第十三話 合戦前軍議 その一 島津編①
天正十一年(一五八三年) 十月。丹生島城内・伊達屋敷。
稲刈りのシーズンが始まり日本の情勢が落ち着きを見せ始めた頃、私は牛幻を屋敷に招き入れた。
理由はずんがようやく薩摩から帰還したためである。
「牛幻、そっちの進行はどう?」
「大方順調です。ただ目立った動きが出来ない為、兵站の準備と拠点の構築に少々遅れが出るかもしれませんね。年明けに雪が降らなければ良いのですが……」
「まぁその辺りは完全なる神頼みね。私の知ってる日本の九州ってほとんど雪が降らない地域なんだけど」
「確かに本州ほど多くはないでしょうな。そうそう、愛姫様のいた日本で思い出したのですが、またあのお話しの続きを聞かせてくれませんか?」
「あの話? あー『レッドクリフ』の事?」
「ええ。二十万の曹操軍を撤退に追い込んだ奇策や呉蜀連合軍の生き様を聞くだけでその場面が浮かび上がってくるのですよ。出来れば書物に書き残したい故、もっと詳しくその……れっどくりふ? とやらの物語を教えていただきたいのです」
いつも大人しい牛幻がめちゃめちゃ食いつく。
レッドクリフ。正式には『赤壁の戦い』と呼ばれた中国のお話であり、三国志時代の幕開けとなったお話でもある。
私のいた日本の話は皆に好評で、その中でも映画やテレビ、漫画の話は特に興味を惹かれるコンテンツだったようだ。
レッドクリフはその話した中のひとつでその中でも牛幻がこの話を気に入った、というわけだ。
「牛幻殿、今その話は……」
「ええ、勿論分かっていますよ左月様。ただの戯れです。今日お招き頂いたのは大方島津の状況が分かったのですよね?」
「それについてはここにいる姫様の忍び・黒脛巾組のお打が説明してくれよう。それともうひとつは……」
「はい。日向攻めについてはある程度策は完成しております。後は島津の状況を聞いて微調整するだけですね」
「うむ。それでは姫様、軍議の方を始めさせて頂いてもよろしいですかな?」
私は左月に首を縦に振った。
まずは島津の状況から説明した方が良いだろう、と思ったのでそこはずんにお任せする。
「じゃあここからはわちきが。分かりやすいようにその場を再現するので、ちょっと場所を借りるっスよ」
「再現?」
するとずんは一度姿を消す。そして再び現れた時にはとある漢になっていた、いや変装していた。
喉を触り「あー、あー」と発声を確認する漢。中身はずんなのだが、あまりの完成度の高さに皆言葉を失う。
「め、愛姫様……これは?」
「ずんは変装が得意なのよ。姿、形だけじゃなくて声もね。これで島津側の軍議を再現したいんだって」
「い、いや普通に話して頂けるだけで結構なのですが……」
「私も最初はそう言ったんだけど、そこはずんのプライドに反するらしいわ。まぁそこは本人がやりたがってるみたいだし、私達はミュージカル感覚でゆったりと観戦しましょう」
「み、みゅーじかる??」
そんな事を言っている間にずんによる島津側の軍議が始まる。
正確には龍造寺と島津・有馬連合軍の間で起きる史実の戦『沖田畷の戦い』前の軍議である。
――――――――――
少し遡ること天正十一年(一五八三年) 九月。薩摩国・内城。
今年の戦が終わる頃合いに合わせ、内城城主・島津義久は各城に散らばっている兄弟達を呼び寄せた。
「おお、義弘兄に家久も久しぶりじゃん! 長旅で疲れているだろ、なーんも無い所だけどゆっくり寛いで欲しいじゃん」
この語尾に「じゃん」を付ける癖のある漢は島津兄弟三男、虎居城城主・歳久。
