合戦前軍議 その一 島津編②
島津家当主 義久様。
まずは、当家のために海を渡ってまで援軍を出して頂いた事、誠感謝申し上げます。おかげさまで今年も何とか稲刈りの時期まで耐える事が可能となりましょう。
お礼と言ってはなんですが、書状と一緒に異国の商人から教えを受けた有馬特製『長崎かすてーら』を送らせて頂きました。
しっとり柔らかい生地に絶妙な甘さが癖になる一品となりますので、是非お茶と一緒にお楽しみください。追記、かすてーらの下に付いている底紙は取ってからお召し上がりください。
さて……話を戻します。当家が島津側に寝返った事を知った龍造寺が幾度と攻めて参りますが、現在は何とか持ち堪える状況。
それにしびれを切らしたのか、来年に隠居したはずの龍造寺隆信が直々に有馬攻めへ加わるとの情報を掴みました。その数なんと総勢二万五千以上になるとか、ならないとか。
そんな大軍の攻撃を当家がいつまで耐えられるか分かりませんが、逆に考えれば隆信を討つ好機となりましょう。既に家督を譲っている身とはいえ今でも絶大な影響力を持っている隆信です、ここで討ってしまえば龍造寺家は必ず崩壊するでしょう。
そうすれば、現在の龍造寺家の支配している地は全て島津の支配下に置けると言っても過言ではありません。
恐らく決戦地は島原になるでしょう。そのため、来年どうか龍造寺を討つための援軍を送っていただきますようお願い申し上げます。
有馬家当主 有馬晴信。
と、書かれていた文章を読み上げた家久。それと一緒に隣には細長い木箱が何個も積み重なっていて、筆字で長崎かすてーらと書かれていた。
「これが長崎かすてーら……」
「こちら側に寝返っているとはいえ、有馬は元龍造寺側の人間じゃん。もしかしたら毒かもしれねぇ、安全が確認出来るまで絶対に開けるなじゃん」
「……歳久兄様、既に手遅れかと……」
歳久が家久の指差す方に目を向けると、そこには既に長崎かすてーららしき物をバクバク食べている義弘の姿がいた。
「馬鹿! 言った傍から食べる奴があるか! 毒が入ってるかもって言ったじゃん!」
「ムグムグ……、いや毒は入っておらんわ。確かにしっとりしておるが、ちと甘すぎるのう。確かに書かれている通りこの菓子を一本食べるなら茶が十杯必要になりそうじゃ」
いやいや、どう見てもひとり一本食う量ではないだろ。と、同時に思う歳久と家久。
まぁ義弘の場合、既に木箱が五個近く開けられているのだが。どうやらこの巨体に一本は少なかったようだ。
「あーまぁ腹の足しにはなったわい。じゃが歳久、何故に龍造寺は有馬攻略に苦戦しておるのじゃ? 島津が兵を送ったとはいえ精々一千程度。今の書状の内容だと島原一帯も落とせていないという事じゃろう?」
「それについては義久兄に聞くのが一番良いじゃん。そもそも俺達は今日そのために呼ばれたようなもんなんだから」
「そうじゃ、今思えば兄者がおらん。義久の兄者は何処に行っておるんじゃ⁉ 呼びつけておいて本人がいないのはおかしかろう」
「ん、義久兄ならもういるじゃん。ほら、そこに……」
歳久は部屋の中に垂れ下がっている簾を指差した。
暗くてよくわからなかったが、三人の目が簾に向くと灯りが燈り、人影がうっすらと現れた。そのシルエットからは男なのか女なのかは判別出来ないが、名前が義久だけに男である事に間違いはない。
「なんじゃ兄者、そこにおったのか。いるならいるでいつまでもそんな所にいないでこっちに来て軍議に参加してくだされ。ホレ、甘ったるいが長崎かすてーらもたんまりあるでの」
「…………」
義久は簾の奥から出てくる気配は無い。それどころか首を左右に振る仕草をする。
「……兄者、どうしたんじゃ? もしや先に長崎かすてーらを食べ過ぎて腹でも痛うなったんか?」
「いやいや、義弘兄じゃないんだからそんなわけないじゃん。義久兄が姿を見せないのは昔からじゃん」
「む、そうじゃったか? あまりに久しぶりだったもんじゃから忘れてしもうたわ、ガハハ」
「おいおい、原因を作った本人が忘れちゃったじゃ困るじゃん。昔、義弘兄が義久兄を驚かせる事ばっかりしたから兄者は人前に姿を出す事が怖くなったじゃん。そのとばっちりで兄弟である俺達にも姿を見せてくれなくなったじゃん」
ああ、そうじゃったわ。と、義弘。
まるで詫びる事もないその態度に、義久と家久は呆れかえる。
「だから義久兄。兄弟三人揃ったから、そろそろ軍議を始めてくれじゃん」
「…………」
すると簾の隙間から数枚の紙が姿を見せる。内容は島津がとるべき細かい指示と九州一帯の絵図が描かれていた。
まず三人は現状を知るため絵図を広げた。
「なるほど。数年前まで有馬は龍造寺側だったものの、今は龍造寺隆信の悪政に耐え兼ねてこちら側に寝返ったんだね。それにしても『仲間なら納税しろオラー!』って……」
