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気になるあの子

作者: 田中鈴木

 朝から遠慮の欠片もない日差しが砂利を焼いている。ゆるゆる陽炎の立ち上る線路の反対側のホームに、最近気になる子がいる。

 紺色のポロシャツにグレーベースのチェックのスカート。この辺ではそこそこ優秀な高校の制服だ。指定のバッグに紺のクルーソックス、茶色のローファー。紫外線に負けて色褪せくすんだベンチに、今日も座っている。ボブのつるんとしたストレートの髪。わりとはっきりした顔立ちで、美人と言っていいと思う。通勤通学ラッシュには少し早いこの時間、ホームには朝練の学生がまばらにいるくらいだ。彼女が部活に入っているのかは分からないが、いつもバッグ一つなので少なくとも運動部ではないと思う。

 彼女がその紺色のバッグを漁り、水筒を取り出した。水筒と言っても銀色に輝くゴツいステンレスのやつで、女子が持ち歩くようなやつではない。そのコップにもなる蓋を開け、中蓋もキュルキュルと取り外す。きちんと揃えて隣に置くと、バッグから今度は筒形の箸入れを出してきた。ポンと蓋を外して丁寧に立て、箸を手に持つ。たぶん「いただきます」と言っているのだろう、口が動くのが見えた。

 彼女はおもむろに箸を水筒に突っ込むと、白く輝くそうめんを引っ張り出した。大きく口を開け、豪快に啜り込む。ず、ずずっという音が静かな駅に響き渡り、反対側のホームまで聞こえてきた。二度、三度。落語で蕎麦をたぐる時もかくやという音が繰り返された後、しゅわしゅわ鳴く蝉の声が戻ってきた。たぶん「ごちそうさまでした」と言っているのだろう、また口が動くのが見えた。

 箸を箸入れに戻し、水筒に中蓋をはめる。蓋も戻すのかと思いきや、そこにコポコポ中身を注ぎ、クイっと一気に飲み干した。茶色いそれは麦茶にも見える。でもついさっき彼女がそこからそうめんを啜るのを見た。つまり濃い茶色のそれはめんつゆだ。もう一回めんつゆを蓋に注いで飲み干すと、彼女はスカートのポケットからハンカチを取り出して口を拭い、水筒に蓋をしてバッグに戻した。電車の接近を告げる放送が流れると、彼女はバッグを肩に掛け立ち上がった。入線してくる電車で彼女の姿が見えなくなると、こちら側のホームにも間もなく電車が来る旨の放送が流れ始めた。

 冷房の効いた車内に入り、人のまばらな座席に座る。いつもの景色が流れていく中、今朝の彼女を振り返ってみる。

 水筒にそうめんを入れる。まあそういう形の弁当箱もあるし、ダメってことはない。めんつゆという液体を伴う以上、水筒というのは良い選択肢だろう。氷を入れてキンキンに冷やしておくのにも便利だ。

 朝のホームで食べる。それもまあアリか。パンとかおにぎりとか、はたまたコンビニ弁当とか食べている人がいる中で、そうめんだけがダメという理屈はあるまい。そこまでするなら家で食べてこいと思わなくもないが、誰に迷惑をかけているわけでもない。あえて言うならもう少し音は控えめにした方がいいくらいの話だ。

 めんつゆを飲む……のは、どうなんだ?蕎麦屋とかだと蕎麦湯をもらって飲んだりはするけど、基本飲まないような。いやでもダメってことでもないような?むしろこんなに暑い日なら、めんつゆは塩分と水分を同時に摂取できる優秀な飲み物なのでは……?そうなると、水筒にそうめんとめんつゆと氷を入れて食事と水分補給をするというのは、きわめて効率的な考え抜かれた方法なのか。いやいやそんなバカな。そんなことを考えているうちに次の駅に着いた。扉が開き、熱気と蝉の声が流れ込んでくる。

 明日もまた会えるかな、あの子。

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