内城に近い事もあり、先に着いていた歳久は後から到着したふたりを座ったまま出迎える。
「いや、おいはこの態勢で失礼する。普通に座ってはおいの下腿三頭筋が寂しがってしまうでのう」
などと言い、中腰でつま先立ちをしている髭を生やした筋肉質の漢は島津兄弟次男、飯野城城主・義弘。
今はとある理由から肥後国(現在の熊本県)の八代城に入っている。
「下腿三頭筋は通称ヒラメ筋とも言ってな。ここをしっかり鍛えておれば冷え性にも効果があると薬師の先生が言っておったわ」
「ひ、ヒラメ筋⁉ よくわかんないけど随分と美味そうな名前じゃん、なぁ家久」
義久の話しかけられコクリッと首を縦に振る漢は島津兄弟末弟、佐土原城城主・家久。
とても大人しそうな漢ではあるが、その正体は島津のお家芸『釣り野伏せ』を使いこなす策略家。その奇策は耳川の戦いで六万の大友軍を大敗北に導いた。
「あ……あの……いつも思うんだけど、義久兄様は何で俺をこんな大事な軍議に呼ぶんだろう。その……俺なんかいたら義弘兄様や歳久兄様の迷惑にならないかな……」
「あん? 家久何言ってるじゃん?」
「いや……俺ってその妾の子……だから。兄様達とは違って正式な……由緒正しい島津家の人間じゃないから……。だから邪魔なんじゃないかって……」
島津四兄弟の内、自分だけが母親が違う事にいつも悩んでいた家久。島津家当主である義久が正式な兄弟同等な扱いをするため、一門や譜代衆の中には納得のいかない者がす少なからず存在したのだ。
「はぁ……、お前まだそんな事気にしてたじゃん?」
「うん、まぁ……」
「昔、俺達で馬追に行った時、義久兄が言った事もう忘れたじゃん?」
「あ……」
こうして様々な馬を見てると、馬の毛色は大体が母馬に似てる、人間も同じだ。
と、歳久が言うと義久は「母には似るが、一概にそうとも言い切れん。父親にも似るだろうし、人間には心の徳がある。そして徳を磨けば親すら超えられる」と答えたそうだ。
「義久兄が生涯で一番喋った時かもしれないじゃん」
「アハハハ、そうかもね!」
「義弘兄は馬と並んで野草を食べてたから憶えてないと思うじゃんよ」
再びアハハハ、と笑う家久。歳久の兄弟自虐ネタがツボに入ったようだ。
「歳久め、おいを何だと思っておるんじゃ……。それに家久、そんな事を考えるのは運動不足のせいじゃ。ホレ、おいみたいに日々筋トレをして己を鍛えよ! 筋肉こそ正義! 筋肉 イズ ラブ! おい等兄弟の絆同様立派な筋肉を作りあげんかい!」
「ちょこちょこ異国の言葉が混ざっているけど……、義弘兄様が励ましてくれているのはなんとなくわかりました」
「鍛える事を異国では『とれーにんぐ』と言うらしわ。筋肉を鍛える、筋肉トレーニング、略して筋トレじゃて! ガハハ」
ちなみにラブは有馬晴信に教えて貰ったと義弘。
どうやらキリシタン大名の晴信は少しだけ異国語を話せるようだ。
「家久、俺達は母が違えど親父の血を受け継いだ立派な兄弟じゃん。うるさい奴がいたらお前のお家芸、実力で黙らせてやればいいじゃん。それでも駄目なら俺達兄弟を遠慮なく頼るじゃん」
「うん。ありがとう義弘兄様、歳久兄様! その時はよろしくね! ……ごめん、そろそろ本題に入ろっか。俺の弱音で話がそれちゃったみたいだし」
「あーすっかり忘れてたじゃん。これ……有馬から送られてきた書状じゃん。義弘兄が持つと破きそうだから家久、お前が読んでやるじゃん」
家久にフォローを入れ、義弘をイジった所で本題に入る島津兄弟。
家久は手渡された有馬からの書状に手を伸ばした。




