空井雪は、幽霊が見える。
時々気分転換に更新します。
突然だが、俺は幽霊が視える。
こいつ何言ってんだよ、とか思うかもしれないけど、本当に見える。
ほら、例えばあの女の子の後ろに、逆立ちでバレエを踊ってる意味わからない幽霊がいる。
いや、俺だって、そんなシュールな幽霊は見たくない。でも、見えてしまうものは仕方ないのである。
「雪、ぼーっとしてどうした?次は音楽室に行かないとダメなんだから、時間ねーぞ」
「何でもない。――あ」
俺は手元の荷物を見て、ひと言漏らした。音楽セットは一通りあるが、筆箱がない。
俺は友達の凪に背を向けた。
「おい、雪。どうした」
「筆箱忘れた。取ってくるから、お前は先に言ってろ」
「おう、急げよ」
凪はあっさりと引いて、音楽室へ向かった。
あいつのあっさりしたところは、付き合いやすい。
俺は駆け足で教室まで向かった。教室までは、まっすぐな廊下を走るだけで着く。
さほど急ぐ必要は、ないだろう。
俺は足に引っかかるスカートを持ち上げた。走るのにスカートは邪魔だ。
俺がスカートに目を取られていたら、誰かに思いっきり当たった。
「わ、ごめん。大丈夫?」
「あ、あぁ。俺は平気だけど」
当たったのは、女子生徒だった。名札の色から、同学年だとわかる。
女子生徒に謝ろうと顔を上げて、目を背けた。
うわ、ついてやがる。
その女子の、肩の上に、小さな……しかし明らかに悪そうな幽霊が乗っかっていた。
こんなのが付いていたら、毎日不幸なのは間違い無いだろう。
俺はほんの親切心で、肩に乗った幽霊を払い落としながら、言う。
「埃ついてましたよ」
「…………ぐふふ」
急に女子生徒が俯いて、不気味に笑った。
何かに取り憑かれてたのか?俺は女子生徒から下がろうとした。しかし、女子生徒は俺の肩をがっちり握ってくる。
めちゃくちゃ非力な俺では、女子生徒の手を振り落とせない。
「な、何すんだよ」
「――――きみ……」
「あ?」
女子生徒は顔を上げた。
あまりにも満面の笑みだったものだから、俺は思わず脱力した。
「幽霊、見えるよね?」
「………………な、何のことだよ」
「だから、幽霊見えるよね?そう言うわけだから、一回幽霊部入るのがいいのだわ。うん。それがいいのだわ。いいよね?」
女子生徒は目を血走らせて、俺の手を握った。
俺は振り解こうと、ぶんぶん手を振り回した。俺の腕力では取れそうに無い。
「そう言うわけって、何だよ!俺は部活に入るつもりないから!」
「二年にもなって、部活入ってないのはヤバいよね?」
「ヤバくないから。そう言う人もいるだろ!」
確かに、と頷いた女子生徒。俺は分かってくれたと思い、安堵した。
女子生徒は、名札を見せながら、言った。
「私は有栖川翠露!どうか、お願いします。あと一人部員が必要なんです!幽霊部を作るには!」
「そりゃ、幽霊部なんて部活、それこそ幽霊部員しか入らなそうだよな」
「あ、きみ上手いこと言ったって思ったよね!そうでしょ!」
「思ってねぇよ!俺、次音楽だし時間ないから!」
俺は何とか女子生徒の手を振り解き、筆箱を取ることができた。
よし、これで間に合う。そう思った途端、チャイムの音が学校中に響いた。
隣のクラスで、みんなが席を立つ音が聞こえた。
やべー……。俺は冷や汗が出るのを感じた。
あの変なのに絡まれたせいで、無遅刻無欠席だった俺の記録が途絶えてしまった。
「空井さん!遅いですよ、何してたんですか!」
「すみません、筆箱を忘れてしまって」
俺が自分の席につくと、隣の雫に意外そうな目を向けられた。
「雪が遅刻なんて、珍しいね。あ、明日の放課後、スイーツでも食べに行こうよー」
「遅刻は……俺のせいじゃないから。スイーツは、賛成!最近美味しそうなところ見つけたんだよねー」
