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私の軍③

 私の我儘に多少ごねた誾千代だったが、これ以上は町中で私闘を行わない事を条件に大友家が保有する囚人場を案内してくれた。

 山壁を削ったシンプルな部屋に男達が十人以上、鉄格子を挟んで収容されている。それと同様の部屋がここには無数に存在し、それを看守する大友兵の数もそれなりに多かった。


 看守長に豚面の兄が収容されている部屋を聞く誾千代。

 ちなみに兄の名前は牛幻(ぎゅうげん)。元々の名前は牛鬼(ぎゅうき)という名らしいが、僧に入ってからその名を変えたらしい。


「あ、兄者ぁー!」


 私達はその牛幻が収容されている部屋に到着する。

 部屋の中には男がひとり座禅を組んでいた。陽が当たらないので少々暗いが、他には誰も見当たらなかった。


 鉄格子越しに兄を呼ぶ豚面。

 すると、奥で座禅を組んでいる男の瞼が開いた。


「……おやおや、その声は豚丸か」


 兄に牛の名が付いているならもしかして……、と思ったが弟もだった。

 そんな事を思っていると、奥に座っていた男が腰を上げる。そしてゆっくりと陽の光が当たる鉄格子の方に歩いて来た。


「お前ってやつは……。助けに来るならもっと早く来ても良かったんですよ」

「ご、ごめんよー兄者。俺場所は知ってたんだけど大友兵も見張りが厳しくて……」


「なるほど。ですが、無事で良かった。それに……どうやら訳アリのようですね」


 陽の光の前に男は姿を現した。

 身長や体格は一般人と同等。それ以外の特徴として頭は丸めており、寺のお坊さんが着ているような袈裟(けさ)を身に纏っていた。ホントまんまお坊さんである。


 そして一番驚いたのは、見た目が普通のお坊さんだった事だ。

 豚丸が豚に似ていた事で兄もそうではないかと期待していたのだが、残念ながらそこまでファンタジーな世界ではないみたいだ。


「……しかし、驚きましたね。貴方様は立花誾千代様じゃありませんか。何故こんな所に?」

「へぇ、アタイを知ってるのかい」


「勿論です。雷神と呼ばれた立花道雪殿の一人娘であり、今は立花山城城主・立花宗茂(むねしげ)殿の正妻。しかし、女性ながら九州武士顔負けの剣術使いであり、夫である宗茂殿も手を焼いているとかいないとか……」

「ふーん、坊主のわりには良く知ってるじゃないか。最後のは余計だけど」


「フフッ、僧とは意外と地獄耳なのですよ」


 牛幻は私の方に顔を向ける。


「ああ、この娘は――」

「知っていますよ。陸奥の大名・田村清顕(きよあき)の一人娘であり、奥州の若武者・伊達政宗の正妻である愛姫様……ですね」


 誾千代同様、何故か私の事も知っていた牛幻。

 相馬と戦中だけでなく、光秀が米沢城に入った事も知っていた。この和尚、いったい何者なんだろう。


 牛幻の弟・豚丸は開いた口が塞がらない。まさか自分が姉御と慕うふたりが一国の姫様だったのに驚きを隠せない、そんな感じだ。


「え? 姉御達そんな立派な方だったブヒか?」

「お前、まさか知らずにこの方々をこんな所に連れてきたのですか⁉ 呆れましたね……」


 はぁ……、と大きくため息をつく牛幻。

 

