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第二次耳川合戦 後編④

「がぁぁ!」


 猪突猛進する巨大な身体に渾身の飛び蹴りを叩き込む。

 巨体がのけ反る反面、勢いづいた物体を蹴ってしまった事により、私もその逆方面に吹き飛ばされた。


「よっと」

「め、愛⁉ アンタ何でここに⁉」


 私の登場がそんなに意外だったのか驚く誾千代。


「何でって、終わったから来たに決まってんじゃない」

「終わった……? あの歳久を……口三味線を攻略したのかい⁉」


「ええ。ちょっと苦戦したけど、相手が悪かったわね。プライドと一緒に意識ごと粉砕してやったわ」

「やるじゃないか! 流石はアタイの惚れた女だね!」


 嬉しそうにウインクを私に送る誾千代。

 だが、そんな可愛いくて余裕のある仕草は一瞬だけ。

 

 誾千代はすぐさま正面へ向き直すと、表情を真逆に変化させた。


「だけど、丁度良かったよ。アタイと義弘の力は互角、そこに愛が入ってくれるんなら話は早いってもんさ」

「ふーん。でも、もうくたばったんじゃない? もろに私の一撃を食らったんだ、ダメージは相当なはずよ」


「……ハァ、自分の力を過信しすぎ。いや、義弘の頑丈さを見くびりすぎだよ。……ホラ」


 義弘はのけ反った身体をゆっくり戻すと、蹴られた場所を手で払った。

 蚊でもいたような……そんな仕草。表情も苦痛になっているわけでもなく、新たに参上した私を覗き込み楽しそうに笑った。


「おっほぉー、おなごにしては中々良い蹴りじゃ。ここまで骨のありそうな奴はそうじゃのう……立花道雪殿、高橋紹運殿以来じゃて」

「っち、そりゃあどーも。私もアンタみたいな鉄人間初めてよ……」


「娘……、名は?」


 愛姫、と私は短く答えた。


「愛姫……愛の姫……愛のために戦う姫。なるほど、さしずめ愛のために戦う戦士と言ったところか」

「どんな解釈だよ。それに人を勝手に戦隊ものっぽくすんな」


「おー今思えば愛とはラブ……じゃったな。そうなるとラブ姫……いや、語呂が悪いから愛ラブ姫ってのはどうじゃ?」

「大して変わんねーし、何だか文法っぽくなってんぞ。ってか何で英語知ってんだよ!」


「ガハハ、異国の商人に教わったのよ。おーっとすまぬ、おいが名乗っておらんかったな。おいの名は島津義弘。島津四兄弟の次男にして筋肉をこよなく愛する漢じゃ。呼び方は何でもかまわんぞ。義弘、鬼島津、キン肉マン。ガハハ、好きに呼んでくれい!」


「……もう何でもいいよ」


 戦う前からもう疲れた。

 私の中での島津義弘のイメージをこれ以上崩さないでほしい。


「はぁ……。歳久といいアンタといい、九州の戦国武将ってクセ強すぎじゃない?」

「歳久……、そうじゃ歳久はどうした?」


「ついさっきぶっ倒して来たところよ」

「……お主がか?」


「そう言ってんじゃん」


 私の言葉が信じられないのか、義弘は腕を組み顎髭を触り始めた。

 表情からもその様子が見て取れる。


「最初はわけ分かんなかったけど、まさか毒針を仕込んでいたなんてね。人をおちょくる性格だったからまだ良かったけど、最初からマジだったら危なかったわ」

「――――!」


 驚いた。

 そう言わんばかりに義弘は表情を変えた。


「ほほう、嘘は……言っておらんか。よもやお主のような小娘が歳久の術を破るとは……」


 ククク、と義弘は笑い出す。


「ガーハッハッハ! 愉快愉快ッ!」


 巨体から放たれる笑い声が耳に響く。口に拡声器でも付いているみたいな大きな声だ。


「あの馬鹿が油断しおってからに。じゃから日頃から筋肉を付けろとあれほど……」

「そういうキャラじゃないでしょ」


「んん? ガハハ、甘いのう……。槍が折れ、弾も切れ、味方も失って。最後はどうしたらいい? 何を信じたらいい?」

「??」


「己しかおらんじゃろう! 奴は昔から誑言(きょうげん)にばかり頼っておったで、最後は己自らに見捨てられたのじゃ。これは薩摩武士として生まれた本懐を忘れ、口先に頼った奴の弱さじゃ!」