俺は盛り上がりかけて、すんと元に戻った。
遅刻の後に、授業中の雑談はヤバい。雫は不思議そうに、俺を眺めた。
次の日。俺はこれ以上ないくらい、周りを気にしながら教室まで来た。
昨日に出会ったあいつ、かなりしつこかったし、もしかしたら教室まで来ているかもしれないと思ったからである。
俺はとある事情で、部活が嫌いだ。それはもう、部活の雰囲気を感じるだけで吐きそうになるくらい、嫌いである。
だから、何としてでもアイツは避けたい。
「このクラスの人ー。この名前の人、知ってるよねー?」
「……げっ」
教室に入りかけた途端、黒板にでかでかと書かれた文字を見て、俺はすぐに教室から逃げ出した。
空井雪。俺の名前が書いてあったのだ。
しかも、叫んでいた人の声に聞き覚えがある。昨日の幽霊部のヤバい人だ。間違いない。
「黒髪ロングでー、めっちゃくちゃ美少女でー、ロングスカートでー、何故か一人称が俺の人なんだけどー」
後ろから薄っすらと、叫んでいるワードが聞こえてくる。やべー、美少女以外の俺の特徴をがっつり掴まれてる。クラスの奴ら、俺のこと言うなよ……と思うが、言われることは間違いない。
「ギリギリまで、図書室にいるか……」
本は眠くなるので全く好きではないが、俺は図書室に隠れることにした。朝のホームルームになったら、流石のあのヤバい人も居なくなるだろう。
クッソつまらない本を読んで、何行か読み終わった時、俺はようやく我に帰った。
「なんで俺が苦労してるんだ……?」
そしてその日の放課後、俺は雫とスイーツを食べるために、集合場所の駅前に向かった。
今回は、いちごパフェのお店に行く予定だ。俺は買ったばかりのワンピースを着て、スマホをいじりながら、壁の端の方に立った。
「うっわ、相変わらずここら辺幽霊多いな」
思わず声が漏れる。ここら辺は、この前見たような、逆立ちでバレエをするような幽霊はいないが、割と善良そうな幽霊たちが、彷徨っていた。
目があったら、話しかけてきそうだし……てかここら辺で話しかけられたことがあるから、俺はスマホを全力で見ていた。
そのせいで、雫が近くに来ても、気づけなかった。
「ごめん、雪。待ったー?」
「ううん、待ってないよ。それよりも早く、パフェ食べよう!パフェ!」
「雪は本当に甘いものが好きだよねー。女子力高いよー」
「えー、それだったら雫も高いじゃん」
俺が反論すると、雫はそう言うことじゃない、と首を横に振った。
「雪は男じゃん。それなのに甘いもの好きだし、女の子より可愛いし、女子力高いよねってこと!」
「別に俺は男だとも女だとも思ってないからな。俺は空井雪。それだけだから」
そう。俺、空井雪は男である。
とは言っても髪は腰まであるし、ワンピースを着ている。学校の制服も、スカートだし、セーラー服だ。
そうは言っても、恋愛対象が男かって言えばそうじゃないし、女も好きにならない。
まぁ、一言で表せば、無性愛者ってやつ。
中身は男寄りだとは思うし、自分でも男だとは思うが、ただ自分が一番輝ける姿を追い求めたら、こうなった。
「ま、雪はそうだよねー。私、雪のそういうとこが好きだわ」
「分かってるな。俺は男女共に仲良くできる、完璧な生物だし」
俺の友達は、男女問わずって感じで、基本女子からも男子と思われないし、男子からは女子とは思われない。
つまり、最高に人生を得しているのである。
時々同情……?してくる人はいる。
「恋愛の幸せを知れないなんて、可哀想」
とか。マジでそれはやめてほしいパターンだ。俺は不幸だとは思ってないし。
そんなことより……早くパフェ食べたい。そう思っていたら、雫がじとりとした目で見てきた。
「今、パフェ食べたいって思ってるでしょ」
「…………まぁ、そうだけど」
俺は素直に頷いた。
