第二次耳川合戦 前編④
五百対一。いや、千対一か。
先頭の大槌隊と長槍隊の間に挟まる様に、歳久は笑いながらこちらを見ている。
その隣には縛り付けられた男がひとり。
蓮の紋が入った足軽用の甲冑を身に付け、足元には金属バットが転がっている。
「す……すまねぇ……姉御」
「まったくもう……、世話かけさせるんだから」
捕まっている男の目からはボロボロと涙が溢れている。
捕まってから酷い事をされたのだろうか、それとも悔しいから泣いているのだろうか、それは私にはわからない。
だが、状況的に本当に泣きたいのは私の方だということを今は理解してもらいたい。
経緯はこうだ。
歳久が城から出る際に私を馬鹿にするような発言を愛姫隊に向かって言ったそうだ。
それで頭にきた兵のひとりが門から飛び出し、歳久に襲い掛かろうとしたが捕まってしまった。というわけだ。
とはいえ、たかがひとりの為に、たかが足軽ひとりのために私が助けに行くなど馬鹿げている。
と、誾千代や喜多は私を必死に止めたのだ。
でも、分かって欲しい。
いくら育ちが悪くても、罪を犯した囚人兵でも、私にとってこの世界での数少ない最初の舎弟達なのだ。
どうであれ、その舎弟が今助けを求めている。
ならどうにかするのが頭の役目ではないか。
「オイオイ、笑ってる場合じゃねーじゃんよ。今の状況理解出来てるのかよ、おん?」
「分かってるからこうして私が出て来たんじゃない。ホラ、さっさと私の仲間を解放しなさいよ」
「あ?」
「私が出て来たんだから、もうソイツには用ないでしょ。だから解放してあげてよ」
クククッ、と歳久が笑い始める。
それに釣られ周りの島津兵達も笑い始めた。
「ハァ……腹痛ぇー。オメーの頭ん中、マジでどうなってるじゃん。大将がたったひとりの足軽を助けるために単身敵軍の前に来るとか聞いた事ねーじゃんよ」
「そうなんだ。私からしたら当たり前の事なんだけどねー」
「当たり前? オメーの当たり前ってのは捨て駒ひとつに命を賭ける事なのかよ、あん?」
「捨て駒?」
「あぁ捨て駒よ。足軽ってのは、いわば数合わせみたいなもんじゃん。多ければ多い程良い。敵軍には頭から突っ込んで、時には主の盾となる。それが足軽……捨て駒の役割じゃんか」
「…………」
「それをたったひとりの捨て駒を回収するために大将がノコノコ出てくるたぁ……オメー等どんだけ兵がいねーんだよ、ハハ。これを笑わずにいられるかっての!」
そう言って、再び笑い始める歳久。
「それになぁ勘違いすんじゃねーぞ? ここにいる兵共はそんなこたぁ分かってんだよ。自分達が捨て駒だって事は重々承知の上で付いて来てるんだからよ」
「??」
ここにいる島津兵の……歳久を囲む兵達のほとんどが納めている土地の農民、または農民上がりの地侍達だ。
彼らも好きで農業をやっているわけではなく、生きるために農業をやっている。
だが、より豊かに生活をするためには農民ではやっていけない。大名や国主に認められ、位を授からなければならない。
そのためには戦で武功を上げる、それがこの時代での最短ルートなのだ。
だから彼らは進んで戦いに臨んでいる。
捨て駒になる覚悟で自分に従っているのだ、と歳久は言う。
「それに対しオメーはなんだ? 仲間? 当たり前の事? ままごとやってんじゃねーぞ! あぁ……そういや天下を決める戦を始めるんだったなぁ。ハハ、弱小国は夢だけはおっきいじゃんよ!」
ハハハ、とつられて周りの兵達も笑い出す。
すると、捕らわれている愛姫隊の囚人兵が口を尖らせた。
「姉御を笑うんじゃねー!」
「あ?」
「俺はなぁ……姉御の強さと、元囚人だろうが関係なく仲間のひとりとして扱ってくれる寛大な心に惚れてんだ! 農民を都合の良い道具と見ているお前等と一緒にすんじゃねーぞ!」
「…………」
っち、と顔を歪ませながら舌打ちをする歳久を見てか、島津兵のひとりが愛姫隊の男の腹を殴る。
「うごぉぉ――⁉」
「ギャーギャーうるせーじゃん。オメーはそこで惚れた女が串刺しにされるところを見てればいいじゃんよ」
歳久の指示で、私を六人の槍兵が囲む。
穂の部分を突き立て、何処にも逃がさないよう四方八方いつでも刺せるような態勢を取る。
私が全くの無抵抗だったの見て勝利を確信したのか、歳久に再び笑みが戻る。
これから起きる惨劇が恰も自分が予想していたかのように、自分で描いた物語のように自信に満ち溢れた表情をする。
「女をこんな形で処刑するのは俺の趣味じゃーないが仕方ないじゃん。オメーはここの大将、女だろうと戦場じゃ関係ねぇ。島津に喧嘩を売った時点でオメーはここで死ぬのよ」
「…………」
「ホラ、最後に言いたい事あるんじゃねーか? キリシタンでは懺悔って言うんだっけか。ホラ、やれよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「……っち、つまんねー。もういいじゃん」
やれ。
歳久の指示と同時に冷たく、尖った穂先が肉を……貫いた。
「ほげっ?」
貫いたのは自身の身体。
槍兵達はお互いの身体同士を、対面上にいる味方の身体を貫いたのだ。
そして私は交差した六本の槍の柄の部分に乗り、馬鹿面の六人を見下ろす。
ようやく状況を吞み込めたのか、槍兵の顔は真っ青にした。
ただし、既に手遅れだけどね。
「ギャァァ――!」
必死に槍を引き抜こうとする島津兵。しかし、抜きたくても槍が抜けない。
上手く絡み合った六本の槍に私が全体重を掛けているのだ。簡単には引き抜けまい。
ひとり、ふたりと刺さり所が悪く倒れていく島津兵達。
そして数秒と経たないうちに、六人全員が私にひれ伏すように顔から倒れ込んだ。
「――なっ⁉」
「ホラホラ、次は誰? 武功を上げたい奴からかかって来なさい!」
今度は身体がひと回り大きい、そこらの足軽兵とは違う男が立ち塞がる。
「歳久様、この女別に殺さなくてもよろしいんで?」
「……ん? 何が言いたい?」
「よく見たらこの女メチャクチャ美人じゃねーですかい。殺すなんて勿体ない、取っ捕まえて楽しみましょーぜ。奥州の女なんて中々手に入りませんよ!」
「……ったくテメー等は。まぁ確かに生かしておけば何かの役には立つか……。フン、好きにするじゃんよ」
グヘヘ、と身の毛がよだつ笑みを見せながら近づいて来る大柄の島津兵。
武器は持っていない。しかし、その身体からは力自慢であることが見て取れる。
興奮を抑えきれず、両手を広げ、私を捕まえようと突っ込んで来る。
私には武器が無いと、明らかに油断している。
「キャベ――――!」
カキーンという音と共に大の男が宙を舞う。倒れ込んだ時には男の意識はもう無い。
腹には大きな鉄の棒で殴られた跡がクッキリと残り、専用の甲冑は粉々になっている。
「――――次っ!」




