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第二次耳川合戦 前編③

「へー……、ほー……、ふむふむ……」


 ジロジロと、まるで珍しいものを観察するように、歳久は笑みを浮かべながら私と誾千代に視線を送る。

 私達は歳久を城の中に入れてしまったのだ。


 そもそも、話し合いの場を設けようと勧めてきたのは誾千代だ。ただし、条件付きで。

 それは城内に入れるのは歳久のみ。家臣やお付きも一切駄目、ひとりなら話し合いをすると、一方的な条件を提示したのだ。


 見え見えの罠、島津側からしたら危険すぎる条件に私も誾千代でさえ条件を呑むとは思わなかった。

 しかし、島津歳久はその条件を呑んだ。あっさりと。


 だからこの漢は……今ここにいる。


「ハハハ、マジで女が大将やってるじゃんよ。大友ってそんなに人不足なん?」

「貴様……姫様達に向かってなんて口を!」


 喜多が槍を歳久の首元に突き付ける。

 それでも歳久は眉ひとつ動かさず、眼だけで喜多を見た。


「オメー……強ぇじゃん。見ればわかる。だが、九州(この辺り)の女じゃねーな。俺はここだけの情報なら誰にも負けない自信があるじゃんよ」


 トントン、と歳久は自分の頭を人差し指で突く。


「その情報の中にオメーのような女はいねぇ。……となると、オメーは九州より外から来た武女って事になるじゃんよ」

「――⁉」


「当たり……か。それじゃあさっき姫と呼んだこの女はオメーと同じく外の姫様になるじゃんな?」

「――あっ!」


 こうもあっさりと私達の正体を見破った歳久。

 流石は島津家の智将。相手の言葉、表情の隙を見逃さない鋭い洞察力だ。


「ち、違います! 姫様というのはこちらの――」

「バーカ! こいつは立花道雪の一人娘、立花誾千代じゃん。オメーがコイツのお付きならとっくに情報は入ってるじゃんよ。……ん?」


 何かに気付いた様子の歳久。

 喜多の着ている着物をマジマジと、目を細めて観察する。


「仙台笹に二羽の雀紋……、最近どっかで聞いた家紋じゃん。どこだっけ……」


 次に歳久は私を見る。

 そして、ニヤリと不敵な笑みを見せた。


「巨大な蓮紋……。そういや最近、奥州の方でそんな紋印を背負った女が暴れ回ってるって噂になってたじゃん」

「…………」


「ああ、思い出した。たしか仙台笹は伊達宗家が最近使いだした家紋じゃん。それじゃあオメーは……」

「正解。伊達の最強美少女、第六天魔王をもが恐れる愛姫様とは私の事よ!」


「いやいや、最強とか第六天魔王とか大袈裟すぎるって。そこまでは噂になってねーじゃん」


 ないない、と手を横に振りあっさりと否定された。悲しいなぁ。

 丸森城の奪還に一役買ったとはいえ、ちっぽけな国内の功績ではまだまだということだ。


 天下統一。覇道の道険し……である。


「……それで?」

「ん?」


「それで何で伊達の姫様が大友なんかの味方をしてるじゃんよ。オメー達にはこの戦関係ねーだろ」

「関係大アリだから……って言ったら?」

「ああ?」


 私は例の起請文(きしょうもん)出すように喜多へ指示を出す。

 喜多は歳久にも見えるように預かっていた文を広げる。


 そこには伊達と大友が同盟を結ぶ内容がズラリと書かれていた。


「はあ? なんだこりゃ⁉」


 右から左へ、起請文に書かれた内容を何度も読み返す歳久。

 そしてやっと理解出来たのか、次は誾千代の方に視線を向ける。


「何だい歳久、そんなに睨んで。もしかして……アタイに惚れたのかい?」

「ああ?」


「よしとくれよ、アタイはこう見えて一応人妻なんだ。そんな熱視線を送られてもご要望にはお答え出来ないよ」

「勘違いも度が過ぎるとこっちが恥ずかしくなるじゃんよ、タコが。それに俺はこれくらいデカくないと燃えねーし、成長の止まったオメーの身体じゃ俺を満足させられないじゃん。諦めろ、諦めろ」


 巨乳と呼ばれ恥ずかしがってはいるが、まんざら悪い気はしていない喜多。

 確かにハリがあって、大きくて、理想な色気のある胸をしている。私も喜多までとは言わずとも、いつかアレぐらいに近づけるのだろうか。


 反対に煽り返された誾千代は歯を食いしばりながらなんとか堪えている。

 ここに私達がいなかったら即刻刀を抜きそうな、そんな雰囲気だ。


 誾千代は顔も整っているし、身体もスレンダーでモデル並みの体型。日々のトレーニングで身体もバランスよく動かしているし、無駄な肉が付いていないのは女の鏡と言っていい。

 しかし、天は二物を与えなかったようだ。


 誾千代の胸のサイズはお風呂で見た感じエー、良くてもエー寄りのビーだった。本人は気にしている感じはなかったのだけど。


「はあ? 胸なんてない方が良いんだよ! むしろ戦闘じゃ邪魔になるだけだから、逆に大きかったら切り落としたいくらいさ!」


 胸なんてない方が良いんだ、と反論する誾千代。

 流石は雷神と呼ばれた道雪の娘なだけある。言ってる事滅茶苦茶カッコイイじゃん!