「弱さ?」


 確かに嫌な奴だったけど、歳久は決して弱い奴ではなかった。

 私はそれについては反論したい。


「弱くないよ」

「あ?」


「歳久は決して弱くなかったよ。アンタが言う薩摩武士ってのが何なのか知らないけど、私は少なくとも厄介な相手だと思ったけどね」

「ヌハハハ、まさかおなごに庇われるとはなぁ。……哀れなり歳久、死して尚島津の名を汚していきおって……」


 いや、死んでねーよ。歳久はあくまで気を失っていただけ。

 あっ……そっか。義弘は歳久が負けた事で死んだと思っているんだ。ここは本当の事を言っておくべきかな。


 ……いや、もうそんな空気ではなかった。

 義弘の顔からは既に笑みは消え失せ、身体に巻き付けていた鎖付きの鉄球を解放し、いつでも振り回せるよう両手に持っている。


 話を聞いてもらう雰囲気ではない。完全に戦闘態勢だ。


「とはいえ、島津に喧嘩を売ったのだ。小娘、そこにいる立花同様ここで粉砕してくれる! おいは女だからといって加減出来んぞ!」


 鉄球をガンガンと鳴らし気合を入れる義弘。


「フフ、上等上等! アンタこそ負けた時に『筋トレが足りませんでした』って言い訳すんなよ!」


 ほざけっ! と同時に義弘はふたつの鉄球を私と誾千代に投げつける。

 大振りだが、義弘の筋力も相まってスピードはかなり速い。


「愛の言う通りさっ! アンタもアタイ達に負けておなごに負けたって汚名を被るんだよ!」


 足元に来た鉄球を躱し、誾千代は鎖を綱渡りのように駆け上がり義弘との距離を詰める。


「テイヤァァ――!」


 誾千代が正面から刀を振り下ろす。

 しかし、義弘は私に投げた鉄球をすぐさま戻し、鉄球本体を鷲掴みにして迫る来る一閃を防いだ。


「っち!」

「ハッハ、惜しかったのう!」


 顔からはまだまだ余裕の表情が見て取れる。

 鉄球をヨーヨーのように扱う馬鹿力もそうだが、それをこんな二対一の状況で軽々やってのける判断能力はかなりの強者だ。


 筋肉筋肉とバカみたいな事を言ってはいるが、どうやら口だけではないようだ。


「――愛っ!」

「わかってる!」


 視線が外れた時点で行動済みだ。

 狙うはガラ空きの義弘の首。ここに一発お見舞いすれば……。


「――なっ⁉」


 防がれた。しかも片手一本で。

 義弘は鉄球の持っていない手を後ろに回し、首を狙った私の跳び蹴りを振り向きもせずに防いだのだ。


「狙いや悪くなし」


 攻撃を防がれた事で私と誾千代は再び距離をとる。

 その後、何度も攻撃を繰り返すが義弘は見事に受けきった。


「ハァハァ……。ねぇ、コイツ誾千代と互角……なんだよね。全ッ然余裕そうなんだけど……」

「いやぁーハハハ、お……おかしいねぇ。こんなはずじゃなかったんだけど……」


「……力を過信しすぎた?」

「う……。それを言われると返す言葉がないねぇ」


 どうやら完全なるブーメラン。誾千代も自身の実力と義弘の力量を見誤ったようだ。


「ねぇ、あれ使わないの? 前見せてくれた雷神剣ってやつ」

「あーあれね。実はあの技まだ修行中でさ、ちょっと集中する時間がないと出せないんだよ。要は気合を溜める時間が必要なのさ!」


「ロックマンみたいな奴ねぇ……。しかもドヤ顔で言う事じゃないし……」


 義弘の鉄球攻撃を躱しながら再度攻撃を繰り返す私達だが、やはり相手を退けるような一撃を与えられるまではいかない。

 やはりあの巨体を覆う鉄壁の重装をなんとかするしか方法はなさそうだ。

 

「なら隙を作ってくれるかい?」

「隙?」


「ああ、ほんの数秒で構わない。義弘の懐に潜り込む隙を作って。そしたらアタイの居合の雷神剣を叩き込んでやる」

「……しょうがないわね。一撃で決めちゃってよ!」


 隙を作るには義弘の意識を全て私に向けさせる必要がある。

 それなら義弘を防戦一方にさせてしまうのが一番手っ取り早い。


 私は居合の構えをとる誾千代を残し、義弘に今出来る全力をぶつける。


「ガハハハ、いいぞその調子じゃ! 楽しくなってきたわい!」

「笑っていられるのも今の内――だっ!」


 一瞬の隙も見逃さない。

 私は義弘の胸元に渾身のハイキックを叩き込んだ。……が。


「――クゥ……、かったぁ……」

「ガハハハ、骨の髄に響く良い蹴りじゃ! じゃが、おいの鋼鉄の鎧を砕くにはもうひと押し足らんかったのう!」


 残念だがほぼノーダメージのようだ。

 それどころか久しぶりに脚がビリビリと痺れる。それだけ蹴りの衝撃が私の自身に返ってきている証拠であり、義弘の身に纏っている鎧の耐久度が高い証拠でもある。


「――⁉ 愛っ、後ろ!」


 誾千代の咄嗟の声に後ろを振り向くと、弓兵がふたり矢を放つ動作をとっていた。


「あーもーうざったい!」


 矢を躱し、弓兵ふたりを蹴り飛ばす。

 だが、それは致命的な隙。本来義弘に隙を作らせるつもりが、私自ら義弘に隙を与えてしまったのだ。


「――がっ!」

「愛っ!」


 義弘の持っていた鉄球の鎖が私を巻き込み、そのまま木にぶつかると共に縛り付けたのだ。


「なっ⁉ 動けな――」

「愛っ――、前だ! 早く避けるんだ!」


 猪突猛進。このような四文字熟語が似合う勢い任せのショルダータックルの構えをとる義弘。

 鋼鉄の鎧を纏った大漢の肩の筋肉が一段と膨れ上がると、笑い声と共に私の下に突っ込んで来る。


 だが、無情にも縛り付ける鉄球はガッシリと私を離さない。

 徐々に大きくなる義弘の身体。そのトラックのような身体は止まる事なく、縛り付ける木もろとも私を押し潰したのだ。

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