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影の天才軍師④

 ……私?

 今回の戦を提案したのは私だし、どちらかといえば恨まれる立場なんだけど……。私……何かしたっけな?


「義久兄様は島津兵を誰も傷付けず逃がしてくれた事、そして歳久兄様にトドメを刺さなかった事を非常に感謝しておられます」

「そんな事でいちいち感謝すんなよ。島津兵は邪魔だったから出て行ってもらっただけだし、ソイツ(歳久)に関しては首取ったところで私は何も嬉しくないんだ。どっちかって言えば、恨まれる側なんだけど」


 私の発言が癇に障ったのか、歳久は舌打ちをし、その隣にいる義弘はそれを見て笑っている。


「アハハ、邪魔だった……ですか。邪険に言うわりには皆に握り飯を持たせたと聞いていますし、おかげで誰一人欠けることなく帰って来ました。そんな馬鹿げた話、私は生まれてこの方聞いた事がないですよ」


 そうだろうな。私もまさか敵に塩を送るとは思ってもみなかった。

 だけどあの時、ここにいる数百人の島津兵の中に戦がしたくて参加している奴がどれ位いるのかと考えたら、何だかやるせない気持ちになってしまったのだ。


 武具を没収された彼等では食い物欲しさに村を襲う事すら容易ではないだろう。

 それだったら初めから食い物を持たせておけばいいか。単純にそんな考えになってしまっただけだ。


 歳久を生かした事もそうだと思う。

 この時代を生きる人には分からないだろうけど、私の元いた時代では理由は兎も角殺人は罪となる。それが頭にまだ引っかかって、私自身首を刎ねるという行為を出来ないでいる。


 勿論、今まで私と戦った敵の兵士が全て生きているとは思わない。動けなくなったところを他の奴にトドメを刺されたり、女に負けたってだけで殺された奴もいたかもしれない。

 身勝手な考えだ、と言われても仕方がない。だってそれが私なのだから。


 それだから……そんな我儘な私はそのような事で感謝されるような人間ではないんだよ。


「でも、だからこそ……なのでしょう。此度の戦の首謀者は愛姫殿……貴女なのだ。とも書いてあります」

「…………」


「否定なさらないのですか?」

「しないよ。だって本当だもん。だから私達は九州に来たんだ」


 家久だけでなく、その場にいる島津の人間全員の顔つきが変わる。


「訳を聞かせてください。伊達は……、愛姫殿は何故九州に参られ大友の味方となったのか。援軍にしては不明な点が多すぎる」

「目的は単純、私達は九州と同盟を結ぶためにここへ来た。それだけよ!」


「……は?」


 九州全土というスケールの大きさに驚いたのか、それとも無謀と捉えたのかはわからないが、家久を中心に島津側の人間はキョトンとした表情をするのだった。

 当然っちゃ当然の反応だ。この同盟の核となっている部分は歴史を知っている私の特権、チートスキルみたいなものなのだから。


「またまたー御冗談を」

「あ? 冗談?」


「だってそうでしょ。奥州の伊達と我々九州とでは距離が遠すぎます。仮に同盟を結べたとしても幾度となく敵国を通過しなければならない。そんなことをしては目的地へ着く前に戦力をゴッソリ落としてしまいますぞ」

