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影の天才軍師③

「……ん?」


 人が入っているのはわかった。しかし、一向に出てくる気配がない。

 家臣達も輿の(すだれ)を開けようともしない。兄弟も当然動かない。


 どうなっているんだ?


「ねぇ……全然姿を見せようとしないんだけど」

「ア、アハハ……。すみません、これが義久兄様なんですよ……」


「はぁ⁉」


 こんなの中に偽物が入っていても何とでも言えてしまうじゃないか。

 当然私以外の人間もそう思ったのか、ざわざわと騒ぎ出し始めた。


「く……、おちょくるのもいい加減に――」


 再び刀に手を付けた誾千代に、歳久は三味線の(ばち)を胸元から取り出し、その先を誾千代に向ける。


「テメー……、そいつを抜いたら後には戻れねーじゃんよ」

「ハッ、上等さ! 武器を持たないアンタ等に何が出来るって言うんだい!」


 誾千代と歳久の衝突で場の空気に緊張が走る。


「そもそもこの会談自体怪しかったんだ。アンタ等、隙を作って宗麟様を殺すつもりだったんだろうがそうはいかないよ! 利はこちらにあるんだ、潔く降参しな!」

「馬鹿かオメーは。俺達が何も準備しないで敵地に入るとでも思ってんのか?」


「何……?」


 歳久はニヤリと笑うと口を開けた。

 舌を丸めたその先にはキラリと何かが光る。……仕込み針だ。


 更にその横では義弘がすぐ動けるように既に中腰になっている。いくら誾千代の剣技があろうとタダでは済まないだろう。


「やめんか‼」


 いつ争いが起こってもおかしくない場に宗麟の一喝が飛ぶ。そこにいたのはいつもの聖書を片手にアーメンと呟いている頼りない信教師ではなく、大友家を陰で支えている豊後(ぶんご)守護代・大友宗麟だった。

 

「そ、宗麟様⁉」

「誾千代……刀を置けい」


「っちぇ」


 あの誾千代が何も言わず宗麟の言葉に従うとは……。それだけ今の宗麟にはそれだけの覇気があるという事だろう。


「すまんな、義久殿。誾千代は其方のような珍妙っぷりは初めて故、許してやってくれ」

「…………」


 簾の奥の影が上下に揺れる。首を縦に振り、頷いているようにも見えた。

 これが……あの島津の長・島津義久?


「ねぇ……、何で義久はそこから出て来ないの? 姿をさっさと見せなさいよ」

「テ、テメッ⁉ 義久兄に向かってなんて失礼な口の聞き方じゃん!」


「失礼なのはそっちでしょ! 大将のくせに今更コソコソと、それでも金玉付いてんのかコラァー!」

「ゲェー⁉ 伊達の姫とは思えん汚い言葉使いを……。テメーこそ本当に姫様なのかよ、それこそマジで信じられねーじゃん!」


 一向に出てくる気配の無い義久にイライラするが、それ以上にそれを庇う歳久にもイライラする。

 ここで戦を始めてやろうかと思ったのだが、私と歳久の間に義弘が入る。


「お前等やめんか。それに歳久、お前がちゃんと説明せんと娘達も分からんじゃろ!」

「あー説明してやるよ。オメーのせいだよ筋肉ダルマ! 義久兄がこうなったのはガキの頃にオメーがイジメるからこうなったんだろうが!」


「何ぃ⁉ おいは兄者を楽しませるつもりでやったんじゃ! お前こそ、兄者に向かってブンブン毒蛇を振り回しておったではないか! 今思えば、兄者が籠ってしまった原因はそれじゃろ!」


 今度は義弘と歳久で喧嘩が始まった。

 要するに、ガキの頃こいつらが義久をイジメてたせいでこんなになっちゃったと。


 つまりは対人恐怖症。ひきこもりだ。


「兄様達もやめましょう……。話が全然進まないです……」


 家久が兄弟の間に入り、静めた。こう見ると家久だけが一番まともだ。


「ワハハ! 相変わらずじゃのう、義久殿は!」

「アハハ……、宗麟殿にそう言っていただけるとこの場では助かります。では、早速本題に入りましょうか」


 場が一旦落ち着きを取り戻すと、ふたりでは進行がままならない理由から家久が話を切りだした。


「先に攻めた、攻められたの話は一旦置いておいて……本来敵同士である両家が戦場以外の場所で顔を合わせるなどご法度もいいところなのですが、どうもそうは言っていられない状況でして……」

「羽柴から求められた停戦の件じゃな?」


「いかにも。大友側にも同じ国分案が届いていると聞いております。届けに参ったのは黒田文子殿とか?」

「おお、よく知っておるの。目つきが悪い、いかにも黒田官兵衛の子らしい嫌な女じゃったわ」


 聞いた話から推測するに黒田文子とは……。

 黒髪ロングである。


 目に黒いクマがあるせいか目つきが悪い。

 面倒事を嫌う性格だが、読書は好き。

 

 こんなところだ。

 クラスにひとりはいそうなネクラ系女子。席はクラスの端っこで、休憩時間には友達と話す事無く読書を楽しんでいるタイプの子。


 そんなイメージが私の中の黒田文子である。

 それにしても歳は十五だっけ。どんな奴にしろちょっと会ってみたいかも。


「しかし、島津があの国分案を飲むとはな」

「ん? 宗麟殿は何か勘違いをしておられるようで。島津があのような国分案をさらさら飲むわけありません。現についさっきまで耳川で睨み合っていたのですから」


 確かにそうだ。島津があの国分案を了承しているのなら再度攻めて来ることはない。

 現に、私達は耳川まで押し返されてしまったのだから。


「では、何故じゃ?」


 宗麟が家久に問うと、義久の入っている輿の簾から一枚の紙がヒラヒラと姿を現した。

 家久はその紙を手に取ると、開き内容を確認する。


「なるほど……、その件に関しては義久兄様が説明してくれるようです」


 おっ、遂に輿から出てくるか。

 島津義久という漢がどんな顔なのか、どのような声なのか。正直、かなりワクワクしてきた。


 すると、輿のから姿を見せたのは……また一枚の紙でだった。先程同様に家久が受け取る。


「義久兄様はこう申しております。此度の撤退は――」

「って輿から出てこないんかーい!」


 大阪の芸人ばりについついツッコんでしまった。

 私同様、喜多や左月も似たようなリアクションをとる。思っている事は同じらしい。


「? 当然ですよ。義久兄様が喋ったら天と地がひっくり返りますから」

「えぇ……。ちなみに聞くけど、アンタ最後に義久の顔見たのいつよ?」


「最後と言われると全く憶えていませんねぇ。多分二十年以上見てないかと、アハハ!」

「わ、笑い事⁉」


 家久で二十年以上って事は、義弘と歳久は何年見てないのだろう。

 そもそもそんな長い期間姿を見てない君主に従っているほうが驚きだ。


「兄弟間の絆……とでも申しましょうか。姿は見せてくれぬとも我々兄弟にはわかるのですよ」


 根拠のない噓八百……ってわけではないのだろう。義弘や歳久も、その事に一切否定はしなかった。

 兄弟の絆……か。私にも昔兄がいたっけ。まぁ今はどうでもいい話か。

 

「続けますね。『此度の撤退は羽柴側の要件を飲んだ……のではなく、いち武人に敬意を表して一時的に退却したもの』と言っています」

「……いち武人?」


「愛姫殿……貴女ですよ」

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