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吾輩は猫である③

「な……何故吾輩が隠れている事がバレたのじゃ」

「あれで隠れているつもりだったのですかな? お嬢さんの可愛い耳はここにいるぞと言わんばかりにしっかりとはみ出ておりましたぞ」


「ニャニャー⁉」


 隠れていたのは猫御前だった。

 彼女の特徴的な二本の突出した猫耳風の盛髪は可愛さを表現するにうってつけだが、それ以外の事にはマイナスにしか働かない。あれが本当の耳だったら使い道もあるのだろうが。


 とはいえ、彼女は何をしにここへ来たのだろう。お参りするにしてもこんな時期に?

 私は自分のヘアースタイルを悔いている青髪の女の子……猫御前に聞く事とした。


「アンタ……こんな所で何やってんの?」

「そ、それは……、散歩……そう散歩じゃ! 散歩でたまたま通りかかっただけじゃ、ニャハハハ!」


「散歩って距離じゃねーぞ……」


 歩いて一時間、二時間とかそういうレベルではない。猫御前が馬に乗れるなら話は分かるが、多分彼女は乗れないだろう。

 だとすると、彼女は私に用があったのだろうか。


「まぁ散歩って事にしといてやるよ。それで……私に何か用? 私今日フリーな日だから呼び出される事もないと思うんだけど」

「違う違う、勘違いするでない。吾輩は愛姫様が普段何をしているのか気になって、出先をコッソリつけて来たとかでは……」


「……気になっちゃったんだ」

「き、気になってなんかないわ!」


 どっちだよ……。

 さっき気になってついて来たって言ったじゃん。素直じゃないなぁ。


「ンン、まぁそんな事はどうでも良い。ところで其方はこんな所で何をしておったのじゃ? 並々ならぬ覇気のようなものを感じたが……」


 別に内緒にする事でもないため、私は猫御前に何をしていたのかを説明する。


「……特訓?」

「そうよ。ちょっと分からない事があってねー。和尚に見ててもらったってわけ」


「何の特訓をしておったのじゃ? 花嫁修業なら城の中でやればよかろうに」

「そんなもん今やってもおせーだろ」


「……ああ、ニャルほど。わざわざ寺に参るぐらいじゃ、其方奥方としての気品ある姿勢が出来ないのであろう。――フン、見よ! 吾輩のこの真っすぐな背骨を! 一寸たりとも曲がっていない綺麗な姿勢であろう!」

