第二次耳川合戦 後編③
膝蹴りがもろに入った歳久は後方に弾き飛び、そのままピクリと動くことなく大の字に倒れ込んだ。
その後も立ち上がる気配は無い。死んではいないと思うが、恐らく気は失っているのだろう。
口三味線の島津歳久。
仕込み針と三味線で相手を翻弄し、ジワジワといたぶる蛇のような漢。
島津家の三男にて智将と呼ばれた、性格に難ありの漢。
遊ばないで刃物を最初から使われていたら、多分負けていたのは私だったかもしれない。
だけど、勝ったのは私だ。
「島津歳久討ち取ったりー‼」
私の勝利宣言は周りで戦っている兵士達の動きも止めた。
倒れている歳久を見てか、武器を捨てて逃げる島津兵も現れ始める。
「と、歳久様!」
侍大将と数名の島津兵が歳久に近づく。
「――生きている! 気は失っているが生きておられるぞ! 撤退……撤退じゃ! 法螺貝を鳴らせ!」
ブォォォ――。
撤退を知らせる法螺貝の音が戦場に鳴り響く。
数では圧倒的に有利だったが、音を聞いた島津兵は一斉に南へ撤退を開始する。
それは島津歳久も例外ではない。
気を失った歳久を担ぎ上げた侍大将。偶然にも私と目があってしまう。
「ひぃ!」
人を化け物を見たような悲鳴で表現するな。
まぁ慣れてるけどね。
すると、周りにいた数名の島津兵が槍を私に向ける。
「くっ……」
捨て駒だと言われていた兵士達が歳久を必死に守ろうと槍を構えて威嚇する。
その眼からは主を守ろうとする気迫がしっかりと伝わってくる。
口ではあんな事を言っているが、歳久……結構慕われているのかも。
「行きなよ」
「……え?」
「今のアンタ達の法螺貝でしょ。構えてないでさっさと撤退したら?」
「み、見逃すと言うのか⁉」
「逃げる奴を叩くのは趣味じゃないの。ホラ、早く行った行った。さもないとアンタ達もボコボコにすっぞ」
「――かたじけない!」
軽い会釈をし、歳久を担いだ侍大将と数名の島津兵はその場を去って行った。
去る者がいれば近づく者もいる。
島津兵達が南へ撤退する中、北から渡河して私に近づいて来る漢がいた。
牛幻だ。
「やってくれましたな」
第一声がこれだ。でも……当然か。
あれだけ口酸っぱく警告してくれていたのに私は牛幻との約束破ってしまったのだから。
「あれ程城の外へ出てはいけないと申しましたのに」
「き、聞いてよ! これには深ーい訳があってね……」
「まぁ言い訳は後でたっぷりお伺いします。それより、何故立花殿は北西の方角に馬を走らせたのですか?」
「え?」
確かによく見たら誾千代がいない。
さっきまで鎌田なんとかって漢と戦っていたはずなのだが。
「急ぎの知らせ!」
私と牛幻の会話に伝令兵が割り込む。
「どうしたの?」
「西より新納石城に向かって進む軍勢あり! 黒地に白の十字紋の馬印を確認した事から島津義弘の部隊かと!」
「新納石城って今誰が入ってるの?」
「拙者の聞いた話では宗麟様だったかと……」
牛幻も首を縦に振った。
「恐らく立花殿は島津義弘を止めるために向かったのでしょうな」
「そうみたいね。グズグズしてらんない、私達も今すぐ――」
申し上げます!