「肥前の熊と呼ばれ恐れられている隆信を表現するに合った言葉じゃんよ。むしろ熊語で書かれていないだけマシってやつじゃん」
「それで現在は裏切りを知った龍造寺から攻められているわけ……か。でも、確かに義弘兄様が言う通り龍造寺の動きは遅いね。何があったんだろう……」
疑問に思っていると簾から再び紙が。家久はそれを受け取ると納得した表情を見せた。
「そうか……、現在龍造寺の当主は政家。その正家の正室が有馬の娘なんだね。だから正家は有馬侵攻にそんなに乗り気じゃないんだ。そして息子のだらしない侵攻にしびれを切らした隠居中の龍造寺隆信が本格的に動きだした」
「まぁそういう事じゃん。当然だけど有馬の要請には答える。それで誰をうちから援軍に向かわせるかなんだけど……」
歳久がまだ喋っている最中にも関わらず、義弘は急に立ち上がる。
「ガーハッハッハ! そんな悩む事なかろう。有馬の援軍にはこの島津義弘様が行ってやるわ! おいの率いる島津兵はどこよりも強靭故、龍造寺兵など相手にもならんわ!」
義弘の余裕に歳久はため息をつく。そして……。
「義弘兄は駄目じゃん」
キッパリと義弘の提案を断る歳久。
それに対して義弘が床を叩き鬼の形相を見せる。
「何故じゃ、歳久! まさか貴様『鬼島津』と呼ばれたおいの力を、この鉄球のような上腕二頭筋が役不足だと言いたいんじゃあるまいな⁉ ムフー‼」
「お、落ち着くじゃん! 義弘兄を動かせないのにはそれなりの理由があるじゃんよ。いいから座ってもう一度絵図を見てほしいじゃん」
歳久は絵図の八代城を指差した。
「確かに八代城に入っている義弘兄を動かすのが手っ取り早いんだけど、そもそも肥後の北を制圧している龍造寺、東からは大友の侵攻を防ぐためにあえて義弘兄を置いてるじゃん。それが離れたとなると弱体化している大友は兎も角、龍造寺は確実に動きを見せるじゃんよ。それに……」
「なんじゃ、まだあるんか……。まだ続くようなら腕立て伏せでもしとるから終わったら教えてくれ」
「馬鹿、ここが一番重要じゃん! 有馬が本陣を置くであろう森岳城の近くは湿地帯が広がる特殊な土地。そんな所に義弘兄率いる脳筋集団が向かっても脚を取られて上手く動けないし、本来の力を発揮出来ないじゃん」
「む……、何だか少し馬鹿にされているようじゃが?」
「気のせいじゃん。だから義弘兄の部隊は八代城からは動かせないじゃん。壁役として龍造寺と大友に睨みを利かせているのがやっぱ適任じゃん」
「とーしーひーさー! お前やっぱり儂を馬鹿にしておるなぁー!」
「今回はわざとじゃん」
やいのやいのと喧嘩が始まりそうな雰囲気に、家久はため息を漏らす。
兄弟間の仲が悪いわけではないのだが、力任せの義弘に対し、歳久は謀を得意とする智将。部隊の動きが真逆のふたりはそもそも馬が合わないため衝突は日常的だった。
「ねぇ、喧嘩はやめてよ……。そんな事より結局島原には誰が行くのさ?」
家久の声が聞こえたのか、歳久が手を止める。
そしてニヤリと、家久の方を向いて微笑んだ。
「家久、お前が行くじゃん!」
「――ええ⁉ お、俺っ⁉」
突然の指名に声を荒らげる家久。
「なんだ、嫌なのかじゃん?」
「嫌じゃないけど……聞かせてよ。義弘兄様や歳久兄様よりも劣る俺の軍を選んだ理由……」
「はぁ……あのなぁ家久、俺はお前やお前の率いる軍が俺達の軍より劣ってるなんてこれっぽちも思った事なんてないじゃん。むしろ今回の遠征はここにいる四兄弟でお前が一番島原の地で対応出来ると思っての選択じゃん」
「対応……出来る?」
「ああ。詳しくは後で話すが、お前のお家芸『釣り野伏せ』が一番効果を発揮しやすい地と言っても過言じゃないじゃん。だから家久、この作戦はお前にしか頼めないじゃん。それは義久兄も同じ考えじゃん」
「義久兄様も……⁉」
簾の奥で影がコクッコクッと首を縦に振る。本当に義久もこの作戦に納得している様子だ。
「じゃが、家久の抜けた佐土原城はどうする? 大友の侵攻にも対応せねばなるまい」
「これは義久兄とも確認した事なんだけど、多分大友の侵攻はないじゃん。アイツ等耳川での戦いで痛い思いをしているし、今も国衆らをまとめるのに苦労してるって話じゃん。大将不在って事にはなるけど、まぁ俺の部隊を佐土原城に預けるから何とかなるじゃんよ。ただ……」
「ん? ただ……何じゃい? まーだ何かあるんか⁉」
「い、いや、何でもないじゃん。そんなわけで今回は家久が大将じゃん! 軍法戦術に妙を得たり、そう評されたお前の戦術で龍造寺を搔き乱してくるじゃんよ!」
これにて島津側の軍議は終了、とお打はひとり四役のクソ忙しい芝居に幕を下ろした。




