたら……)


プーッ!!!!


滲む視界で上手く音の方向が認識できない。


(えっ?!何?)


「真依!!!!!!」


聞き馴染みのある声が耳に飛び込んできた。


その瞬間、

ドンッ!!!!!


段々と暗くなる視界で、最後に聞いた自分の名前を呼ぶ声がこだましていた。



------------------------------


「…………ハッ!!!!!!」



勢いよく起き上がる。

天井まで伸びる大きな窓からは日が燦々と照らしている。


(また、あの夢ね。)


汗に濡れて顔に張り付いている髪を避けながら

シャルロッテ公爵家の長女、マリーナ・シャルロッテは一度深く呼吸をした。




日本、という国で一生を終えた【真依】という女性の夢をみるようになったのは3ヶ月前。

5日間ほど原因不明の熱に浮かされて、意識が朦朧とした中で現実か夢か区別がつかないなかでのことだった。

マリーナ様!と呼ぶ声が遠くで聞こえている気がしていたが、返事をする気力はなくただ頭に流れる映像を眺めているような不思議な感覚だった。


マリーナが生きている世界では、黒髪黒目という特徴は皇族の由緒正しい血統を表す。しかし夢の中に出てくる人物は濃淡はあれど皆黒髪黒目で、馴染みのない服を着て発展した都市の中で過ごしていた。

第一皇子の婚約者候補として幼少期から厳しい教育を受けているマリーナでさえ、そんな世界があるだなんて聞いたことはなかった。



【異世界転生】そんな言葉が出てきた。

真依は本をよく読む女性で、なかでも異世界に転生する小説を面白いとよく読んでいた。私もこうやり直せたらなあ、と冷め切った夫婦生活の中で異世界で悠々自適にまたは未来を切り開いて行く数多の主人公に思いを馳せていた。


(異世界ってことは私が生まれ育ったこの地とは全く異なる場所ってことよね……。)


リアルすぎる感情の揺れや、知らないはずの景色や会話を懐かしいと思う感覚。数日間熱に浮かされる中で、マリーナの意識の中に真依の記憶も溶け込んでいった。

それからも度々夢の中で真依の何気ない日常生活の記憶を思い出していき、3ヶ月経った頃には完全にマリーナ=真依であり、異世界転生したということを認識していた。





深呼吸を終え、4人ほど横に並んで慣れそうな広いベッドから立ち上がる。

枠に豪華な彫刻が施されている鏡を見て、自分の外見を今一度確認するように眺める。

紫がかった透き通るような銀髪に、少し吊り上がった藍色の大きな瞳がうつる。スラっとした長身ながら、出るところは出ているという抜群のスタイル。

社交界の胡蝶蘭と呼ばれるマリーナの見た目は寝起きのネグリジェ姿にも関わらず高貴で、平凡な真依とは全然異なる魅力を放っている。

鏡の前で一回転してみせると、思わずふふっと笑ってしまう。


私はマリーナ公爵令嬢、ですわ。

そう呟いた。





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