第十四話 第二次耳川合戦 前編①
「姉御ー! 待たせてすまねぇー、やっと集まったブヒ!」
天正十二年(一五八四年) 三月二十三日。丹生島城近郊の港。
松尾城攻めの部隊とは別行動の私達は日没……夜襲と同時にこの港から日向灘に入り、明日の早朝に手薄となった高城を襲う計画となっている。
今ここには誾千代隊の兵だけで千はいる。
立派な武具に戦慣れしたような面々。伊達の兵達とはまた違った、九州男児らしい独特のオーラが出ている。
しかし、そんな屈強な兵士達が顔色を変え、身体を避けるように道を開く。
豚丸を先頭に異様な空気をさらけ出す、数として二百近くの集団が私の前に現れた。
「うんうん、皆良い感じじゃない! とても半年前まで囚人だったとは思えないわ」
「思ったより武器の作成が遅れちまって……。でも、姉御が注文した通り何とか作り終えたブヒ」
その独特の雰囲気に皆が驚くのも無理はない。
私の前に現れたのは牛幻と一緒に牢屋へ入れられていた元囚人達。
それが今では髪の毛や髭を整え、ボロボロだった服から蓮の紋が入った武具を身に纏っている。
姿の変わりように驚く者が多い中、特に皆が見ているのが背中に背負っている武器である。
鉄で出来た棍棒……を少しスマートにして持ち手にグリップを付けた物。
皆からしたら珍しいのかもしれないが、私からしたら親の顔より見た物なのだ。
特注とはいえ、私の要望をここまで再現してくれるとは……。
日本の物作りに対する魂を感じる。……凄い!
「……ちょっと待ちなよ。豚、アンタ達が背負っているその鉄の塊は一体なんだい⁉」
「誾千代の姉御も見るのは初めてブヒか。これは愛の姉御曰く、『金属バット』っていう武器らしいブヒ」
「き、金属ばっと……?」
物珍しさから金属バットを手に取り、刀のようにブンブンと縦に振る誾千代。
本当は横に振る物なのだが、喧嘩ではどこから振っても構わないと思うのであながち間違ってはいない。
「見た目に反して随分と軽いんだね……。これ本当に同じ金属で作られているのかい⁉」
「ああ、これ中が空洞になっているブヒ。それで少しでも重さを減らしているんだブヒ」
へぇー本当だね……、とバットの芯部分をコンコンと小突く誾千代。
「面白い武器だけど……これじゃあ相手を切れないじゃないか」
「切る必要なんてないわ。刀だろうが、鎧だろうが、人間だろうが叩いて砕く。それが愛姫隊のモットーだから」
「まぁこの武器なら何でも砕いちゃいそうだね。だけど、殺傷能力としてはいまひとつ……かな。やっぱり戦場じゃ刀が良さそうだけど……」
「いーのいーの、相手を動かなくすればそれだけで十分。私は別に殺人をしたいわけじゃないからね。それに相手の兵士達だって好きで戦に参加してる人ばかりじゃないでしょ? 生きてたら生きてたで全然構わないよ」
なんだいそりゃ。
と、誾千代は呆れた顔で私に言った。
「不殺の心構えは立派だけどさ。愛、その甘さは捨てないといつか後悔するよ」
「……そうかなー?」
「そうさ。腕を切り落とそうが、脚を砕こうが、心が砕けてなければ奴らは口に咥えてでもアンタを殺しに来るよ」
「そしたらその口も砕いてやるわ!」
「……強情だねぇ。だけど、そんな所が愛らしいのかもね」
好きにしな。
誾千代はそう言ってその場を去って行く。どこか腑に落ちなそうな表情だったのが気になるが……。
ポンッと私の肩に大きい手が触れる。
「気にする事ないブヒ。ここにいる奴等は皆、姉御の度胸に惚れ込んだ連中ばかり。相手が島津兵だろうが、姉御には絶対に指一本触れさせねーブヒよ」
「そんな事言って逃げないでしょうね? 退くなら今のうちよ」
「退くならとっくに退いてるブヒよ。姉御に惚れ込んだその日からこの命、既に姉御に預けてあるブヒ。それは兄者も同じだと思うブヒ」
「……あっそ。じゃあ最後まで共をして、私の勇士を目に焼き付けなさい! それと……いつまで肩触ってんの? それセクハラよ」
セクハラの意味が理解できたのか、焦った顔で私の肩から手を放す豚丸。
冗談で言ったつもりだったのだが……、いちいち反応が面白い奴だ。
