私の軍④
天正十一年(一五八三年) 六月。丹生島城内・伊達屋敷。
清掃が終わり一通り備品もそろった屋敷の一室に、私は牛幻を招き入れた。
豚丸も誘ったのだが「兄者と色々話してほしい」と言い残し、お願いしてもないのに喜多達の手伝いに向かってしまった。
遠慮したのか、随分と兄想いで気が利く弟だ。
「お招きいただき感謝致します」
「狭いけどねー。あっ、そういえばアイツ等の住む場所も借りないとダメだよね……」
「囚人兵達ですね。心配ご無用、彼らはとある方に一時的ですが匿ってもらいました。なんだかんだ元囚人ですし、領民同様の住処を全員に与えるってわけにもいかないですからね」
「なによ仕事が早いじゃない! ずんにも見習わせたいわー」
「たまたま顔見知りの方が近くにいましてね。渋々ですが昔のよしみで引き受けてくれました」
顔見知り……か。一体誰だろう。
それよりも私は牛幻にひとつ聞きたい事があった。
「ねぇ、あの囚人達って何者? 元寺の見習い僧とか?」
「ふふ、そんな風に見えましたか?」
見えない。どう見てもそこらにいる落ち武者や野盗崩れにしか見えないが、そのわりにはと仕草が様になっていたのだ。
見よう見まねのなんちゃってではない。長期間修行した、洗礼された僧のように見えた。見た目以外は。
「お察し通り、彼らのほとんどは賊徒ですよ。いや、元と言った方が正しいのかもしれないですね」
「??」
「牢屋って暇なんですよ。なので私が仏の素晴らしさを説いたのです。そうしたら皆あのようになってしまって……。そのたびに牢を変えられるのですが、気付いたらひとりにされていました」
ハハハ、と牛幻は笑った。
なるほど、それで牛幻だけ別の牢にひとりだけ入れられていたわけだ。
まぁ確かにチンピラみたいな奴等が揃いも揃って仏道の真似事なんてしていたら気味が悪い。牛幻と離したくなる看守達の気持ちがわかる。
「彼らとは外へ出たら一緒に寺を再建しようと約束しましてね。まさかこんなに早く好機が訪れるとは思っていませんでしたが」
「約束って……、アイツ等って元悪人じゃない。そんなの信じて良いわけ?」
「人なので道も外れましょう。信じる信じないではなく、私は彼らが正しき道に戻るための拠り所となりたい。愛姫様、悪人といえど民は宝であり力なのですよ」
流石は和尚、語る言葉が哲学的。
囚人だから戦いで死んでもいいだろう、などと少なくとも雑に考えていた自分とは違う。この漢は私より広い目で世の中を見ている、知っている気がした。
「ほほぉ……。随分と坊主のなりが様になっているではないか、牛幻」
すると私と牛幻の会話を遮るように、外から木製の車椅子に座った漢が入って来た。
誾千代の父・道雪だ。
「久々に会ったと思ったら百人近い兵を勝手に預け出て行きおって……。お前には親の心が無いのかのう」
「ど、道雪様⁉ い、いえ、そんな事は決して……」
牛幻の顔見知りの正体は道雪だったようだ。確かに兵百人を預かるとなればそれなりの権力者ではないと世話出来ないだろう。
それにしても道雪に頼んでいたとは。この牛幻という漢、一体何者なんだろう。
「おお、娘も一緒だったか。すまんな、勝手に屋敷へ押しかけてしまって」
「大丈夫よ。それよりふたりってどういう関係なの? 随分と親しげな感じね」
道雪は私の問いに答えるように、あっさりと牛幻との関係を教えてくれた。
牛幻の家系は元々大友の軍師・角隈石宗の家来として仕えていたらしい。
しかし、天正六年(一五七八年)に日向遠征の延期を宗麟に諫言したが聞き入れてもらえず、その後に起きた耳川の戦いで出陣した際に角隈石宗は命を落としこの世を去った。
そして、大友の大敗と主を失った事で一部の家来達が暴徒化。それは同時に宗麟にたてつく事を意味していたため、牛幻と豚丸の親父はふたりを無理やり出家させたようだ。
「弟の方は修業が厳しいだの飯が不味いだので、結局は寺から逃げ出してしまいましたがね」
「アハハ、確かにあの身体じゃ無理かもね」
牛幻は角隈石宗から軍法を積極的に学んでおり、将棋仲間だった道雪とはその時からの縁だそうだ。
その才能が素晴らしかった事もあったが、道雪は石宗の頼みで亡くなった後もふたりの動向を気にかけていたようだ。
豚丸が兄を助けてほしいと言った意味がよく分かった。
あれだけの囚人達を従えていたのを予想していたのかは分からないが、それ以上に軍師としてその力を活用してもらいたい。そういう事なのだろう。
確かに今の大友軍には軍師が不在である。牛幻がその役を買ってくれるなら助かるのだけど。
「残念ですが、私は宗麟様の下に付く気はありません」
返答はノーだった。
まぁ当然か。師匠や親を失い、自身の居場所である寺も壊されては流石に従う気は全くないようだ。
「ですが、愛姫様の下でしたら。それに手柄を立てていただかないと寺の復興も出来ませんからね」
「あっ……そっか。私達はあくまで伊達軍として動くわけだから大友傘下じゃないもんね」
「まぁそういう事ですね。なので聞かせていただけませんか? 愛姫様の言う喧嘩……とやらについて」
私の話は史実に則った、いわば確定済みのストーリーのわけだが、牛幻などこの時代に生きる者にとっては一国の姫が語る戯言に聞こえるかもしれない。
でも、それでも私は嘘偽りのない真実を牛幻に語る。真剣に、まっすぐに、一直線に牛幻の眼を見ながら。
「……なるほど。有馬が龍造寺の悪政に耐え兼ねている噂は度々耳にしていましたが、もはやそこまで話が進んでいるのですね。確かに愛姫様の言う通りに事が運べば、今の大友でも島津から領土を奪い返せるかもしれませんね」
「随分とあっさり信じてくれるのね」
「ええ。それらが予想であったとしても今の状況を考えれば少なくとも数年以内に戦へ発展するでしょうし、愛姫様が言う史実どうこうは一旦置いておいても着眼点は面白いと思います」
「そっか、そう言ってもらえると話が早いね。じゃあ残りは兵力不足か……」
「兵力不足?」
そう、今回の戦のもっとも肝心な所だと私は思っている。
宗麟に聞いた感じだと、集められても精々五千だとか。少ないかもしれないが、それだけ今の宗麟の求心力が低下しているの証拠であり、私が見誤っていた所。正直大友ならもっと集められると思っていたからだ。
ずんの調べだと島津は最大で六万近くの兵を集められるらしい。全ての兵を有馬の援軍にあてるわけがないので、実質島津の領内にはそれなりの兵が残る計算になる。
そう考えれば圧倒的に数が足りないのだ。
「五千……十分ではありませんか」
「へ? いやいや、五千と六万だよ……。二倍の戦力差ならまだしも、十二倍だよ? 麦わら帽子のオッサンがサイヤ人に勝つぐらい無理があるって」
「……さ、さいやじん? まぁ戦は兵数だけで勝負が決まるわけではありませんから」
「そうだけどさー。じゃあ牛幻は何で決まると思ってるわけ?」
「謀の数です」
牛幻は私にハッキリとそう言った。
「どんなに数が多くても、愛姫様の武勇がいかに素晴らしくても、謀はそれすら覆す。いわば戦のキモなのです」
牛幻は自信満々に、且つ冷静な口調で私にそう言うのだ。
それが師である角隈石宗の教えでもあると。




