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第二話 片倉の義①

 以上、回想終了。

 大きくまとめれば、私はこの国の若君である伊達政宗を蹴り飛ばした事で牢屋にぶち込まれている訳だ。


 正直、やり過ぎたかなと反省している。

 特に最後の回し蹴りは余計だった。あの一件で私は今拘束されていると言っても過言ではないのだ。


 グゥゥ……、とお腹が鳴る。

 そういえばこの身体になってから何ひとつ口にしていないを思い出した。


「お腹……空いたなぁ……」


 こんな事なら部屋にあった茶菓子でもかじっておけばよかったと後悔する。

 紙に包まれた豆の香りがほんのりとした焼き菓子だった。想像するだけでお腹の虫が鳴り止まない。


 するとその音に気付いたのか、ひとりの牢兵が私の所にやって来た。


「出ろ」


 木製の入り口がゆっくりと開かれると、牢兵が私の手首に新たな縄を一本追加で結び始めた。どうやら牢屋生活は終わりらしい。

 それにしても随分と早い出所だ。時間にして二、三時間といったところか。


「何処に連れて行くつもり?」

「…………」


 無視だ。そりゃ答える義理はないか。だって私は一応犯罪者なのだから。

 罪は政宗を蹴り飛ばした事だろうが、いったいどれ位の罪に問われるのだろう。誠心誠意謝ったら許してくれないだろうか。


 などとゆっくり考える暇なんて与えてはくれない。

 牢兵は犬を散歩させるように縄を引っ張ると、無理矢理私を牢屋から出すのだった。

 

