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影の天才軍師②

 その後、月が流れた天正十二年(一五八四年) 四月下旬。

 一刻は撤退した島津だったが、九州から羽柴側の使者が消えるタイミングを狙い再び奪われた領地の奪還に動いた。


 最初に狙われたのは手薄になっていた高城だった。

 有田攻めの防衛に参加していた四男・島津家久が前線に参戦。士気の上がった島津軍を止めることが出来ず、高城はあっという間に奪い返されてしまった。


 高城が陥落した事で次に狙われるのは新納石城だと悟った宗麟は前線を耳川まで下げる事を決断。新納石城に火をかけ、松尾城に拠点を移す事を決定。

 そこから耳川を挟み両軍の睨み合いが続く中、遂に島津軍から動き出した。


「フムフム」

「牛幻、何て書いてあるの?」


 島津側から送られてきた書状に目を通しながら頷く牛幻。

 そろそろ攻めちゃうよって感じの事が書かれた挑戦状だろうか。


「それならそれで楽だったんですがね」

「耳川を先に渡った方が負けって言ってたもんね」


「ええ。いくら数で勝る島津といえど、ここ耳川を今度は自軍の血で染めたくはないでしょう。先鋒を勤めている島津家久、島津兄弟の中で一番の慎重派なだけあって中々思うように動きませんな」

「それで何て書いてあったの? この時代の文章読みにくいのよね……」


「簡潔に申しますと、停戦の要望です」

「……停戦?」


 想定外のワードだ。

 数だけ見れば圧倒的に有利な島津側が停戦を申し込んでくるなんて明らかに裏がありそうだけど……。


「田植えが近いからとか?」

「それだけでは停戦とまではならないでしょうな。弱まった龍造寺領に力を入れたいのか、それとも思った以上に島津兵の士気が落ちているのか、……大体こんなところではないでしょうか」


