表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編】

私のことが大嫌いな義弟に、誤って恋の魔法を使ってしまいました

作者: 朝月アサ



「できたわ……これで完璧よ!」


 伯爵家の地下室に描いた魔法陣の前で、リーナは母の魔法書を片手に満足げに頷いた。


「この魔法に力をもらって……明日こそカイルに告白するんだから……」


 カイルは幼馴染の騎士だ。騎士の家に生まれ、彼自身も騎士になった。

 そしてリーナは伯爵家の令嬢――普通なら身分違いだが、貴族の血は引いていない。


 前妻をなくした伯爵と、未婚のままリーナを生んだ魔女の母が大恋愛の末に結ばれて、リーナは伯爵家に引き取られた。

 義父はリーナも実子と分け隔てなく育ててくれたが、リーナはずっと負い目を感じながら暮らしていた。


 だから、一日も早く結婚して家を出たいと思っていた。


(何より、セルジュと離れるために……!)


 ――伯爵と前妻の子であり、正統な後継者である、リーナの二歳年下の義弟セルジュ。

 彼は昔からリーナのことを嫌っていて、いつも疎ましげな態度を取ってくる。リーナはできるだけ仲良くなろうとしていたが、もう限界も限界だった。


(これが、私にとって最後のチャンス……)


 リーナは石床に描いた魔法陣を見つめる。

 母の持っていた魔法書に載っていたこの魔法陣――その名も「恋を叶える魔法陣」に力をもらって、明日カイルに恋心を告白する――


 カイルとは最近こそ少し疎遠だが、昔から――伯爵家に引き取られる前から仲が良かった。

 だからきっと告白も成功するはずだ。


 どきどきしながら、魔法陣の中に入ろうとした刹那――地下室のドアが勢いよく開いた。


「……なんだ、リーナか。また妙なことをしているのか?」


 無遠慮に入ってきたのは義弟のセルジュだった。


 黒髪に赤い目。そして恐ろしいほど整った、中性的な顔立ち。昔はあまりにも可愛くて、女の子かと思ったほどだったが、いまは体格もすっかり男だ。

 伯爵家は魔術師の家系であり、彼も若くして宮廷魔術師として王城で働いている。家に帰ってくることはめったになかったのに、どうしてこのタイミングで。


「――か、勝手に地下室使ってごめんなさい。いま、ちょっと大事なことをしていて……すぐに終わらせるから」

「大事なこと? ……この魔法陣、また恋愛絡みか? 一目惚れを繰り返してはフラれてばかりのくせに……とても義母上の血を引いているとは思えないな」


 リーナの母親はとても力の強い魔女だ。

 だがリーナ自身は、おまじないが少し使える程度の魔力しかない。


「こ、今回は違うわよ。告白する勇気をもらうだけだから――」


 いままで結婚のために多くの男性にアプローチしてきたが、まったく実りがなかった。

 そんなことを繰り返していたとき、気づいたのだ。幼馴染のカイルのことが好きだったことを。――たぶん。


「……本当に、懲りない上に鈍いんだな」


 セルジュが呆れたようにため息をつき、魔法陣の中に入ろうとする。

 リーナは慌てて叫ぶ。


「ちょっと、入らないで!」


 リーナが止める間もなく、セルジュは魔法陣に足を踏み入れた。

 その瞬間、魔法陣が光を放ち、リーナが込めた魔力がセルジュに向かって飛んでいった。


 リーナは呆然と立ち尽くし、セルジュは淡々とした表情で周囲に漂う光の名残を見つめていた。


「……子供だましだな」


 そう言って、魔法陣の一部を靴先で削り取る。その瞬間、魔法陣がすべて消え去った。


「くだらない」


 そう言って、地下室から出ていく。


 ――まったく、何の影響もなさそうだった。


(さ、さすが宮廷魔術師……いえ……私が未熟なだけ?)


 落ちこぼれ魔女の描いた魔法陣などには影響されないのだろう。



◆◆◆



 ――翌朝、リーナの元にセルジュがやってくる。


「リーナ、昨夜から、なぜかお前のことが気になって仕方がない。視界に入るたびに……胸がムズムズする」

「えっ――ええっ!?」


 リーナは仰天した。

 セルジュの態度はいつもと違って、どこか緊張感が抜けていて、どこか可愛らしさすらあった。昨日までの冷たい鉄仮面とは別人のようだ。


「た、大変――昨日の魔法に変な効果が? すぐに解除しなきゃ! ――待ってて、いま魔法書を持ってくるから、自分で解呪して!」

「そんなくだらない時間を取らせるな」

「そ、そうですよね……」

「俺は城に行ってくる。買ってきてほしいものはあるか?」


 ――リーナは愕然とした。セルジュにいまだかつてそんな言葉をかけられたことはない。


「無事に帰ってきてください!」


 ――それから、セルジュの態度はいつもと明らかに違っていた。

 とにかく、リーナにやたら構ってくる。


「顔色が悪い……夜更かししないで早く寝てくれ」


「この花、リーナに似合うと思って摘んできた」


「ケーゼトルテを買ってきた。好きだっただろう?」


 ――等々。

 いままでに見たこともないような穏やかな顔で、いままでに言わなかったようなことを言って、いままでしてこなかったことをしてくる。


(な、なにこれ……魔法の効果? どういう効果?)


