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第十七話 同盟①

「……貴女が愛姫殿?」


 無表情で問う彼女に、私は首を縦に振った。


「……なるほど。私は黒田文子(あやこ)、あっ名前は憶えてくれなくて結構ですよ。用事はすぐに終わりますので」


 この子が宗麟の所に羽柴の使者として来た黒田文子か。まさかこんな少女だったとは……。私と大して年齢は変わらないかもしれない。

 それにしても……聞いていた通り凄いクマだ。こういうメイクをしているんですって言われても分からないレベルで深く、色濃く残っている。


「話は諸々聞かせていただきました。九州同盟……、伊達輝宗殿は中々と思い切った事をやるのですね。私の調べではこんなに貪欲な将だと書かれてないはずなのですが……」


 スッと片手を後ろに回し、一冊の本のような物を取り出した。

 ペラペラとページを捲り、止まったところでウンウンと頷く仕草を取る。


「やっぱり書かれてない。後で追加したほうが良いですかね……」

「何ひとりでブツブツと……」


「あっすみません、ついついいつもの癖で。私としたことが面倒事を増やすところでした。嫌ですよね、面倒事」

「は、はぁ……」


 インテリ系文学少女かと思いきや、面倒事を嫌うマイペース女だった。どうも会話の主導権を掴みづらい。


「それで奥州の名門である伊達家のお姫様がわざわざ九州に来て何をしているかと思ったら……。随分と面倒な事をやっているではありませんか」

「……面倒?」


「そうではないですか? 同盟なら周りの国衆達と結ぶが定石。それなのにわざわざこんな所にまで来て、戦を起こして、今では落ち目の大友と同盟を結んで。これって面倒事って言いません?」

「私達が好きでやってる事であって、アンタがいちいち面倒に感じる事はないって。それこそ面倒でしょ」


「そうです、面倒です。だから燃える前にお掃除しておかないといけませんよね」


 淡々と文子はそう答えた。

 どうやら私達の目的は全て彼女に筒抜けらしい。私にとってこれこそ面倒な事だ。


 しかし、試す……とはいったい何の事なのだろう。

 義久は私に何を試したいのだろうか。


「九州からは手を引き、自国へ戻りなさい。そうすれば九州仕置も島津を叩くだけで済むのです」

「――なっ⁉」


 文子の九州仕置というワードに歳久が反応する。


「おい待てよ、俺達はまだ羽柴からの国分案を反故にするなんて言ってねーじゃん」

「はぁ? 何を今更。当家の停戦要望に応じず、大友領に侵攻を再開したのは島津でしょ。それ即ち秀吉様の命に逆らったと同じ事です」


「いやいや、大友が先に俺達の領土を奪ったじゃん。俺達はそれを返してもらうために――」

「秀吉様の停戦状には『現時点の領土を各々の領土と定め』と書かれていたはずです。大の大人が屁理屈言わないでくださいよ、情けないと思わないんですかねぇ」


 ああ言えばこう言う、今の状況はこの一言そのものだ。

 歳久がああ言えば、文子はこう言って返す。外から見たらただの痴話喧嘩だ。


 怒りを抑えながらも、歳久はかなり気を使っているようにも見える。過度な刺激を避け、なんとか島津側が有利になるよう話を持っていきたいのだろう。

 ただ、相手が戦国最強の軍師の娘ってだけで分が悪い。得意な口三味線もまるで聞いていないかのようにスラリと躱している。


「愛姫殿」


 一枚の紙を持った家久が私に話しかけた。


「愛姫殿はどうなさるのか。と、歳久兄様が……」

「……どうって?」


「流石に羽柴相手では分が悪いとおめおめ奥州に帰るのか。それとも己が欲のために大友と羽柴と組み、我々島津を倒すのか。と……」


 これが義久の言っていた試すの答えなのだろう。

 その中には島津の安泰はない。どちらの選択をしようと羽柴とは一戦交える覚悟が感じられる。これが戦闘民族、九州覇者である島津の覚悟。


「姫様、今ならまだ間に合いますぞ」

「爺……」


「ここまでよう頑張られた。じゃが、羽柴からの命を無視しては九州仕置の前に伊達家が狙われてしまう。そうなってしまっては若と姫様の野望は……」


 反対から喜多が袖を引っぱる。


「私も父上と同意見です。悔しいですが、九州は諦めましょう。今は若と同じく奥州を押さえる事に尽力し基盤を固めなくては」

「喜多さん……」


「結果はどうあれ、あの大友を味方にしたのです。これは姫様だから出来た事。胸を張って若様に報告しましょう」

「…………」


 確かに……当初の予定では後に始まる九州仕置へ対応するため両家とは内々に同盟を結び、羽柴軍による九州侵攻を防いでもらうのが目的だった。

 だが、今となっては事を大きくし過ぎてしまった。


 本来起きないはずだった第二次耳川合戦。助けを求められていた羽柴側にとって大友の日向侵攻は暴走行為にしか見えなかった。それが羽柴介入のキッカケを早めてしまったのだ。

 島津からしてみれば予想外だったとはいえ、今回の一連の行為は予め仕組まれていた事にか見えないのだろう。


 その答えがさっきの義久の問いだ。このまま奥州に帰るか、それとも大友と羽柴と組んで島津と戦うか。

 その中に私の望んでいたものは無い。はなっから信用されていないのはわかっていたが、選択肢にも入っていないとは舐められたもんだ。


 私はそんな中途半端な覚悟でここに来たんじゃない。

 歴史を塗り替えるために……伊達で天下を取るためにここへ来たのだ。


「ふたり共サンキューね。ここまで私の我儘に付き合ってもらって」

「姫様……」


「だけどもうちょっと……後少しだけ私の我儘に付き合って」


 覚悟は決まった。いや、元々この覚悟に変更の二文字などありえない。

 私は立ち上がると、意識をこちらに向けるためわざと床を脚で叩き付けた。


「私は愛姫。本来どういう感じにまとまる女なのかは知らないけど、今の私は一度決めたら突き進む強欲な女」


 そうだ。このまま帰ったらアイツに笑われてしまう。それだけは絶対に御免だ。


「揃いも揃って奥州に帰れだぁ? ざっけんじゃねぇ! 私のために戦ってくれた子分共を踏み台にしてまで背を向けるなんて、そんなカッコ悪い事出来るかよ!」

「……ならどうカッコつける気ですか? 近々攻め落とされる島津の盾にでもなりますか?」


「盾ぇ? そんな重たい物持ったことないし。私が持った事あるのは鉄パイプと金属バットまでだってーの!」

「な、何言ってるんですか貴女は……。貴女が何を持った事があるかなんて聞いてないです」


「ここまで言ってまーだわかんないの? 影の天才軍師様も案外頭が固いのね」

「…………」


 頭が固いと言われた事が嫌だったのか、文子は目を細め、ムスッとした表情を見せた。


「わかりませんね。面倒なので答えを教えていただけませんか、愛姫殿」

「しょうがないわね。こ・た・え・は……私は武器しか持ったことがない、よ」

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