「ふーん。それで条件は? ちなみに松尾城を返すなんて嫌だよ、それ返しちゃったらそもそもの計画がパーだからね」

「わかっています。ですので、こちらからも条件を出しましょう」


 牛幻の条件とは奪った松尾城を大友居城として認め、その一帯も大友領とする事だった。

 ピークに比べればかなり支配地は減ったが、それでも約束は果たしたと言えよう。


「その辺りはアンタに任せた。いやーやっとゆっくり出来そう。しばらくしたら米沢へ戻らないといけないし、九州観光だってまだしてないからねー」

「……その前に愛姫様にはもうひとつ仕事が」


 げっ……まだあるのか。

 もしかして、牛幻の言うことを聞かず高城から出た事の罰だろうか。


 元坊さんの牛幻の事だ、きっと長ったらしい説法をまたするのだろう。

 ここは強気に……、ちょっと不機嫌そうに対応してみるか……。


「あぁ? 何よ?」

「その停戦にあたって、島津側は宗麟様と愛姫様に会談を求めています」


 全然違った。


「……何で私なのよ。私何かしたっけ?」


 何言ってるんだこの女は、と言いたそうな顔で牛幻が見る。

 冗談だよ、冗談。まったく……本当に見た目通りの漢だ。そんなんだと女の子にモテないぞ。


「そもそもこの戦に伊達の人間が混じっている事自体が異常ですからな。それに文面からはどちらかというより愛姫様に会いたそうな感じが見て取れますね」

「ヤダー、私ってそんなモテモテ⁉ 可愛くて強いってのも何だか罪な話ねぇ」


「ええ。それで可愛くて強い愛姫様には是非この会談に参加していただき、大将である島津義久を誅殺して欲しいのですが」

「え……、それマジ……?」


「いえ、戯言です」


 く……コイツ……。

 味方じゃなかったらその笑顔を間違いなくぶん殴っているところだ。


「宗麟様とも相談しましますが……おそらく宗麟様は名代を、愛姫様はそのまま出る事になるでしょう」

「会うことは確定なんだ。……罠かもよ?」


「それは大丈夫です」

「理由は?」


「相手が島津だからです」


 全然理由になっていないのだが、妙に牛幻のはっきりとした返しには説得力があった。

 相手が島津だから。それだけ牛幻は島津という武士は騙し討ちなどしない正々堂々とした人間であると確信を持っているのだろう。


 それは長い間九州に住んでいる、そして間接的とはいえど島津を見てきた牛幻だからこそ言える事なのかもしれない。


 ――――――――――


 牛幻が本陣に向かって数時間後、新しい書状をもって帰ってきた。中身は宗麟がしたためた返答の書状だ。

 内容としては概ね島津側の要望通りにするが、場所は耳川より北にある日知屋(ひちや)城とすること。現在では大友領となっている海沿いの城だ。


 西の陸路以外は海に囲まれている城で簡単には逃げられない特殊な構造になっている。それでも良いと言うのなら、宗麟の条件はそれだけだった。

 ただ、島津からしたら元は自領とはいえ敵地に単身突っ込んで行くようなもの。そう簡単に首は縦に振るまい、または違う条件で返ってくる、そう思っていた。


 しかし、帰ってきた返答は大友の要望通り二日後に日知屋城へ入るとの事。島津はこちら側の要望を丸々飲んだのだ。

 そこまでされたら名代を送るなど弱気な事は出来ない。宗麟も覚悟を決め、同日に日知屋城へ入るのだった。


「ハッハッハ! よもやこんな所で再会するとはな!」


 屋敷の中へ最初に足を踏み入れたのは義弘だった。

 一ヶ月前に負った怪我などなかったかのように、陽気に笑いながら腰を下ろした。


「…………」


 次に入って来たのは顔に白い布をグルグル巻にした漢だ。

 入ってくるなり私を睨んでいる。トドメを刺さなかった私に怒っているのだろうか。


「…………」

「……何よ、負け犬」


「――ま、負けっ⁉」


 一向に座らない歳久を義弘が無理矢理身体を掴み強制的に座らせる。


「おい、テメー……何で俺にトドメを刺さなかった?」

「何でって言われてもねぇ……」


「島津兄弟の中でも義久兄の次に価値のある歳久様の首だぞ⁉ 忘れてました、なんてゼッテー言わせねーじゃん!」


 自分で自分の首の値打ちを決めちゃった。そんな事を言ったら隣の大漢が黙っていないだろうに……。


「何っ⁉ 貴様の首が兄者の次に価値があるじゃと⁉」

「当たり前じゃん。島津家の智将ことこの島津歳久、俺がいなきゃ今の島津はないじゃんよ。まぁ頭まで筋肉の義弘兄には到底理解出来ないんだろうけどなぁ?」


 やいのやいの、と言い合いが始まった。ふたりの後ろではお付きの家臣達が「また始まった」と呆れた顔をしている。


「あ……あの……もう入っていいかな?」


 入口の前でひとりの漢が顔だけを出し、こちらを覗き込んでいる。

 義弘と歳久の喧嘩が始まった事で入るタイミングを完全に見失っている。


「……家久」


 と、隣にいた誾千代が呟いた。

 あの漢が四男の島津家久か。ふたりとは違って随分とオドオドしているというか……大人しそうな雰囲気が出ている。


 流石に気付いたのか、義弘と歳久が家久を呼びふたりの間に入れた。

 ふたりに挟まれ、両方の言い分を同時に聞き困ったような表情をしている。


 筋肉自慢でパワー系の義弘。

 相手を自慢の口で苛立たせ、口三味線で翻弄する歳久。

 

 もうひとりはよくわからないが、龍造寺との戦いをたった一日で終わらせる実力を持った家久。

 今ここに島津の中核を囲む三人の猛将が集まった事になる。


「お待たせしました大友の方々。私をもって島津四兄弟ここに参上致しました」

「……はっ? 四兄弟って……」


 どう見ても三人しかいない。誰が見たって明らかだ。


「家久……アンタから見たらそこに四人いるのかい?」

「? はい、私が最後になりますので……」


「どう見たって三人しかいないじゃないか。肝心な長男を城に忘れたんじゃないだろうね?」


 アハハ、と誾千代の問いに家久は笑ってみせた。

 それにイラついたのか、誾千代は刀を取る。


「舐めやがって……」

「ちょ、ちょっと待ってください! 歳久兄様なら既にここに、だから早まらないで!」


 焦った家久は部屋の隅っこに置かれた輿(こし)を指差すと、家臣達に兄弟の後ろに置くよう指示を出した。

 この部屋へ入った時からある謎の輿。隅っこに追いやられていたので誰も入っていないと思っていたが、ここに島津の大将がいると家久は言うのだ。


 家臣達がゆっくりと三兄弟の後ろに輿を降ろす。

 すると輿内で明かりが灯ると同時に、人影が姿を現した。

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