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吾輩は猫である②

「あ、アンタは……」

「ニャハ、さっきぶりじゃな愛姫様。とはいえ、政宗様の正妻である貴女があまりうるさいと家臣達に示しがつかんぞ?」


「……誰だっけ?」


 見た目子供の女の子が後ろへズッコケそうになったが、ふたりの侍女が素早く支える。


「わ、吾輩をもう忘れたのか⁉」

「忘れたも何も……、どこかで会ったっけ?」


「さっき会ったわ! 政宗様の家督相続の義を行った屋敷の中で真っ先に会ったわ! なんなら愛姫様のふたつ隣に座っていたわ!」


 ああ、いたなそういえば。

 確かあまりにもちっこい子供がいるなぁって思って頭を撫でたんだっけ。だけど、急に不機嫌になってシャーシャー猫のように怒っていたような……。


「ごめんごめん、確かに会ってたわね」

「やっと思い出したか……」


「でも、ここは子供がいて良い所じゃないよ。後で遊んであげるから今はさっさと家に帰んな」

「コイツ全然憶えてないニャー!」


 再びシャーシャーと興奮しだす子供に後ろの侍女達がどうどうと宥める。

 でも、何でこんな子供に侍女がいるのだろう。


「えーい、確かそこにいるのは侍女頭の喜多であったな! 貴様がしっかり猫の事を教えていればこんな事にはなってないのじゃ!」

「も、申し訳御座いませんでした、猫御前(ねこごぜん)様。姫様には一応一言言ってはいたのですが……」


「一言じゃ足らん! 二言も三言も言っとけバカチンが!」


 猫御前、じゃあこの子が……。


「仕方ないからもう一度自己紹介してやる。吾輩の名は猫御前。飯坂(いいざか)城主・飯坂宗康(むねやす)の二女として生まれ、今では新たな伊達家当主・伊達政宗様の側妻(そばめ)として迎えられた選ばれた女なのじゃ。じゃから愛姫様よりちょっとだけ位は低いが――」


 側妻……。確かにそんな事も言っていたっけか。

 だけど、私に何の相談もなく決めるなんて納得いかないんだけど。


「……ねぇ喜多さん、私何も聞いてないんだけど。これって実質浮気?」

「浮気……ですか? うーん、まぁ本来なら姫様に一言通すがスジというものでしょうが、何せ事が決まる前まで私達は九州にいましたからねぇ。相談する時間がなかったのかも」


「いやいや、それでも文の一通はよこすべきでしょ。なんか納得いかねぇよなぁ」


 すると私と喜多の会話を遮るように、ちっこい猫御前が割り込む。


「だから、だから、だから! 吾輩の話を聞けー!」


 いや、聞いてはいたよ。聞いてはいた。

 だから、その側妻どうこうの話を喜多としていたのだ。無視していたわけではない。


「でもさ、選ばれた女だって言ってもアンタも所詮は政略結婚で政宗に嫁いだわけでしょ。そんなんでドヤられてもねぇ……」

「何を言っておる、吾輩の飯坂家は初代伊達家当主・伊達朝宗(ともむね)公……の四男である為家(ためいえ)公を祖とする立派な庶流(しょりゅう)の家系なのじゃぞ。そこらの国衆と一緒にしてもらっては困るわ」


「まぁつまりは分家でしょ? それを言ったら私の田村家は武神と呼ばれた|坂上田村麻呂《さかのうえ の たむらまろ》って奴がご先祖様にいるんだけど」

「ニャニャ⁉ 坂上田村麻呂公を奴呼ばわりとはなんて失礼な女じゃ! 祟られても知らんぞ!」


「祟り⁉ それって幽霊ってこと⁉ それはちょっと……」


 ヤンキーとかヤクザとか実体があるならいいけど、幽霊みたいな実体がないのはヤダなぁ……。

 祟られるのはイヤだから、次からはしっかり様を付けよう。さっきのはノーカンでお願いします。


「もうよろしいでしょうか?」


 私と猫御前の間に彼女の侍女が割って入る。


(いの)……」

「猫御前様はこれからやらないといけない事が多く御座います。愛姫様もあまり暇ではないのでは?」


 猪と呼ばれた侍女は無表情で、且つ手短に話を強制的に終わらせた。

 私の侍女である喜多とは違った冷たい瞳を持った女。こういう何を考えているか分からない奴は正直苦手である。


 だが、そっちから絡んで来たとはいえ、正直助かった。

 彼女の言う通り、私もこれから虎哉(こさい)宗乙(そういつ)和尚に修行を見て貰う約束をしているからだ。


「そうね、私も忙しいっちゃ忙しいかな」

「左様で御座いましたか。此度は呼び止めてしまい大変申し訳御座いませんでした。またお互いお時間のある時に猫御前様の話し相手になってもらえればと」


「……まぁいつでも来なさいな。暇だったら相手したげる」

「はい。ではこれにて」


 一礼をすると、猪は猫御前を連れ去って行った。

 感情の起伏が激しい猫御前と、いつも冷静を保っていそうな侍女の猪。

 

