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第十六話 影の天才軍師①

「はぁ……本当に島津と一戦交えているなんて、アナタ……自殺志願者ですか?」


 場所は日向国・新納石城内。

 高城で歳久達と交戦の中、大友宗麟は本陣を移していた新納石城で織田側の使者と面会を行っていた。


 いや、正確には羽柴秀吉の使者が正しい。

 今の織田政権は信長が死んでからほぼ羽柴秀吉が実権を握っていると言っても過言ではないからだ。


「き、貴様⁉ 宗麟様に向かって自殺志願者とは――」

「よい。それよりも羽柴殿の使いで参ったのであろう、用件を伺おう」


 宗麟がそう尋ねると、羽柴側の使者は髪の毛を指先でクルクル巻きながら面倒くさそうに答えた。


「秀吉様からは中国の毛利、四国の長曾我部が片付くまで動くなと言われているはずですが……」

「ああ、それは勿論わかっておる」


「ですので双方が片づいていない今、島津と龍造寺から奪われた領土を取り返したいくてもこちらから兵は簡単には送れないのです」

「それもわかっておる」


「信長様の次男である信雄(のぶかつ)様が徳川家康と共謀し、尾張国(おわりのくに)でも戦になっている事も――」

「わかっておる」


「ほ、本当にわかっているんですかねぇ……?」


 疑いの目を向けながら羽柴側の使者は大きなため息をついた。


「それなら何故動いたのです? 領地を取り返したい気持ちはわかりますが面倒事は増やさないでくれませんか。私だって暇じゃないんですよ」

「ま、まぁ色々あって女神が儂に動けと活を入れたのよ。儂はそれに従ったまでじゃ」


「?? あぁ……アナタそういえばキリシタンでしたね。……もういいです、キリシタンと話しても神やら教えやら面倒なんですよ。私は父さんに頼まれてこの文書を届けに来ただけですし」


 羽柴側の使者は宗麟の前に書状のはいった入れ物を差し出した。


「父上……、そういえばそなたの父・黒田官兵衛殿は今毛利と国分交渉で中国に入っておるんだったのう。官兵衛殿は元気にしておるか?」

「それ……答えないと駄目ですか? 私は世間話をしにこんな戦場()へ来たわけじゃないんですけど……」


「ま、まぁそんなに冷たくしないでくれ。折角の美人が台無しじゃぞ、羽柴軍影の天才軍師・黒田文子(あやこ)殿」


 ――黒田文子。

 生まれは永禄十二年(一五六九年)。今宵で十五歳の黒髪ロングの少女で、天才軍師と呼ばれた黒田官兵衛の長女。

 父の軍才を受け継いでいる非常に賢い少女だが、常にある目のクマが陰湿な雰囲気を出していることから影軍師と呼ばれていた。


「誰ですか天才軍師って……。私はまだまだ父さんの足元にも及びませんが」

「ハハハ、謙遜(けんそん)するでない」


「してないですよ。……それより早くその書状の中身を確認してください。じゃないと私帰れないんですよ……」

「そんな目で見んでくれ。まったく……誾千代といいラブリーといい、年頃の娘は結構キツイのう……」


「はぁ?」


 ブツブツと呟きながら、宗麟は文子が届けた書状の中身を確認する。


 ――

 豊後(ぶんご)(現在の大分県)国主・大友宗麟殿。


 羽柴中国征伐軍の指揮を務めている黒田官兵衛と申します。

 何やら豊後で兵が集まりだしているという噂を耳にしましたため、急いで筆を取らせていただきました。


 まさかとは思いますが、龍造寺の有馬侵攻に便乗して領地を広げよう、だなんて愚かな事を考えていませんかな? かな?