またしても私と牛幻の会話に別の伝令兵が割り込んだ。
「今度は何⁉」
「はっ、南から島津の後詰め部隊が迫っております! その数千!」
それ以外にも次々と千を超える部隊が向かっていると伝令兵は付け加えた。
「大将・義久の部隊かな?」
「いえ、それにしては早すぎます。考えられるとしたら撤退した歳久が予め用意していた後詰め隊でしょうや」
「全部迎え討つのは厳しいか……」
「ええ、白兵戦は正直厳しいでしょう。そもそも大友と島津では兵の数が違いますからな、押し切られるのも時間の問題です」
「じゃあどうすんの? 折角手に入れた高城や新納石城を捨てろって事⁉」
「落ち着いてください。確かに城を捨て、部隊を一旦北の耳川まで退却させるのもアリでしょう。……ですがひとつだけ、島津軍を撤退に追い込む作戦もあります」
「……何よ?」
「島津義弘の討伐、または撤退です」
三男・歳久が撤退したのに加え、次男の義弘が撤退したとなれば義久も軍を下げなければならなくなる。
と、牛幻は話す。
しかし、この作戦には条件がある。
それは義久本隊が日向国に入るまで。そこがタイムリミットだそうだ。
義久本隊が日向に入国するのが早くて今日の夜、遅くても明後日ではないかと牛幻は続けて話す。
「要は日が落ちるまでに島津義弘を倒せなかったら高城と新納石城は諦めろって事ね」
「いかにも。まさか島原の戦があんなあっさりと終わるとは私も想像していませんでしたので」
「よし、なら決まりね!」
「……行かれるので?」
「勿論! 中途半端な勝利なんて私はいらない。どちらかが降参って言うまで殴り続ける、それが喧嘩ってもんでしょ!」
それに誾千代の事も心配だし。
いくら彼女が強いといえど、相手はあの島津義弘。『鬼島津』と呼ばれた島津義弘だ。
戦った事はもちろん無いけど、ゲームでは段違いで強かった漢。
その設定通りであれば数百の援軍として向かった誾千代達が非常に危ない。
「姉御ー!」
私を呼ぶ声が遠くで聞こえる。豚丸の声だ。
それに馬を数十匹引き連れてこっちに向かって来る。なんて準備の良い漢だ。
「今から誾の姉御を助けに行くんだろ?」
「ええ。だから、丁度馬が欲しかったのよ。アンタ気が利くじゃない!」
用意された馬に早速跨るが、どうやら豚丸も一緒に付いて来ようとしている。
確かにこの漢の力はあてにはなるが、これ以上ここの戦力は落とせない。
「ダメよ豚丸。アンタはここに残って」
「いや、兄者が一緒に行けって言ってくれたブヒ」
「……牛幻が?」
どうやら私が誾千代を助けに行くのをわかっていたようだ。
この漢には何でもお見通しってわけか。
「アンタには頭が上がらないわね」
「礼は終わった後に左月殿へ言ってください。姫様なら絶対こうする、と助言してくださったのはあの御方ですから」
あの左月がそんな事を……。
私を危険な所に行かせまいといちいち手を焼いて来るあの老将が……。
フフ、ハードルめっちゃ上げやがって。
そんなの尚更負けられないじゃない。まぁ元々負ける気なんてさらさらないけどね。
「上等上等! この喧嘩……絶対勝つ! 付いて来れる奴だけ私に付いて来なさい、島津義弘をぶっ飛ばす!」
――――――――――
「――アレね!」
馬を北西へ走らせて数分後、大友と島津の馬印を掲げた大軍を確認する事が出来た。
どれ位いるかよくわからないが、旗の数は島津の方が多い。見たまんまだと大友が押されているだろう。
だけど、私達の狙いはあくまで島津義弘。
コイツさえ倒してしまえば私達の勝利だ。
「あ、姉御! あそこだ!」
豚丸の指差す方角で戦いを繰り広げていたのは、黒旗に白十字の旗指と抱き花杏葉の旗指を掲げた部隊。
つまり島津義弘と立花誾千代の部隊である。
そこだけを見たらどちらが優劣なのかはわからない。
だが、明らかにどちらの兵も近づけない、異様な雰囲気を出したスペースでふたりの武将が戦いを繰り広げている。
「あれが島津義弘……」
一言で言い表すとしたら……巨人。
何を食べたらそんなに大きくなるのかと思えるほどの巨体に、それを象徴する鍛えあげられた天然の鎧。
どちらかというとスマートだった歳久と比べたら正反対。
本当に兄弟なのかと疑いたくなるレベルである。
そして極めつけが義弘を縛っているふたつの鉄球とその巨体を覆う鋼色の重装だ。
鎖に繋がれ、ただ粉砕だけを目的に作られた特殊な武器。囚人の脚に付いているやつ、もっと簡潔に言えばスーパーマリオのワンワンをイメージしてもらえれば話は早いだろう。
そんな総重量何百キロあるのか分からない身体で、その漢は軽々と私の友人である誾千代に襲いかかっている。
「豚丸、周りの雑魚はアンタ達に任せる! 好き勝手暴れてやんなさい!」
「あ、姉御はどうするんだブヒ⁉」
「はぁ? そんなの決まってるじゃない! 私が狙うはただひとつ――」
そう言い残し、私は馬の速度を上げ、義弘と誾千代が戦う聖域に足を踏み入れた。
「鬼島津の御首だぁぁ――!」