 ――告白の勇気を得るための魔法は、もしかして素直になる魔法だったのかもしれない。

 セルジュはなんだかんだ言って、リーナを姉として認めてくれていて、素直になれなかっただけかもしれない。


(なんだ、可愛いところあるじゃない……ずっとこのままでも……いいえ、だめよ。このままだとセルジュの人格が歪んじゃう)


 素直になっただけとしても、魔法で性格が変わってしまったとしても。

 大嫌いな義姉にこんな態度、彼が正気に戻った時、記憶を消したくなるかもしれない。


(私が、なんとかしないと……!)


 魔法の効果を改めて調べて、解呪方法を見つけなければ。

 急いで魔法書を調べに行こうとすると、セルジュが声をかけてくる。


「ああ――そうだ、リーナ」

「こ、今度はどうしたの?」

「お前の幼馴染の騎士とやら、恋人ができたそうだ」

「――カイルが? そ……そうなんだ……」


 できるだけ平然と答える。カイルを好きだったことは、誰にも言っていないから。

 リーナは少しだけ泣きながら、魔法書を読み返す。

 文字の一つひとつを確認して、効果を調べ直していく。

 そして、気づいた。


「これ、効果がある期間は十日間……?」


 つまり、時間が解決してくれる。


「よかったぁ……」


 心底ほっとする。一生あのままだったらどうしようかと思った。



◆◆◆



 ――やがて、魔法の効果が切れるはずの期限が訪れる。

 リーナは少し寂しさを感じながらその日を迎えた。


(あんなに可愛いセルジュがいなくなっちゃうなんて……)


 ――とはいえ、彼にとっては恥辱の極みかもしれない。忘れてあげるのが義姉としての優しさだろう。

 そしてリーナは緊張しながらセルジュに会った。


「おはよう、リーナ。今日も可愛いな」

「――なんで?!」


 おかしい。元に戻るどころかむしろ悪化している気がする。


(もう一度、魔法書を調べないと――)


 急いで地下室に行こうとすると、腕をつかまれる。

 振り返ると、呆れ顔のセルジュがいた。


「――鈍いな、本当に」


 その声の響きは懐かしい、冷たいものだった。

 いつもその響きに怯えていたのに、いまはとても懐かしく安心するものだった。


「も――戻ったの?」


 セルジュはため息をつく。


「あんな失敗魔法陣で、俺に魔法がかかるわけがないだろう」

「し、失敗?」

「十三番目の文字のハネが違っていた」

「細かい?!」

「魔法陣とはそういうものだ。正確な呪文、正確な文字、配置……完璧に正確でなければ意味がない」


 淡々と言う。


「ちょっと待って。魔法がかかっていないって――いま、言った?」

「そうだ。効いたふりをしていただけだ」


 リーナは愕然として、セルジュの手を振りほどこうとした。

 だが、びくともしない。


「……からかったの?」

「違う。素直とやらになってみたら、お前がどんな反応をするか気になっただけだ」

「だから――どうしてそんなことを」

「……好きだから」


 そう言ったセルジュの頬は、ほんの少し赤くなっていた。


「リーナのことがずっと好きだったから」


 ――何が起こっているのだろう。

 悪い夢でも見ているのだろうか。

 悪い魔法をかけられたのだろうか。


「信じていないな」

「そんな……だって、あんな態度ばかりで、信じられるわけ……」

「バレるわけにはいかなかったからな……父上にも、義母上にも。引き離されるかもしれないだろう? 義理の姉弟とはいえ同じ家で暮らしているのに、恋情を抱いているなんて」

「……本気?」

「本気だ。本当は、冷たくなんてしたくなかった。だが……どう接していいかわからなかった……」


 その顔はひどく寂しそうで、一瞬ほだされそうになる。


「セルジュ……だ、だめよ……私たち、血は繋がらなくても姉弟なんだよ?」

「繋がってないから問題ない。それにもう両親の許可は取ってある。リーナさえよければ、結婚を許すと」

「――――ッ?!」

「名前だけ他家の養子にすることもできる。そうすれば、何も問題ない」

「ちょ、ちょっと待って……」


 家から出るつもりだったのに。

 義弟から離れるつもりだったのに。

 何故か婚姻話が進んでいる――?


 リーナは背筋が凍るような恐怖と、セルジュの真っ直ぐな感情に困惑する。


「逃げられると思うか?」


 セルジュの手がリーナの頬に触れる。優しい仕草だが、その手は完全に異性のもので。

 いつの間にか背もずっと高くなっていて。

 赤い目はまるで逃げ場のない檻のようだった。


「リーナが望むならどこにだって連れていってやる。だが、俺から離れるのは絶対に許さない」


 その囁きは甘く、そして呪縛のようだった。


(――ど、どうしてこうなるの――?!)







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