 最初は側妻って事でなんとも複雑だったが、もう考えても仕方がない事だ。そもそもは全部アイツ(政宗)が悪い。

 このストレスは修行で発散する事としよう。


 ――――――――――


「ハァァァ…………」


 場所は変わり、米沢城から北へ数里離れた場所にある資福寺。政宗の学問の師である虎哉宗乙が住職を務める寺がここにある。

 そんなありがたい所で何をしているかと言うと、一言で言ってしまえば修行である。米沢城では何かと監視の目が厳しいため、寺に来る子供達へ勉強を教える事を条件に、寺の隣にある広い庭を借りているのだ。


 学問に詳しい和尚から武術を学ぶ。いや、そういうわけではない。

 私が和尚にお願いしたのは庭を貸してもらう事ともうひとつ、友人から貰った秘技の解読をお願いしたのだ。


「おお、その調子ですぞ! 姫様の脚に蒼い閃光が走っているのが確かに見えまする!」

「和尚、少し黙って……」


 私も感じる。脚に集まるビリビリとした無数の何か。

 くすぐったいような、痛痒いような。ちっこい歯の生えたドクターフィッシュが脚を突いているような感覚だ。


 ここまでは数ヶ月前から出来るようにはなった。後は、この状態で動けるのかどうかなのだが。

 私は今の状態を極力維持したまま右脚を上げ、そのまま地面に降ろす。


「素晴らしい、今日は消えず脚に残っておる! 間違いなく成功じゃ!」

「フゥー…………」


 和尚からのお褒めの言葉に安堵し、私は集中力を切った。

 すると、脚に纏わり付いていた蒼い雷のような光は何処かに飛び散ってしまう。


「ほれ、少し休憩なされ」


 和尚から渡されたのは入れたての熱いお茶。

 本当なら冷たい水やスポーツドリンクが欲しくなるが、私はこれでいい。和尚の淹れてくれるお茶は何故か格別に美味いのだ。


「やっぱ和尚に頼んで良かったわ。私じゃその巻物に書いてある事ほとんど理解出来なかった」

「ま、まぁ随分とざっくりとした内容ですからなぁ。儂も姫様ぐらいの歳の頃じゃ全く理解出来んかったでしょう」


 宗乙和尚の手に持っているのは、私の友人である立花誾千代から貰った秘技の書かれている秘伝書だ。中身は誾千代が書いたお手製の秘伝書なのだが、いかんせん彼女の性格故ほとんどの部分がザックリと説明されており、秘伝書と呼ぶには読み手を選ぶ内容だったのだ。


「特にここのサッと構えて、ザッと弾くように切る。何とも独特な表現ですな……」

「そこを今回の技のキモだっていうのに……。理解出来るのは和尚ぐらいよ」


「ガハハハ! 姫様ここは寺故、褒めても何も出せませんぞ」


 秘伝の内容とは、誾千代の使っていた雷神剣の事が書かれていた。

 だが、あいにく私は刀を扱う事が出来ない。小太刀なら使えなくもないが、それで戦うは私の戦闘スタイルではない。


 なら、脚にそのエネルギーを貯めたらどうなるか。

 それが私と和尚のまとまった答えである。


「雷神剣ならぬ雷神蹴り? うーん……なんかシックリこないなぁ。和尚、何か良いネーミングある?」

「ねぇみんぐぅ……? フム、そうですな……。では、脚に雷神の力をを纏うという事で『纏雷(てんらい)の構え』というのはどうでしょうや?」


「纏雷の構え……。ちょっと古臭いのが気になるけど結構良い感じじゃない。和尚センスあるじゃん!」

「ガハハ、そう言ってくださると名付けたかいがありますな! そうじゃ、近頃お寺の床が古くなったのか歪みが酷くてのう。姫様から政宗様に一言口添えしてもらえたら助かるのじゃが……」


「……オーケー、わかったわ。修行を手伝ってもらったのもあるし、私から言っといてあげる」

「よろしくお願い致しますぞ」


 ちゃっかりしている和尚だ。しっかり報酬を受け取るのも忘れない。

 だが、それでこそビジネスマンだ。世の中ギブアンドテイク。そうやって人間関係は構築されるのだから。

 

 そんな和尚も気が付いていたのか、唸りながら寺の敷地内にある石柱へ目を向ける。

 頭隠して尻隠さず……とはよく言ったものだ。


 だが、今回のお客さんは逆。身体は隠れていても、肝心な頭が隠れていない。

 いや、正確には髪が正しいのだろうが、ここではあえて耳と表現しておこう。


 本人は隠れているつもりなのだろうが、残念ながらその特徴的なヘアースタイルは隠密には向いていないようだ。


「そこの石柱に隠れている御人、そろそろ顔を見せてはくれぬか?」


 警戒心のない優しい言葉なのにも関わらず、はみ出た耳の形をした髪がビクッと揺れる。

 流石に観念したのか、私達を隠れて監視していたお客が姿を見せた。

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