「な、何じゃこれは……、もの凄い寒気と狂気が……」

「何わけのわからない事を言っているんですか。早く続きを読んでください」


 とはいえ、この文を文子に持たせている時点で島津と交戦中なのでしょう。

 宗麟殿のお考えなのか、どなたかの悪知恵なのかはわかりませぬが、今すぐ無駄な戦はやめていただきたい。


 遅くなりました毛利との国分も早ければ稲の収穫頃にはまとまる次第、さすれば来年にも九州へ兵を送る事も可能となりましょう。

 耳川の戦いでの大敗北で多くの領地や家臣を失い焦る気持ちはわかります。信長様から主秀吉までに援軍の頼みを再三入れている事も承知しております。


 ですが、ここで焦っては最悪名門大友家が消滅してしまう可能性もあるのです。

 そのため、国の領民のためにも今一度冷静になっていただきたいと文をしたためさせていただきました。


 それと一緒に、当家が九州統一を開始した際の国分図も同封しております。

 不明な点がありましたら文子に聞いてくだされば何でもお答えするでしょう。


 これは個人的な願いになりますが、今度お会いした時に聖書を何冊か写させていただきたい。

 文子が焼き芋を作る際火種として燃やしてしまったのです(悲)。


 黒田官兵衛。

 ――


「なななななな、なんと! あの聖書を燃やしてしまったのか⁉」

「ええ。妙な教えが書かれていたので……、ですが火種としてはとても良い物でした。焼き芋美味しかったですよ」


「馬鹿馬鹿馬鹿、焼き芋の味なんて聞いておらんわ! よいか、聖書とはイエス・キリスト様の教えが書かれたありがたい――」

「あーもーネチャネチャと……里芋みたいな漢ですね。どんなに優れた書物でも燃えてしまえばただの紙なんですよ。そもそも私は父さんが変な宗教にハマらないようにと思って処分してあげたのに……。文の最後に余計な事を書いて……、また処分する私の身にもなってほしい……」


「だから聖書を燃やすなー!」


 キリスト教の事となると宗麟は一段とうるさくなった。

 父が余計な事を書かなければ、と思ったのか面倒事が大っ嫌いな文子は聖書を燃やしてしまった事を一応謝罪すると、話を戻すように宗麟を誘導した。


「確か国分図も同封してあると……。ん、これじゃな……」


 宗麟は同封されていた国分図を確認するや否や唇を尖らせた。

 その内容は肥後(現在の熊本県と宮崎県の一部)半国、豊前(ぶぜん)(現在の福岡県東部と大分県北西部)半国、筑後(ちくご)(現在の福岡県南部)、そして現在の豊後国を大友領として認めるという事だった。


 ここまでだけだったら宗麟も納得出来る。むしろ万々歳な国分なのだったのだが、問題は別にあったのだ。

 それは筑前(ちくぜん)(現在の福岡県西部)は羽柴領に、肥前(現在の佐賀県と長崎県)を毛利領になる事も同時に記されていたのだ。


「これは官兵衛殿の書いた国分案か?」

「いえ、主秀吉様のお考えになった国分案です。……良かったではないですか、領地が増えて」


「文子殿……、儂の目に狂いがなければ肥前は毛利領と書かれているのだが……」

「ええ、確かにそう書かれていますね」


「何がそう書かれていますね、じゃ! 九州の地をよそ者の毛利に渡してたまるか!」

「そういきり立たないでください。ですから争いが起こらぬよう筑前に我々が入っているんじゃないですか。それに九州鎮圧にはお隣の毛利が先鋒を務める可能性が高いのです。一番の功労者には褒美も必要でしょう?」


「ぐぬぬ……」


 この国分案に宗麟が納得出来ないのも無理はなかった。

 毛利と接している状況は以前と変わらないにせよ、国境の長さは今までより広い。それにいくら筑前に羽柴がいても、豊前の島津と肥前の毛利が結託してしまったら、筑前の羽柴を滅ぼした後に大友領を狙われる可能性があるからだ。


 とはいえ、羽柴側の狙いも同時に分かっていた。

 現在進行形である四国征伐の領土割譲をする毛利に代替地として肥前を提案したのだろう。


 これがそのまま成せてしまえば九州の半分は羽柴の息のかかった国衆で固まる事となる。

 それは同時に島津の国力低下に加え、干渉地で毛利の国力を抑制させるためでもあった。


「本当は毛利と長曾我部を片付けてからの話だったのですが、宗麟殿が早まってしまいましたからね。仮の国分案ですけど、私もこの辺りが無難だと思っています」

「……まぁ確かに援軍を待たずに動いたのは儂等じゃからな、言い訳はせん。わかった、文子殿の要求を飲もう」


「フフ、話が早くて助かりますよ。予定より早く帰れそうです」

「じゃが島津はどうする? やつらからしたら儂等は侵略者。こちらの撤退は島津に隙を与えてしまうぞ」


「それはご心配なく。事が上手く運んでいれば島津も撤退をするはずです。内容はちょっと違いますけど、島津義久の本陣にも使者が向かっていますので」

「そ、そうか……」


「では私はここで。時間は有限、読みたい書物が溜まっているのここらで失礼します」

 

 用事を終えた文子は立ち上がると帰り支度を始めた。

 そして一歩、二歩と歩いたのち何かを思い出したかのように振り返る。


「さっきまでの話はあくまで父さんから伝えられた話をそのまましたまでで……、私自身今回の島津攻めは評価しているんですよ」

「何?」


「龍造寺の有田攻めを狙った大胆な奇襲策。まるで予め分かっていたみたいな神のような戦略。どなたの入れ知恵かわかりませんが、暇があれば会って話を聞いてみたいものですね」


 そう言い残し、影軍師と呼ばれた黒田文子は宗麟のいる本陣から撤退した。

 その数分後、両軍から撤退の法螺貝と狼煙が上がる事となる。

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