「座禅を何だと思ってんだ」


 猫御前はたわわに実った胸を持ち上げるように、バシッと姿勢を正した。

 特別ドヤれる事ではないと分かっているのだが、妙に強調されたメロンがムカつく。喜多やずんとは違う、更にその上をいく巨乳である。


「っち、ちっこいくせに胸だけは大将級ね。栄養の送り方間違ってんじゃねーの?」

「ん、何か申したか?」


「何も言ってねーよ。ハイハイ、自慢の胸はもう分かったから戻していいよ。それに私がここにいるのは花嫁修業じゃないしね」

「そうなのか。なら最初からそう申せ」


 猫御前は少し不機嫌になりながらもビシッと決めた姿勢を緩めた。

 そして、改めて私に何をしていたのか問う。


「……はぁ? 戦闘訓練?」


 あまりにも的外れな回答に生返事気味となる猫御前。


「そんな事をして何になるのじゃ? 戦に行くわけでもあるまいに……」

「行くのよ、戦に」


「行くって誰が?」

「私が」


「愛姫様が?」

「そう」


 はぁー⁉ と猫御前は驚きの声を上げる。


「何で愛姫様が戦に行く必要があるのじゃ⁉」

「何でって言われてもなぁ……。一度は天下を取りたい、男ならそれぐらいの夢がなくちゃねー」


「其方は男だったのか?」


 私の珍回答に、猫御前はしっかりツッコんでくれた。


「でも、やっぱ戦国時代の漢って強いわ! 前の時代じゃ私に勝てる奴なんていなかったけど、こっちじゃ何回も死にそうになったしね」

「馬鹿馬鹿馬鹿! 何言ってるんじゃ! 女である愛姫様が漢に敵うわけないじゃろ!」


「ああ? 聞き捨てならねーな。誰が誰に敵わないって?」

「じゃから其方が漢になんて敵――ひぃ⁉」


 猫御前の髪が風にあおられ左へ流れる。

 勿論、彼女が悲鳴を上げたのは風が吹いたからではなく、私の右脚が彼女の左耳に当たるギリギリの所で止まったからだ。


 ここまでやるのは身内に対してどうかと思うが、口で言うより体感してもらった方が早いだろう。


「エ……ガ……、こ……怖い……」

「これでも私が敵わないって?」


 ブンブンと首を横に振り、今までの発言を取り消す仕草をする猫御前。

 とはいえ、やりすぎてしまったようだ。


 猫御前は咄嗟の事で腰が抜けてしまい、その場に崩れてしまう。足も震えており、立ち上がろうにも言うことを聞かない感じだ。

 こんな所に女の子を座らせてもしょうがないため、私は猫御前を担ぎ、寺の軒下に彼女を移動させる。


「はぁ……驚いた。噂程度にしか聞いておらんかったが、本当に愛姫様は戦えるのじゃな」

「当たり前でしょ。それにしてもちょっとやり過ぎたわ、謝っとく」


「い、いや吾輩が其方に失礼な事を言ったからじゃ。ちょっと驚いてしまってぞ、ハハハ」


 ちょっと? 嘘つけ、腰を抜かしていたくせに。

 そんな事を思っていると、寺の中から和尚がお茶を持って来た。


「すみませんな、猫御前様。あいにく今茶菓子は切らしておりまして……茶だけでご勘弁を」

「あら? 和尚はコイツの事知ってたんだ」


「ええ、勿論。政宗様が大層気に入っている方とか」

「は?」


「あっ……」


 ほほう。この子がお気に入りなんだ、あの漢。

 確かに小さくて、男ウケが良さそうな感じではある。しかも巨乳だし、こんなんでニャンニャンされたら男はたまらんだろうな。詳しくは帰ってから聞く事にしよう。


「そう目くじら立てるでない。愛姫様は正妻、吾輩は(めかけ)。既に格付けは出来ておろうが――熱っ!」


 正論をぶつけたのにも関わらず、飲んだお茶が熱すぎて締まらない。

 猫だけに猫舌ってか。それでも猫御前は入れたての熱いお茶をフーフー冷ましながら、落ち着かせるようにチビチビと喉に通す。


「容姿は抜群、戦える力もあり、極めつけは名門伊達家の正妻ときた。これ以上は強欲じゃと思わんか?」


 掌の中でお茶をクルクルと回しながら猫御前は横目で私に問う。

 彼女にとって愛姫とは恵まれた存在なのだ。


 それゆえ自分のステータス、側妻ならではの寵愛を奪われる事が嫌なのだろう。

 私は彼女の言葉からそう感じ取ってしまった。


 やめてください。邪魔しないでください。奪わないでください。

 正妻と側妻の立場がどれ程かけ離れているかなんて、正直なんとなくでしか私には分からない。過去そんな世界で私は生きて来なかったし、そんな事考えもしなかった。


 これは彼女にとってとても重要な事であり、側妻として伊達家に嫁いだ責任もあるのだろう。

 しかし、それ以前に彼女はひとりの女なのだ。周りからしたら伊達家との絆を深めるために使われた道具のような女に見えるかもしれないが、彼女は地球上にたったひとりしかいない猫御前と名付けられた女なのだ。


「な、何を笑っておる⁉」

「いやいや、アンタ中々骨があるなぁって。並の女なら牙も見せないよ」


「骨? 骨なら誰でも生まれながら持っておろう」

「そっちの骨じゃねーよ」


 猫御前の純粋な返しにツッコまずにはいられない。


「私には遠慮しなくていい。そう言ってんの」

「……遠慮?」


「そう、遠慮。正妻とか側妻とかそんな立場どうでもいいからさ、言いたい事はハッキリ言いなって」

「ニャ⁉ 吾輩は別に遠慮なんぞ――」


「してるじゃない。少なくともアンタは私に対して一歩退いてる。アンタは立ち位置ってもんを大事にしてるんだろうけど、実際はかなり我慢してる。本当はそんなの我慢出来るタイプじゃないのにね」

「グヌヌ……」


 私の思うに、猫御前とはプライドが高く、もっとガツガツと己を主張する女のように思える。

 好きなものは好きと言い、嫌いなものは嫌いとハッキリ言う女。そこだけは私と似たような女だ。


 ただ唯一違うとするならば、彼女は自分の本性を隠すことが出来る。

 猫をかぶれる。周りのためなら躊躇なく真の自分を隠し通す。本当に猫のような女なのだ。


「……よいのか、吾輩は側妻ぞ? 其方とはそもそもの格が違うのじゃぞ?」

「だから、さっきから良いって言ってんじゃん。気にすんなよ」


「周りからの目もあるぞ。吾輩は兎も角、愛姫様がそれを許したと知れば皆も見る目を変えるかもぞ」

「上等上等。それで私の気に障るなら容赦なくぶっ飛ばしてやる」


「フフ……、怖い女じゃのう」


 お茶を置き、中庭に向かってピョンと跳ねる猫御前。

 振り向くと彼女の顔はしたりと不気味な笑顔をしていた。計画通り、そんな顔だった。

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