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第二次耳川合戦 後編⑥

 しばらくしても義弘は立ち上がらない。

 私達は……勝ったのだろうか。


「愛――――!」


 刀を投げ、誾千代は満面な笑みで抱きつき、私の頬に啄木鳥の如く連続でキスをする。


「もうっアンタって奴はっ! こんなの惚れないほうが無理だよ! チュチュ」

「うげー! や、やめてー! それに痛い痛いっ!」


 誾千代に抱きつかれた上半身が痛む。

 こりゃー骨が何本か逝ってるか……。でもまぁ生きてるだけもうけもんか。


「ねぇ……、アレって死んでるの?」

「……んーどうだろう。手加減無しで思いっきり斬ってやったけど、あの鎧にアタイの剣がどれだけ入ったか……だね。手応えはあったけど」


 出血の少なさが気になるけど、あれだけの攻撃を食らったんだ。生きていたとしても立ち上がる事は出来まい。

 それに私も……。


「イテテ……」

「だ、大丈夫⁉ 立てるかい⁉」


「ハハ……鉄球なんて蹴るもんじゃないわね……。脚も痺れて力が入んないや……」

「アハハ、任せな! ホラッ……肩に捕まって」


 誾千代の肩を借りて何とか立ち上がることが出来た。

 上半身だけでなく下半身もボロボロだ。もうこれ以上は戦えない。


「あっごめん、義弘の首忘れてた。ちょっとだけ待ってて」

「アンタ……、まさかこの場で首チョンパする気じゃないでしょうね?」


「え? するよ。だって大将首じゃないか。それにトドメを刺す意味でも……ね」


 そんなアッサリと……。

 死体はある程度慣れてきたけど、生首の方はまだちょっとなぁ……。


 そんな事情も知らずに誾千代は私ごと身体を反転させた。

 しかし、そこで見たものは死体や生首でもない、もっと恐ろしいものを私達は目撃する。


「フゥー……フゥー……」

「……訂正。生首の方がまだマシだった……」


 そこに立っていたのは、さっきまで倒れていたはずの島津義弘。

 肩で息をし、目は血走り、口からは吐血と一緒に白い息を吐いた島津義弘が確かにそこに立っていた。


「ガハハハ……、そうじゃ忘れておったわ。お前達は歳久の隊を蹴散らした強者であった事を……」


 ビキビキ……と音を立て、一閃を食らった所を境に鎧が真っ二つに剥がれ落ちた。

 露となった義弘の筋肉質な身体には誾千代の放った雷神剣の後がくっきりと生々しく、痛々しく残っている。


「ックソ、浅かったか……」

「道雪殿に負けず劣らずの見事な剣よ……。じゃが男女の差が……いや、筋肉の差が出たのう。道雪殿なら間違いなく身体ごと真っ二つにされていたわ」


「ちっ、筋肉ダルマが……」


 ズルズルと、誾千代がすり足で後退姿勢を見せると、それに気付いた義弘は右手を上げた。


「――なっ⁉」


 草むらや岩陰から五十近くの島津兵が三人を囲むように姿を現した。

 前から槍隊、弓隊、義弘の後ろには鉄砲隊も数人構えている。


「……クソッ」

「おいは数で痛めつけるのは好きじゃないけぇいつもは邪魔せんよう隠しておるんじゃが、今回はちと刻を掛け過ぎたわ。許せよ立花、そして愛姫殿。おい達は兄者を九州の覇者にすると誓っておるで、こんな所で足踏みは出来んのよ」


 このままじゃふたり共やられる。

 せめて誾千代だけは逃がさないと、宗茂に殺されちゃうからね。


「……私はいいから誾千代は逃げな。アンタならここから逃げ切れるでしょ……」

「無茶言うんじゃないよ。これだけ包囲されたら流石にアタイでもお手上げさ」


「でも生きて帰れるかも……」

「アタイに友を見捨てた汚名を着せたいのかい? 悪いけどそんなの着るくらいならこの場で腹をかっ捌いて死んだ方がマシだね」


「宗茂と約束してんのよ、アンタは死なせないって。私が宗茂に殺されるって……」

「ハハハ、そしたら幽霊になってもアイツを殺してやるよ! アタイの親友に何してんだ……ってね!」


「……ハァ。もういいわ……好きになさいよ」

「ああ、好きにするさ」


 こんな状況なのになんて顔を……。

 まぁいっか。私も死ぬ時ぐらい笑って死んでやる。


 ふたりなら……誾千代となら死ぬのも怖くない。

 そしてついに、義弘の右手が振り下ろされた。


「――――っ!」

「…………あれ?」


 鳴り響いたのは処刑を告げる銃声……ではなく、法螺貝。撤退を知らせる法螺貝の音が戦場に響きだした。

 それも二種類の音が混じり合うように戦場に響き渡る。


 大友と島津。

 両方が撤退を知らせる法螺貝と狼煙を同時に上げたのだ。「こ……これは撤退の法螺貝⁉ あ……兄者、何故(なぜ)故⁉」

「アタイ達もだ……。両軍同時に撤退……、何で……?」


 お互い撤退の合図に動揺を隠し切れない。

 大友側が撤退するのは分かるが、島津側が退くのは正直謎である。結果だけを見れば私達は島津義弘を討伐出来ず、逆に討伐させそうなのだから。


「義弘様、相手は女ふたりです! 早めに首をあげ、ここは本陣に退きましょうぞ!」

「…………」


「義弘様、お下知を!」

「……うむ、仕方ない」


 義弘の命令が発せられると同時に、囲んでいた義弘の兵達が再度武器を構えた。

 しかし……。


「よい、放っておけ。これより我が軍は撤退し、本陣へ戻る」

「え……見逃すのですか⁉ 相手は手負い、それにあの女は歳久様を討った敵ですぞ!」


「わかっておる。じゃが、あの撤退の合図は兄者に何かあったのかもしれん。急いで戻るぞ」

「ですが……もうひとりはあの立花誾千代。ふたりの首があがれば義久様もお喜びに……」


「撤退じゃ‼ 貴様……おいの命が聞けんのか?」

「ははっ! 申し訳ございません!」


 義弘の命令で続々と島津兵が武器を下ろし囲いを解いていく。

 理由はどうであれ助かったみたいだ。


「軟弱者だったとはいえ、歳久の敵であるお前達は絶対に許さん。事が終わり次第必ず攻め込んでやるけい、首を洗って待っておれよ」


 と、義弘は最後に私達を睨みつけて去って行った。

 いや、だから死んでないんだけど……。まぁいいか、何だかよくわからないけど助かったし。


「よく見逃してくれたよね……」

「うーん、義弘は自分の戦いに他者を入れない主義だから……かな。大人数で囲んで討ち取ったなんてアイツからしたらカッコ悪いのかもね」


「随分と律儀な奴ね」

「そんなんじゃないよ。ただ戦う事が大好きな戦闘狂さ。……それより歩けるかい? アンタ怪我してるし、一旦宗麟様の本陣まで退くよ」


「えー歩けなーい。誾千代負ぶってー」

「ハハ、まったく……しょうがない姫様だね。政宗殿もこんな娘を正妻に持っちゃ大変だろうよ」


 雑談を交え、私は誾千代に負ぶられ宗麟が本陣を置く新納石城に到着した。

 その後、前線に近い新納石城には数百の兵を残し本隊を松尾城へ移すと、私を含めた負傷者を連れ丹生島(にうじま)城まで撤退する。


 そこで知らされたのは大友と島津が撤退した理由。

 私の予想もしない不吉な黒い影が動き出していたのだ。

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