博乱の八咫烏②
「へ? いや……だからお店はまだであって、それに恨みって……」
「ここは殺し以外何でもやる仕事人が集まるお店と聞いております! ですから……お願いです! どうか私の恨みを晴らしてください!」
そう涙ながらに言うと、町民の女性は再び地面に頭を擦りつけた。
喜多も想定外すぎる来客に驚いている。とてもではないが、装束を作る練習をする空気ではない。
「ふぅ……、やれやれ……どこからその情報が漏れたのかしら。今日は忙しいってのに……」
「いや……姫様が『裏で殺し以外は何でもする便利屋がある』って噂を流してこいって言ったんじゃないスか」
そうだった。私がずんにそう宣伝するよう指示を出したんだった。
自分で噂を流すよう指示したとなれば恰好つかないため、私はずんのツッコミに沈黙を貫く。
「姫様、便利屋って何ですか⁉ 喜多は聞いていないのですが!」
喜多が小声で私に問う。まぁ当然の反応だろう。
実は、仕立て屋を開業する上でひとつ問題が発生してしまったのだ。それが税金である。
姫である私から金をむしり取るつもりか。
と、政宗に文句を言ったが、町に店を構えるのならその限りではない、と突っぱねられてしまった。
町で何かをする限り町民と同じ。それは初めからお前が望んだ事だろう。と。
確かに民から集めた税金を自分の趣味に使いたくないが、自分の個人的な資産には税金を掛かりたくないは虫の良い話。
姫特権でなんとかそこは誤魔化せないかと思ったのだが、結局渋々了承する形となってしまった。
そのため、今は金が急遽必要なのだ。しかも、次の納税日まで後五日ときている。
「……まぁ話だけは聞こうじゃない。そこだとお客の迷惑になるし、上がってちょうだい」
まだ客なんて来ないけどね。
あくまでも表向きは嫌々ながら、裏では初仕事にテンションが上がりながら、私は涙を流す女性の話を聞くのだった。
――――――――――
「……というわけなんです。私達はこれからどうしたらいいか……」
「なるほどねー。要は金貸しから金を借りたは良いものの、最初に取り決めた利息をあっちが一方的に破ったってわけだ」
この手の話はよくあるのだが、人間とはいつの時代も大して変わらないなぁ、と考えるだけでため息が出る。
この時代は法整備がほとんどなっていないため、ある意味やりたい放題である。
どうやら今は、借りた金の数十倍に借金が膨れ上がっているようだ。法外にもほどがある。
まぁ……それもこれも領主である伊達家が見張っていないからこうなったわけで……。そう考えると他人事には思えなくなってくる。
話を最初に戻して整理しよう。
このお客さんの名前はお松。家族構成は旦那と、十五歳の娘と八歳の男の子がいる。
つい最近、娘が嫁に行ったのだが、その時に着せる晴れ着の購入で金貸しからお金を借りたようだ。
ただ、この金貸しは旦那の知り合いだったらしく、当時の利子は期限内に返せばほとんど無いような良心的な設定だった。
だが、金貸しはこの夫婦に金を貸してから態度を急に変え、利子を法外に上げてしまったのだ。
当然、この夫婦は文句を言った。しかし、金貸しは用心棒を雇っており、ソイツ等のせいで旦那は返り討ちにあってしまったようだ。
「旦那は顔も腫れ、足の骨も折れて仕事が出来ません……。それに……うう……」
酷い話だ。追い返すだけならまだしも、何も悪くない旦那を半殺しにしたのだ。
義のカケラも無い、典型的なクソ野郎。私の一番嫌いなタイプである。
「お……お金が用意出来ないなら……、む……娘を……娘まで……、ああぁぁ……」
さらに、これはもっと酷い話だった。
金貸しは借金の担保として、嫁に入ったばかりの娘を強引に奪い取ってしまったのだ。今はどうやら金貸しの屋敷にいるらしい。
本当なら今すぐ助けてあげたいが……。
ここまでの話を聞く限り、ふたつ引っかかる部分がある。動く、動かないを決めるはそれからだ。
「大体の話は分かった。だけど、いくつか質問して良いかしら?」
「はい、どうぞ……」
「ひとつめ。ここへ来る前に、当然だろうけど城の役人に相談はしたんでしょ? 何で動いてもらえなかったの?」
「それなんですが……、私が門兵の方々に話をしても全く聞き入れてもらえないのです。何度も何度もお願いをしに行っているのですが、その都度特定の門兵が間に入り、話を中断され追い返されてしまうのです」
あらら。こりゃその金貸しに先手を取られているな。
多分、その門兵達は金貸しから賄賂を受け取っている。お松が来たら追い返すように指示されているのだろう。後で政宗に報告して調べさせるか……。
「分かった、じゃあふたつめ。その金貸しから金を借りた時、流石に借用書ぐらい書いたんでしょ。それさえ見せれば門兵だって……」
「そ……それが……。これなんですが……」
お松は一枚の紙を私に差し出した。
どうやらこれが金貸しとの間に交わされた借用書らしい。
「ゲ……」
絶句……するしかない。
そこに書かれていた内容は至ってシンプル。
だが、シンプルが故に絶句せざるえないのだ。
『貸した金の利子は基本三割増し。ただし、相場によっては随時主が変更を行えるものとする』と書かれていた。
いつでも利子の幅を変更出来るとか悪魔の所業かよ。こんなんやりたい放題ではないか。
「何でこんな明らかに罠っぽい借用書と契約しちゃうかなぁ……」
「実はその金貸し……名を銭虎と申すのですが、旦那とは長い付き合いなのです。私も何度か良くしてもらって……。それでお金に困っているなら貸すよって。利子も返してくれればほとんど無くていいって……。借用書は形式上書かないといけないからって……。私達も銭虎の事は信用していましたのでついつい……」
なるほど。適当に良い顔だけして、付け入る隙さえあれば容赦なく食い荒らす。いつの時代になっても悪党のやり方は変わらないようだ、正直反吐が出る。
だが、裏を返せば、コイツ等さえ討伐出来ればお金もなんとかなりそうだし、店の宣伝にもなる。それに町の治安も良くなるし、まさに一石三鳥だ。
言葉が悪いようだけど、お金がどうしても入用な私にとっては棚から牡丹餅案件のようだ。
「オーケー、こんな悪い奴等は野放しに出来ないわね」
「――っ⁉ では、引き受けていただけますか⁉」
「依頼人の仕事は殺し以外何でもやりますがウチのモットーだからね。でも、やるかやらないかは条件次第」
「じょ、条件とは……?」
「お松さん、アンタいくら払えんの?」