「まぁそれは一旦置いといて、豚丸だけならまだしも、何故おふたりをこんな野蛮な所へ?」

「ああ、兄者をここから出すため俺がお願いしたんだブヒ」


 当然の展開過ぎたせいか、目を見開き驚きの表情を隠せない牛幻。


「そんな事が可能なのですか?」

「可能っちゃ可能なんだけど、それには色々な条件があって……。兎に角、兄者がそれを呑んでくれればこんな所からは出られるんだ!」


「……その条件聞かせてください」


 豚丸は牛幻に牢から出られる条件を細かく説明した。

 その中にはここへ来る途中に誾千代から提案されたとある条件も盛り込まれていた。


「……なるほど。ここから出る代わりに近々起きる戦へ大友軍として出陣しろ……と」

「うん。兄者が坊さんなのはわかってるんだけど、昔兵法を習っていた時があっただろ? その力を姉御達に貸してあげてほしいんだブヒ」


「…………」

「頼む、兄者! これが最初で最後の出られる好機かもしれん。俺はこの機を絶対に逃したくないんだブヒ!」


 豚丸の提案に熟考する牛幻。

 しばらく悩んだ後、牛幻はその提案に条件を付けた。


「ひとつ簡単なお願いを聞いて頂けるなら」

「条件に条件を乗せるなんて良い度胸してるじゃないか。アンタ自分の立場がわかってるのかい⁉」


 私は喧嘩腰の誾千代を止める。今はひとりでも多く兵が欲しいのだ。


「叶えてあげられるかわからないけど……」

「感謝致します、愛姫様」


 牛幻は深々と頭を下げた。


「私のいた寺は宗麟様によって取り壊されてしまいました。一言二言申したい気持ちですが、もう終わってしまった事。なのでその戦に勝利した暁には、宗麟様に寺の復興費を回して貰えるよう愛姫様から進言して頂きたいのです」


「私の言う事をあのハゲが聞いてくれるかなぁ……」

「フフッ、あの宗麟様を蹴り飛ばしてお咎めが無いのです。期待せざるを得ないではありませんか」


 宗麟とひと悶着あった事も知っている牛幻。

 何で知っているのか尋ねると、どうやら看守達が話しているのを聞いていたようだ。私が九州に来ている事も同様に看守から知り得たのだろう。


 私はその条件を呑んだ。

 まぁあくまで進言なので失敗してもしょうがないという事で。その辺りは牛幻も納得している。


 契約を済ませると、牛幻の入っていた牢が開いた。囚人を勝手に解放するなど本当はありえない事なのだが、そもそも牛幻は罪を犯したわけではない。取り壊しに意見しただけという、あまりにも理不尽な理由で収監されていたのだ。


 それにしても条件ひとつでひとりしか仲間に出来ないのは重い買い物だったのかもしれない。

 こんな事をここにいる囚人みんなと約束したら私の身体がいくつあっても足りないだろう。


「愛姫様、兵は多ければ多いほど良いのでしょう?」

「そりゃそうだけど……って豚、アンタ何してんのー⁉」


 豚丸は牛幻の指示で牢の鉄格子を掴むと、自慢の怪力でグニャリと人ひとり出入り出来る隙間を作ってしまった。

 次々と別の牢に収監されている囚人を解放する豚丸。大友の看守達が数人で取り囲んだ時には全ての牢が解放されてしまっていた。


「兄者、指示通り全部終わったよ」

「ふむ、まぁこれだけいれば十分でしょう」


 ニヤリ、とこちらに不気味な笑みを見せる牛幻と豚丸の兄弟。

 やられた。元々これが狙いだったのか。


 私は豚丸の甘い言葉に乗ってしまった過去の自分に後悔する。

 武器を取り、囚人達を警戒する誾千代と看守兵達。


 すると奇妙な事が起きる。

 囚人達は看守など目もくれずその場で正座し、仏に身を置く修行僧のように私に対し両手を合わせるのだった。


「えっ? はっ?」


 ボサボサに荒れたヤマアラシのような髪の毛に、全く手入れが行き届いてない無精髭。微かに臭う体臭に、着替える事がないためすっかり汚れてしまった衣類。

 パッと見ホームレスを想像させる見た目の男達が、まるで私を救世主のように崇めるのだ。


「姉御、これからよろしく頼むブヒ!」

 

 牛幻と豚丸も膝をつき、頭を下げた。

 これには誾千代と看守達は武器を下ろした。どちらかというと驚きが勝った事で本人達もどうしたら良いのか分からない、と言った感じだろう。

 

 ただ、ひとつだけわかる事がある。

 それはここにいる牛幻豚丸兄弟と囚人約百人が私の配下になったという事だ。


「ニヒッ、ようこそ愛姫隊へ!」

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