「痛いわねー! もうちょっとレディに優しく出来ないの⁉︎」

「れ……でぃ? いいからさっさとついて来い」


 はいはい、と私は牢兵に連れられ牢屋を後にする。


 ――――――――――


 牢兵はとある一室の前で脚を止める。ここはさっき私が政宗を蹴飛ばした部屋だ。

 壊れた戸は外されていて、代わりと言っては何だが部屋の中が見えないように大きな布が入り口を塞いでいた。まるでのれんだ。


「愛姫様をお連れ致しました」

「うむ、入れ」


 この声は輝宗、政宗の父親の声だ。

 私は手の拘束が解けないまま部屋の中に通される。


「……くっ」


 やっぱりか。背中から冷汗がタラリッと流れるように落ちる。

 そこにいたのは険しい表情をした輝宗と、その後ろには明らかに怒り心頭の政宗が座っていた。


 それ以外のメンバーはさっきとほぼ同じ。

 変わっていると言ったら、喜多がこの場にはいなく、その代わりに髪の毛をオールバックにした漢が座っていた。


 私は部屋の中央に座るように指示される。

 指示通りに座ると、そのオールバックの漢が一歩前に出て口を開いた。


「姫様、事情は殿達から伺っております。拙者、片倉小十郎景綱(かげつな)と申します」


 この漢があの……。

 私は一瞬だけ息を吞んだ。


 ――片倉小十郎。

 伊達の鬼軍師と呼ばれた若き天才。輝宗の元徒小姓(かちこしょう)であり、政宗の教育係でもある漢だ。


 それに確かゲーム内だとあの最強軍師・黒田官兵衛とほぼ同等の扱いだった漢。

 てっきり黒田官兵衛同様おっさんかと思ったけど、若くてビックリだ。


「如何でしょう、姫様。拙者の事憶えておりますでしょうか?」


 知っている。学校の教科書でも、漫画やゲームでもその名前は何回も目にしている。

 ただ、私の知っている片倉小十郎とはそんな程度だ。目の前にいるこの漢がどんな性格なのか、どの程度力を持っているかなんて知らないわけだし。


 この状況で知っていると答えるのもなんだかおかしい気がするので、私は首を横に振った。


「……なるほど」


 と、呟く小十郎。

 彼は面倒くさがらず、自分がどんな漢なのか大雑把に教えてくれた。


 大体は私の持っている知識と同じ漢のようだ。

 新しく知った事といえば、喜多が小十郎の姉だった事。そうなると喜多の苗字も片倉なのか。


「小十郎、もう良いか?」

「……はっ」


 少しだけ和んだ空気をバッサリ斬るように、輝宗が割って入る。

 確かに今はそんな状況ではない。私の命が懸かっていると言っても過言ではないのだ。


 最後に小十郎は私の座り方が気になったのか「姫様、胡坐は……」とボソッと注意する。

 喜多同様、私の座り方にケチを付ける。片倉という家系は口うるさいらしい。


 仕方がないので、私は胡坐から正座に座り直す。


「はぁ……。して愛姫……いや、お主はいったい誰じゃ?」


 輝宗は私に質問を投げる。まるで他人へ話しかけるように。


「誰って……私?」

「お主、愛姫としての記憶が全くないのじゃろ? なら今のお主はどのような記憶を持ち合わせているのかと思ってな」


「記憶……」

「左様。今のお主は何者なのか、隠す事無くすべてを話せ。少なくとも、儂等は愛姫があのような体術を持ち合わせているとは知らなかった。お主の行動はただ記憶を失っただけでは処理出来ぬ、と儂等はそう判断した訳じゃ」


 なるほど。少なくとも話はまともに聞いてくれそうな雰囲気ではある。それはこちらにとっても都合は良い。

 だけど、信じてくれるだろうか。未来の日本から来ました、なんておとぎ話のような事をここに人達は受け入れてくれるのだろうか。


 逆に惚けるのもひとつの手だ。

 私が未来から来たと知って、仮にそれを受け入れたとしよう。ここにいる人間達は何を考えるだろう。


 私だったらその知識を利用するかもしれない。だって未来から来たのであれば、今の時代の結末を知っている事にも繋がるからだ。寧ろ利用しないほうが可笑しい。

 今はいつどこで戦が起こってもおかしくない戦国時代なのだから。


 と、言っても私の知識はあてにしないでほしい。私の持っている知識とは、ごく一般的な最低限の知識なのだから。

 いくら私の成績が学校で良かったとはいえ、それはあくまで指定された範囲の知識を答案用紙へ記入したに過ぎない。ハッキリと言えば暗記した言葉や数式をサラサラッとシャーペンで書いただけだ。


 全国学力テストだって同じもの。ただ言葉を複雑にしているだけで、バラせば中身なんて学校で教わった基礎の塊。

 あれらを難しく考えてしまう人は、そのまま噛みついているだけだ。バナナの皮を剥かずにかぶりつくのと同じ事。


 東大や他の有名大学の試験問題が難しいのは、その皮が何重にも重なっているからである。いくら剥いても果実が出てこない、難儀な食べ物。

 それでも東大などに行きたい人はわかっていても飛びつくのだ。それだけその果実は美味しいのだろう。


 おっと、話が大分反れてしまったが、結論を言えば私の歴史に対する知識とは教育上最低限の知識なのだ。

 織田信長が天下目前で裏切りに遭い、その後豊臣秀吉が天下を収め、徳川家康が幕府を開く。その間に起きた細かい出来事は教科書に載っている程度しか憶えていない。


 後は生前にやっていた戦国コレクターズで知った知識があるだけ。

 これはハッキリ言って鵜呑みにしてはダメだ。あくまでゲーム、仮想の出来事なので真実を結構捻じ曲げている部分も多い。


 そのため、私の知識を頼って天下を取ろうなんて思わない事だ。

 時代の流れは知っても、相手の力量や陣形、またそこに至るまでの詳しい過程なんてわからないのだから。

 

「愛姫、聞いておるのか⁉」

「聞いてるよ。いちいち睨まないでよ、うるさいなぁー」


 あっ……しまった。ついついまた余計な事を。

 輝宗の顔つきが変わる。どうやら怒らせてしまったようで、表情が恐ろしいほど歪み始め、こめかみに血管が浮き出る。

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