「だから結ぶ価値なんてないって……そういう事?」


「ええ、そうです。本来同盟とは隣国との憂いを解消し、兵力の増強や戦術の幅を増やすために用いられるもの。そのほとんどが望めない同盟に価値なんてありましょうか?」


 家久からしたら訳の分からない同盟に聞こえるのは間違いない。

 それを解消すため、私は一枚の起請文を家久の前に差し出した。


「こ、これは大友と同盟を結んだ起請文⁉ 宗麟殿、まことに⁉」

「まだ花押(かおう)を記してないため未完成じゃが、名も書いてあるで本物じゃ」


「そ……そんな」


 俺も見たぞ、と歳久が口を開く。


「歳久兄様まで……。それじゃあこれは今日我々をたぶらかすために作られた偽りの起請文ではないと……、ん?」


 家久は起請文を読み終えると、とある部分に違和感を感じたような反応を見せる。


「……伊達政宗殿と宗麟殿の連名の間に妙な空白がありますな。これは一体……」

「だ・か・ら私達は九州と同盟を結びに来たって言ってんじゃん! そこはわざわざ分かりやすいように空白にしてあるの」


「ま、まさかここには!」

「ニッヒッヒ、大当たりー。そこは島津家当主・島津義久の名前を入る空白。ささ、ちゃちゃっと名前を書いてちょうだい」


 これには義弘、歳久、家久の三人は驚きを隠せない。

 予想通りの反応をしてくれたが、残念ながら長男の義久だけは簾で隠れているため、どんな顔をしているのか分からなかった。


「オメー……やってくれるじゃんよ」


 何かを察し、私を睨みながらそう一言漏らす歳久。

 その隣では、義弘が腕を組みながら頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「何をやったんじゃ? おいにも分かりやすく教えてくれ」

「ああ⁉ おま……ここまでの流れでまだ分からないのかよ⁉」


「……分からん」

「かーホントに義弘兄の頭には脳みそ詰まってるのかよ。こんな事も分かんねーとか、マジのマジで脳筋だったじゃん……」


「……脳筋か。うむ、響きは悪くない。よし、次からは『鬼島津』ではなく『脳筋の義弘』で名を轟かせようぞ! ガハハ」


 絶対意味がわかってないな、この漢。

 歳久もいつもなら笑い飛ばしているのだろうが、今回だけは苦笑いだ。実の兄がここまで馬鹿だった事に対しての失望か、それともこのままだと島津の名が汚れるからか。どちらにせよ、早めに意味を教えておかないと面倒な事になりそうなのは間違いない。


「ンン、まぁそんな事はどうでもいいじゃん。伊達の姫様よ……、今回の戦といい、羽柴からの停戦要求と国分案といい、全て分かった上で動いてたのか?」

「んー大体はね。私も授業とゲームで培ったザックリとした知識だったから不安だったけど」


「あん? ……げーむ?」


 そう、ある程度はわかっていた。

 島津・有馬連合と龍造寺が争う沖田畷の戦いも。


 秀吉からの停戦要求と国分案がでる事も。

 勿論、このままだと九州が秀吉の手によって制圧されてしまう事も。


 そうなってしまってからではもう遅い。

 史実を知っている私だからこそ、ここだけは落とすわけにはいかないのだ。


「だから大友と手を組み、国分案を飲まず羽柴と戦え。そして、いつか来る日に伊達の味方となれ。……そう言いてえのか?」

「うん」


「勝手だよなぁ? 人ん地にずかずかと入って来て、荒らすだけ荒らして今度は味方になれだぁ? いくらなんでも都合が良すぎんだろ」


 歳久の挑発……いや、感情を顔に出して怒りを露にしている。本気で怒っているようだ。

 確かに島津側からしたらそう捉えても仕方がない。言い訳のしようがないわけで。困ったなぁ……。


 そんな私を察してか、誾千代が話に割って入った。


「それはアンタ達の話だろ。少なくともアタイ等は愛の働きには感謝してる。耳川の戦いで敗北してから大友は弱くなった。主要な家臣を失い、離反を止められず、領土や権威も沢山失った。見てみなよこの元当主を。家臣だけでなく髪の毛も失い、奥方様にもそっぽを向かれ、イエス・キリトとかいう上半身裸の変態をラーメンラーメンと日々拝むだけさ」

「誾千代、もう少しだけ儂を立ててくれ……。あと神の名に『ス』が抜けておるし、懺悔の言葉なのになんだか臭っておるわ……」


「だけど、愛が来て変わられた。アタイは全盛期の宗麟様を知らないけど、少なくとも今は神ではなく民のために動いているのはよく分かるよ。……髪は元に戻らなかったけど」

 

 宗麟の髪ひとつ生えていない頭部をスリスリと触りながら、誾千代は歳久に語る。

 しかし、そんな良い話も歳久からしたら他人事。表情を歪めるだけだった。

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