第二次耳川合戦 前編②
「これで……最後っ!」
「う、うぐ……!」
城内で抵抗する最後の守兵を蹴り上げる。
状況を不利と感じてか、降参する者や脱走する者が多い。おかげで城内の損傷は少ないし、無駄な犠牲を出さなくて済んだ。理想的な勝ち方ってやつだ。
それもこれも、全てずんのおかげだ。
彼女が本丸までに続く門を全て壊れやすいように細工をしたおかげでスムーズに攻略する事が出来たのだ。後でご褒美でもあげるか。
「やりましたな! これでこの城は我々の支配下ですぞ!」
パチパチパチッ、と拍手をしながら私の下に歩いて来るのは牛幻だ。その後ろからは他を制圧していた喜多や左月が続いて歩いてくる。
皆怪我など一切していない。良かった良かった。
「姫様、ここに居られたのですか! 喜多の側から離れないでくださいとあれ程――」
「そうですぞ、姫様! 露払いはこの爺にお任せくださいませと何度も申しておりましょうに! もしもその身に何かあったらどうするつもりで――」
全然良くなかった。
喜多や左月の側を離れ、誾千代と共に奥へ奥へと進んだ私に、喜多と左月からガミガミと釘の雨が降り注ぐ。
「まぁまぁそんなに怒らないでよ……。私って愛姫隊の大将でしょ? だから……皆の先頭に立って指揮を上げるスタイルってやつ? ホラ、相馬義胤だってそうしてたじゃん。『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』、かつてドイツの指導者ビスマルクもそう言ってたのよ」
「……でしたら今回の姫様は前者です。いいですか、先頭を走るというのは非常に危険なのです。それにここは敵の根城。伏兵がどれだけいるのか分かりませぬ故、慎重に動いてもらわねば困りますよ」
「じゃ、じゃあ義胤はなんだっていうのよ。アイツの部隊は皆気合入ってたよ」
「あれはただの馬鹿です。姫様は真似してはなりません」
どストレートに義胤の戦術を否定する喜多。どうやら左月も同じ意見のようだ。
確かに大将が先頭に立つとそれに続かないといけないため味方の士気は段違いに上がる。
だが、それは本来捨て身の戦法。
危険度が格段に上昇するため、ほとんどが玉砕覚悟の敗将の行う最後の策として用いられると左月は言う。
「ハイハイ、説教は後にしな! そんな事より今はこれからの動きについて再確認しないとじゃないのかい? そうだろ、牛幻」
牛幻はコクリと頷いた。
「そうですね。想像以上に早く高城を落とせたのは良かった。我々別動隊は補給が済み次第山田有信の挟撃に向かいますので、愛姫隊と誾千代隊はこのまま籠城の準備に取り掛かってください。特に門の修繕は急がせてくださいね」
「そんなに損傷が酷いの?」
「いえ、閂が少々曲がっているだけですので一刻も掛からないと思います。ただ、小丸川を渡った先にある財部城には城主・川上忠智の代わりとして入っている落合兼朝、そして城主不在ではありますが佐土原城からも動きがありそうな頃合いですから」
門の件承りました、と喜多が早速数名の兵を連れてその場を去っていく。
「松尾城攻めの部隊が今どうなってるとか聞いてる?」
それについては先ほど早馬で知らせがあった、と牛幻は言う。
松尾城攻めは順調に進んでおり、抵抗はあるものの落ちるのは時間の問題。牛幻の部隊は予定通り挟撃策でここから北上する。
すると、ひとりの兵士が牛幻に近寄る。
どうやら部隊の編成と補給が完了し、いつでも出発出来るという報告に来たようだ。
「では愛姫様、誾千代様。我々は出発します故、後の事はお頼み致しますよ。それと……」
「わかってるって。何があってもここを出なきゃ良いんでしょ?」
「そうです。ここまで言えば流石にわかりますか」
「わかるよ。全く……私って本当に信用されてないのね」
「い……いえ、決してそういう訳ではないのですが、何というか……嫌な予感がしましてね。私の勘、結構当たるんですよ」
それを巷では信用してないというのだが。
だが、それだけ敵に囲まれた状態で外へ出るというのは危険だということだ。ここは変な風に捉えないで念入りの警告だと心に留めておこう。
そして補給を済ませた牛幻達は、山田有信の挟撃へ向かうために高城を出発した。
――――――――――
牛幻達が高城を出発して丸一日が経った天正十二年(一五八四年) 三月二十五日。
高城に戦況を大きく変える知らせが複数届く事になる。
ひとつは沖田畷での戦で早くも決着がついてしまった事。
結果は有馬・島津家久連合軍の勝利。龍造寺軍の総大将・龍造寺隆信は島津家久の『釣り野伏せ』に見事引っ掛かり、退却時に泥沼へ足を突っ込み動けなくなったところを仕留められたようだ。