結構並ぶらしいし、雑談なんてその時にたくさんできるだろう。そう思った俺たちは、早速パフェの店に向かった。
「うわ、結構並んでるな」
「ねー、雪、どうしよー。時間かかりそうだよー。」
パフェなんて、いかにも回転が悪そうだ。長期戦を考えなければならない。
だが、パフェのためである。仕方ない、仕方ない。
「――――雪、と今言いました?」
「………………あ」
前に並んでいた女の子が、ぎぎぎぎと音が鳴りそうな動作で聞いてきた。
その女の子の顔を見て、俺は青ざめた。
昨日の部活勧誘のヤバい女だ。間違いない。
「いや、雪って誰ですか?何のことですか」
「あー!今日教室まで来てくれた子だよね!こんなとこで会うなんて、びっくり!」
俺が誤魔化そうとしたら、雫が同じタイミングで言った。
少女の目が爛々と輝いている。雫、何してくれんだよ……。俺は雫に非難の目を向けた。
「やっぱり!そらいゆきちゃんだよね!」
「うついせつ、な。こんなところで勧誘はすんなよ」
「勧誘って、何のこと?」
雫が尋ねると、意外にも少女は迷いなく答える。
「私、幽霊部を作りたいんだけど、そのためにあと一人部員が必要でね、だから、雪ちゃんを勧誘してるってわけだわ」
「あー、確かに雪は部活入ってないもんねー。雪も頑固にならずに入ってみたら?」
「なんで俺が部活に入らないといけないんだよ……」
俺が不貞腐れた顔をしたら、雫がはいはいと言いながら頭を撫でてきた。俺は雫を睨みつけた。
「頭撫でんなよ……」
「えー。だって丁度いいところに頭があるんだもん」
俺の身長は百五十七センチで止まってる。それに対して、雫は百六十六センチ。俺、男のはずなんだけど、何で女子に負けてるんだ……くそ。
「雪ちゃん!お願いです、幽霊部員でもいいので!……いやちょっとはきて欲しいけど!できればたくさんきて欲しいけど!」
「え?マジ?幽霊部員でもいいの?」
それならアリかも知れない。実質部活入ってないし。それなのに成績表に部活が載るのはありがたい。
俺はこくりと頷いた。
「それならいいよ。入る。」
「う……分かった。明日入部届を出して欲しいのだわ」
俺はちょっと少女――確か翠露?が不満そうにしてるのを無視して、分かった、と了承しておいた。
そんなことをしていたら、もう次で店内に入れるくらいにはなっていた。カフェの洒落たドアから、店員が出てきて、聞いた。
「お客様、何名様でしょうか」
「三名です!!」
翠露は大きな声で言った。俺は驚いて翠露を見た。
「お前、友達連れてきたのか?てか、友達いるのか?」
「失礼ね。何言ってるの?きみたちのことだわ。同じ部活なんだし、一緒に食べるが吉なのだわ」
言っている意味がわからない。俺が脳内にクエスチョンマークを浮かべていたら、雫がさんせー、と翠露に返した。
俺が流れに追いつけずに首を傾げたまま、二人に引っ張られて、いつの間にか席に三人で座っていた。
「えーっと、まず自己紹介!私、浅桜雫!二年三組!部活は弓道部だよー!よろしくねー!」
「よろしくだわ。私は有栖川翠露。二年五組、幽霊部予定なのだわ。」
俺が早すぎる展開についていけず、ぽかんとしていたら、雫に雪も自己紹介して!と怒られた。
「あ?俺も?空井雪。二年。以上」
俺は運ばれてきたパフェを食べながら、言った。いちごパフェの甘さに思わず頬を押さえてしまう。お、おいしすぎる。俺は自分の口元が緩むのを感じた。
「雪ちゃんって、美少女なのに口が悪いのだわ。」
「別に悪くないだろ」
まず、俺男だし。まぁ面白そうだから内緒にしておくけど。
それに、俺は幽霊部員になる予定だし、コイツと話すことは二度とないだろう。
――――その時は、そう思っていたのである。
雪の性格上、恋愛要素は基本的にないです!