「めーごー? アタイ達は十代だからまだ大きくなるよね? 愛は兎も角、アタイは少し成長が遅れているだけだよね? ね?」


 ええ……。凄く気にしてるよ、この娘。

 そんな闇落ちしたような、据わった目で私を見ないでほしい。

 

 じゃあさっきまでの気迫はなんだったんだ。私の感動を返せ。


「……胸の話は後にしろじゃん。それより立花誾千代、オメー等……大友が伊達と手を組むとはどういう事じゃん?」

「どうって……、そのまんまの意味だよ」


「馬鹿か、伊達ってのは奥州の大名だぞ⁉ そんな遠くの国と同盟を結んでオメー等に何の得があるじゃん⁉ それに――」


 歳久は起請文に書かれていた後半の部分を指差す。


「『伊達が天下を決める戦を始めた時、大友は伊達の援軍として加勢せよ』とは何の事じゃん⁉」

「それこそアタイじゃなく愛に聞きなよ。内容の取り決めは宗麟様と愛で行ってたんだから」


 歳久は私に誾千代と同じ質問をする。

 しかし、それについては答える事が出来ない。


 何故なら、私でさえ天下を決める戦がいつになるのかわからないからだ。

 当然、私の曖昧な答えに歳久は顔を歪めた。


「おちょくってんのかテメーは……」

「おちょくってなんかないわ。相手が秀吉なのか家康なのか……はたまた違う奴になるのかは私にもわからない。だけど、今の伊達には天下を揺るがすほどの力はない。だから仲間が必要なのよ。いつか来る天下分け目の大決戦で共に戦ってくれる仲間……がね」


「そ……そんな事のために、オメー等はここ(九州)に来たって事か?」

「そんな事とは失礼ね! 私はね、マジで天下狙ってる。二番目、三番目なんて興味ない。やるからにはナンバーワン、オンリーワンじゃなきゃいけないの! そのためなら、私は仲間集めだろうが、武器集めだろうが何だってやってやるわ!」


「…………」


 歳久は無言で起請文を巻き、元通りにし喜多へ返却した。

 そして、その場からゆっくりと立ち上がる。


「どんな馬鹿がいるかと思ったら、とんだ大馬鹿姫だったじゃん。降伏は……もちろんしないんだろう?」

「あったり前じゃない! 攻めて来るつもりならいつでもどうぞ!」


「……馬鹿が、()()()()()()()()()じゃんよ」


 そう言い残すと、歳久はその場を離れて行く。

 周りが敵だらけなのにも関わらず、堂々と……警戒する事もなく城から立ち去って行った。


 戦は既に始まっている。

 その言葉の意味は歳久が城を立ち去ってからすぐに効果を現した。


「た、た、た、大変です!」


 ひとりの守兵が突如部屋に入って来た。

 そして何が起こったのか。その内容を聞いた時悪寒が身体中を走ったが、それでも私の身体は当然のように動き始めていた。


「どこ行く気だい?」


 腕を伸ばし、私の進路を塞ぐ誾千代。喜多も同様に、私の進路を塞ぐ。


「私が行かなきゃ……。そこ、どいて」

「馬鹿! 愛、アンタ死にたいのかい⁉」


「私が行かないで誰が行くのよ?」

「愛の気持ちはわかる。でも誰が行く、行かないの問題じゃない! 歳久のやり方は気に入らないが、誘ってるんだよ。アンタを!」


「わかってる。危ないのは重々承知だし、罠だって事も理解してる。だけどね……、私は舎弟を簡単に見捨てられるほどやわな精神は持っていないのよ」

「あれは元罪人だよ! 巡りに巡って今天罰が降りたんだ。自業自得なんだ。だからアンタが助けてやる義理はないんだよ!」


「……でも、今は私の舎弟だから」

「――――!」


 育ちが悪いとか、犯罪人とかは関係ない。

 私は分かっいてそいつらを檻から解放し、自分の手駒としたのだ。ならそれらが起こした行動の責任は私がとらないといけない。


 舎弟の問題は私の問題。部下の失態の尻ぬぐいは上司の務めなのだから。


「――ごめん」


 そう言い残し、私はふたりの制止を搔い潜り、歳久の待つ西門前に単騎で乗り込んだ。


「ハハ、本当に来るなんてなぁ。オメーマジ者の馬鹿じゃん!」

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