これは龍造寺隆信の権力支配が強かった龍造寺家の崩壊を意味する事となり、嫡男・政家が島津に下る事で島津側は龍造寺の支配国を丸々得る事となるのだ。
ふたつめは島津義弘、島津歳久が日向国に向けて動き出した事。
龍造寺隆信が討たれた事により肥後にいた龍造寺軍が撤退を開始。上からの脅威が無くなった事で義弘が動けるようになり、兵三千を率いて北東に進軍を始めようとしている。
歳久は高城が攻撃された事で先に動いていたのか、現在は高城近くの財部城を拠点にしているとの事。城内は慌ただしいため、近々高城を包囲するために今日には高城へ向けて出発するかもしれないそうだ。
みっつめは包囲していた松尾城を落とせた事だ。
城内に城主・土持高信の姿は既になく、守兵達の話によると一足先に抜け穴から脱出した後だったようだ。
これにより大友軍は松尾城に兵を残し、そのまま南下を開始。
既に松尾城と高城が落ちた事を知った山田有信は海沿いを南下している模様。おそらく財部城にいる歳久の部隊と合流している可能性が高いとの事だ。
「りょーかい。もう下がっていいわよ」
「はっ。それともうひとつ、城内に捕らえている島津兵共は如何なる処分に?」
「えぇ……まだいたの? 動ける奴は皆逃がしちゃっていいよ。ただし、武器は置いて行けって伝えて」
「見逃してよろしいので?」
「うん。あーそれと出て行く時におにぎりでも持たせてあげて。飢え死にでもしたら可哀そうだし」
「は、はぁ」
状況報告を終了した誾千代隊の兵士がこの場を去る。
それと入れ替わるように誾千代が部屋に入って来た。
「何かあったのかい?」
私は誾千代に先程の兵士が報告してきた内容を伝える。
「……なるほど。ここまではアンタ達の計画通りだね。だけど……」
誾千代は少し困ったかのように腕を組む。
「あまりにも早いよ」
「そうね……。まさか私も一日で決着がつくとは思わなかった」
歴史の中で、一日で決着がつく戦はいくつも存在するだろう。
しかし、一般の人間が考えそうな戦のイメージとは基本長期戦をイメージする。わたしだってそうだ。
現に、伊達と相馬の戦はまだ続いている。今年で丁度三年目だ。
毎日戦っているわけではないものの数回に分け、場所を変え、日時を変え戦は行われている。それが普通だと思っていた。
「肥前の熊の事だ、数に任せて舐めてかかったんだろうね。いい気味さ」
「通り名は強そうだけど」
「名前通りの漢さ。好きなのは酒と女、それ以外は自分の腹を満たす食料としか見ていない。側近の鍋島が政を調整してるから良いものの、それでも独裁的な悪政だからね。まぁそのせいで今回の戦に発展したんだろうけど。所詮は本能に従う獣だったというわけさ」
「酒池肉林……、三国志で例えるなら董卓ってところかしらね」
「とうたく?」
何だいそれは、美味しいのかい? と、誾千代が聞く。
食べ物ではないし、食料に例えるあたり誾千代も中々人の事を言えないと思った。
でもまぁ、いきなり董卓なんてワード出してもわからないか。流れ的にそう解釈してもおかしくはない。
私は首を横に振って食料ではないと否定する。
「あ、姉御ー!」
龍造寺隆信の話をしていると、豚丸が慌てて入ってきた。
息が荒く、随分と焦ったような表情をしている。
「豚丸……どうしたの? そんなに慌てて」
「き、来たんだ! 歳久の軍勢がついに来たんだブヒー!」
慌てて外を確認する私と誾千代。
四方八方、四面楚歌。高城は推定五千を超える兵達によって包囲されつつあった。
「もう来たんだ……」
「伝令兵の内容はあくまで昨日までの話だからね」
「そっか……そうだよね……」
電話やネットが無い時代、人や馬が走って状況を報告するのだ。むしろ一日前の情報なら早い方、遅い時は数か月掛かる事もザラだ。
現代用語で言えばラグだらけの世界。そんな世界で私は情報処理をしなければならないのだ。
「姉御……、それと報告はもうひとつあるんだブヒ」
「な、何⁉」
「実は島津軍からの使者が既に城門前に来てるんだけど……」
「――‼」
この場合の使者は、投降を促すように派遣された使者の事だろう。
だが、会う必要はない。牛幻には大友軍が援軍に来るまで籠城しろと言われているからだ。
「投降は出来ない。帰ってもらいましょう」
「い、いや……それが……」
歯切れが非常に悪い。
豚丸にしては珍しい。何か予想外の者が来たみたいに焦っている。
「何だい豚……、ハッキリと喋りなよ」
「そ……その使者なんだけど。と……歳久、島津歳久本人が来てるんだブヒ!」




