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連判状を追え!⑤

「ククク、まぁ良いわ。じゃがのう愛姫、こんな連判状……妾は知らん。道中難儀だったようじゃが無駄足だったよのう」

「ここまできてアンタのじゃないって言うの⁉ 言い訳出来るとでも……」


「左様。そもそもこんな物誰でも作れるじゃろ。これが妾の作った連判状じゃと申したいなら証拠を見せい!」


 勿論、連判状には義姫の直筆の名前も書いてある。部下からの言質も取ってある。

 反応だって見ればまる分かりだ。それなのにこの女は自分の物ではないと言い張るか。


 たまにいるんだよなぁ……こういうめんどくさい奴。

 正直、一発シメてやった方が早いんだけど立場上それをやると問題になるし。


「なんじゃなんじゃ、証明出来ねば話にならんぞ。アハハハハ!」

「お、奥方様……。往生際が悪いですぞ……」


 呆れる左月だが、そんな事は知らんと高笑いし誤魔化す義姫。

 私はそんな中、部屋に飾られていた高級な生地の束に目がいった。気にもなり、手に取り感触も確かめる。


「あはーなるほどね……」

「こ、これ⁉ それは妾が明の商人から買い付けた珍しい生地ぞ、勝手に触るでない!」


「へー珍しいんだぁ。ふーん」

「こら、雑に扱うでない! そこにあるのは皆妾のお気に入りぞ!」


 手に取った一本の高級生地を手の上で踊らせる。

 義姫は自分の私物を雑に扱われていると思い怒っているが、ここまでやっているのに気付かないものだろうか。


 それもそうか。そもそも冷静に振舞っているが、今の義姫の精神状態は穏やかじゃない。

 目の前に自身の仕組んだ連判状を突き付けられながら己の物ではないと言い張ってはいるが、内心はドキドキハラハラ。根性で乗り切っているだけに過ぎない。


 そのため些細な事でも過敏に反応する。

 言わなくてもいい事も余計に言ってしまう。本人もそれに気付けない。


「この生地さぁ……連判状の表紙に使われている生地とソックリだよね。……これって偶然?」

「――――あっ⁉」


「よく見ると切り口もピッタリのようだし。これってアンタがやったって証拠になるよね?」


 連判状を裏返し、手に持っていた生地とくっ付け義姫に見せつける。

 それを見た義姫の顔色は真っ青になった。どうやらビンゴのようだ。


「ししし知らんぞ、妾は知らん! アハアハ、同じ表紙ならいくらでも出回っておろう! そんな物証拠にならんぞ!」

「テメーの頭はハッピーセットかよ。コピー機が無いこの戦国時代に全く同じ物を作れるわけねーだろ。それにこの生地は明から輸入された希少な生地で、アンタのお気に入りなんだろ? 犯人は私です、って宣言しているもんじゃねーか」


「――――くっ……」


 滝のような汗が流れ落ちている。

 村田宗殖が幾度も声を掛けてはいるが、義姫には届かない。その目は一点、己が仕組んだ連判状に向けられていた。


 どう言い訳しようか。

 もしこれが政宗の目に入ったらどうなるのだろうか。


 どちらにせよ逃げる事などもう出来ない。言い訳する事など出来やしない。

 それなのに義姫は唇を噛み、意地とばかりに私に悲痛の笑みを飛ばす。


「……らん」

「あん?」


「知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん」

「子供かよ……」


 そこには気高く、そして優雅が振舞っていた義姫の姿はない。

 いるのは豪華な衣装を身に纏った、保身に走る事しか出来ないただのつまらない女の姿だ。


「はぁ……仕方ない、やりたくなかったけど最後は力攻めね」

「な、何をする気じゃ……」


 私が合図を送ると、喜多は部屋にあった薙刀を奪い取った。


「ひ、ひぃぃぃ!」


 慌てて後退りする義姫に薙刀の刃が上から見下ろす。


「ききききき気でも狂ったか⁉ 妾を……妾を殺すかぁぁぁ⁉」

「き、喜多! やめんか!」


 義姫を守るように村田宗殖が正面に立ち、刀を抜いた。


「村田殿、守る相手をお間違いになられてるのでは?」

「な、何じゃと⁉」


 喜多は部屋の襖に向きを変え大きく振りかぶりと、一振り、二振りと薙刀を振りかざした。

 ボンッと音を立て襖がボロボロと崩れ去る。


 そして襖の奥から姿を現したのは義姫の愛してやまない我が子であり、政宗の弟である小次郎だった。


「あ……あ……」


 何が起きたの分からない。そんな表情だ。

 武器を持っているのが喜多だったためか小次郎の顔は恐怖していない。しかし、それに反して身体は小刻みに震えている。現場で起きている事に身体と頭の理解が追い付かないのだ。


「ま……まままままさか……こ、小次郎を⁉」


 その問いに、私は沈黙を貫いた。

 ただ目線は変えず一点だけ、義姫の眼から自身の目を切らなかった。


 それに察したのか怯える義姫。

 まるでその眼に愛息子である小次郎が喜多によって斬殺されている映像が見えているようかのように。


「こ、小次郎ぉぉぉ――――――‼」


 怯え、恐怖し、歪んだ顔で涙を流し我が子の名前を叫ぶ。

 我ながらエグイ事をしてしまっていると少し心が痛む。


 しかし、想像以上に無言の脅しが効いている。これは薙刀の名手でもある義姫だからこそ、喜多の武勇の高さを理解しているからこそ見える映像なのだろう。

 現に小次郎の顔が怯えていないのが良い証拠だ。


「おえぇぇ……」


 映像に耐えられず、義姫は吐き気から袖で口元を隠す。

 だが、それが良かった。目線が逸れた事により足元に置かれた連判状へ目がいったのだ。


「こ、こんなもの――!」


 義姫は連判状を手に取ると、部屋を暖めていた火鉢の中に放り込んだ。


「奥方様、何を⁉」

「うるさい! これも! これも! これもこれもこれもこれも! みんな燃えてしまえ――!」


 お気に入りと言っていた明から取り寄せた希少な生地の束を手に取ると、次々に火鉢の中に突っ込んでいく。それらが火種となり、火鉢からは徐々に火が上がった。

 それでも義姫は構わず生地の束を火鉢に無理矢理入れようとする。大きい火鉢ではないためそんなに沢山は入らない、それでも義姫は構わず入れ続ける。


「これも……ごれも……ごれも燃やしてしまえ……。ぞうすれば……ごじろうは助か……」


 支離滅裂の義姫はもはやホラーだった。

 これ以上必要ないと判断し、私は喜多に武器を下ろすように指示を出した。


「じゃ帰ろっか」


 私はそう一言残すと、喜多と左月を連れお東屋敷を後にする。謀反の証拠が無い所にいつまで居ても意味がないからだ。

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