そんなこんな豚丸と話していたら船の上で喜多が私達を呼んでいる。
既に出発の準備が出来たようだ。
急いで船に乗り込む私と豚丸。
そして船は日没と同時に暗闇の海をゆっくりと進んで行く。
――――――――――
天正十二年(一五八四年) 三月二十四日。決戦当日の朝を迎えた。
島原の沖田畷で龍造寺軍と有馬・島津家久連合軍が衝突する中、日向北の縣では大友軍が前日の夜に土持高信が籠る松尾城を包囲。
想定外の出来事に焦った高信はその日のうちに、一番近い高城城主・山田有信に援軍の早馬を飛ばした。
おかげで夜だというのに高城には灯りが多く燈り、城内は慌ただしい雰囲気のまま早朝を迎える。
「姫様、あれは⁉」
「ん?」
喜多の指差す方を確認すると、松尾城から狼煙が上がっているのがわかった。
あの狼煙は松尾城を攻めている部隊から山田晴信の部隊が確認出来た合図だ。
「よし、予定通りね。全軍このまま南下! 一気に高城を落とすわよ!」
狼煙が上がった事で、海上に待機していた私の部隊二百と誾千代隊千はそのまま南下。
程よい陸地に船をつけ部隊をまとめると、そのまま高城の西門側に兵を集結させた。
「高城……、この城って入り口がひとつしかないのね。どうする、宗麟自慢のフランキ砲でも使って一気にぶち破っちゃう?」
「ダメだよそんなの! ここはアタイ達が籠城に使う城なんだよ。門なんかぶっ壊しちゃったら、それこそ後から来る島津兵が入りたい放題じゃないか」
「それも……そうだね……」
私と誾千代がどうしたものかと悩んでいると、牛幻が口を開く。
「いえ、このまま正面から突っ込んでください」
「ええっ⁉ このまま⁉」
牛幻の慈悲の無い言葉に誾千代は不満の表情を見せる。
「……アンタ正気かいっ⁉ いくら相手の守兵が少ないといえど、あの堅門を力攻めすると相当な被害が出るよ!」
「実は昨晩のうちに城門すべての閂に細工を施してあるんですよ。お打殿が上手くやってくれていればの話ですが」
「お打? それって愛の忍びの事かい?」
「ええ。昨晩高城内は援軍の準備で大忙しでしたので、それに紛れて閂が簡単に折れるよう細工をお願いしていたのです。最悪壊れなかった場合は内側から壊してもらえるようにお願いもしてありますよ」
なるほど、牛幻がずんを借りたいと言っていたのはそのためだったのか。
通りで今日は姿が見えないわけだ。
「愛の姉御、ここは俺達……愛姫隊に任せてくれブヒ!」
「豚丸……、まさかアンタ達が先頭を切る気?」
「ああ。俺達早く姉御に良い所見せたくてウズウズしてるブヒ。なーに、あんな門小細工なんてしなくても俺様の怪力で無理矢理こじ開けてやるブヒよ!」
拳で掌をバチンッと鳴らし、豚丸は気合を入れた。
牛幻が収容されていた牢屋の鉄格子を簡単に曲げるほどの怪力だ。確かにここは豚丸に先頭を任せるのが適任かもしれない。
それに周りの兵達も目をギラギラと輝かせ、早く戦いたいとウズウズしている様子だ。それなら任せてみるか。
「わかったわ。アンタ達、愛姫隊の恐ろしさ……高城にいる連中へとことんわからせてやんなさい‼」
オー‼ と、雄叫びを上げながら豚丸が兵五十を引き連れて高城の西門に向かって突進する。
それは獲物を見つけた野生の猪が如く。西門前にいる守兵を強引に弾き飛ばし、木製の西門に向かって突っ張りを開始した。
どすこーい‼ と、気迫のこもった声と共に一発で西門が開く。どうやらずんの細工は成功していたようだ。
「姉御――! お先に――!」
そう大声で私達に伝えると、続々と中に入って行く愛姫隊。
邪魔だ、どけオラー!
姉御に殺されたくなかったら降参しろ!
この蓮の紋が目に入らねーか!
などと予想外な物騒な声が聞こえてくるが、……まぁ元気があるということで。
「へー結構やるじゃないか! アタイ等も負けてらんないね!」
「呑気な事言ってないで私達も行くよ! 早くしないと美味しい所取られちゃう!」
豚丸を追うように全部隊で高城に総攻撃を開始する。
山田有信不在の高城は想像以上に脆く、門が突破された事で総崩れを起こし、ものの一時間足らずで落城するのだった。




