連判状を追え!④
無事に連判状を回収した私達は一晩古民家で夜を明かすと、松森城に行くことなくそのまま米沢へ帰還した。
そして三日後の朝、私達が米沢城内のお東屋敷へ突撃する前に、義姫のいる部屋では既にひと悶着起きているのだった。
「えーい、この馬鹿者っ‼」
義姫の怒号が飛ぶ。
そしてひたすら頭を下げているのは村田宗殖とその家臣達。義姫は怒りを抑えられず、手に持っていた扇子を床にたたきつけた。
「も、申し訳ございませぬ! ですが、まだ帰還が遅くなっているだけやも……」
「言い訳など聞きとうない! お主は遅くとも昨晩にも松森城に向かった使者が帰ると申したから妾もその言葉を信じたのじゃ。じゃが結果、朝になっても吉報が届かぬ。それが何を意味するのか、貴様は分かっておるのか⁉」
天候不良など一生懸命弁明する村田宗殖だったが、義姫は一向に聞く耳を持たない。
いや、聞く耳は持っているのだが聞ける精神状態ではない。これが正しい表現なのだろう。
それだけ今の義姫は松森城に向かった使者が帰還しない事を焦っているのだ。
「よいか村田殿……、あの連判状だけは絶対に他の者に奪われてはならんのじゃ」
「それについては重々承知しております、奥方様」
「なら、何故戻らぬ⁉ お主の使いの者なら大丈夫だ、と申すから任せたというに全然戻る気配すらないではないか!」
「ですから三日前の夜から続いている吹雪が足を鈍らせているだけかと――――ぎゃ!」
「言い訳など聞きとうない、聞きとうない、聞きとうな――い‼」
義姫は握った扇子で村田宗殖を殴りつけた。
目は血走り、大量の汗を掻き、息が荒くなっている。それだけ使者の到着の遅れは義姫を焦らせているのだ。
だが、仮にも輝宗の正妻であり、鬼姫と呼ばれる事もある。気を取り乱したりしたが、少しずつ落ち着きを取り戻す。
「あの連判状だけは絶対他には知られてはならぬ。もし伊達に内紛の兆しありと他国に漏れでもしたら……、最上家にも多大な迷惑をかけてしまう……」
「……最上家は味方なのでは?」
「馬鹿、それは最後の手段じゃ! 兄上も伊達を取り込みたいが、それはまた別の話。そもそも兄上は此度の連判状については反対派じゃった」
「愛姫様……でしたか」
「うむ。あの女、個人で田村の忍びを従わせているとも聞く。それとあの事件以降、妙に感が鋭くなった。そのため危惧する気持ちも分からぬわけではないのじゃが……」
「もしや、使者が帰らぬのも――⁉」
「それこそ考え過ぎじゃ。いくらなんでもそこまで介入する度胸などあの娘にあるとは思えぬ。兄上だけでなくお主も愛姫を過大評価しすぎじゃ」
可能性を消す事によって自分の気持ちを落ち着かせる。
しかし、それはあくまで義姫による都合の良い妄想にすぎない。一時の現実逃避にすぎないのである。
「ハァーイ、邪魔するわよー」
戸の前に現れた私を見て村田宗殖は顔を真っ青にし、義姫はその鋭い眼で睨みつけた。
義姫の屋敷には初めて入ったのだが、どうやら私は歓迎されていないらしい。
「邪魔をするなら帰ってくれんかのう」
「はーい……ってそんな邪険にしなくてもいいじゃない!」
「……ちっ」
義姫……流石は輝宗の正妻のだけはある。
外面だけではわからなかったが、部屋ひとつ見ても私の部屋とは格が違う。
決して私の部屋が酷い訳ではない。それはおそらく元の愛姫があまりキラキラした物を好まなかったせいだったわけで、一言で済ませれば質素気質な女だったということだ。
それに比べて、義姫の部屋は豪華に着飾っている。
綺麗な柄の入ったいかにも高級そうな巻物上の生地が何個も詰まれ、どこで手に入れたのかわからない外国製の小物の数々。
そして、特に目立つのは鬼姫を印象付ける大きな薙刀。剣先も鋭い輝きを放つが、特に目を引くのがそれ以上に輝く銀色の持ち手。
持っている物、身に付ける物全ての格が違う。私は高位の存在であると一目で分かるように仕向けているようにも見える。
だが、逆を言ってしまえば度が過ぎている。実力以上に着飾って自分を大きくしているようにも見えるのだ。
ちょっと喧嘩が出来るからって大物ぶって虚勢を張り、実力以上に自分を大きく見せたい勘違い野郎。私からしたら義姫はそれに似たような臭いがプンプンする。
虎の皮を被ったワンワンうるさい狼、つまりは偽物だ。
「め、愛姫様……。それに喜多……左月殿も……⁉」
いきなりの訪問で驚いたようで、村田宗殖は口をパクパクさせながらそう言った。
それもそのはずで、彼からしたら私は最悪の訪問者であり、わざわざここに来る事が何を意味しているのかわかっているからだ。
「それで……何の用じゃ? 来るなら来るで言ってもらえば最低限のもてなしは用意したのじゃが……」
「いいってそんなの。私はクラッシックの前奏とか高級料理の前菜とかあまり好きじゃなくて、さっさとメインを堪能したい派なのよ」
「??」
「そんなわけで、いきなりで悪いけどメインに入らせてもらうわ」
私は義姫の目の前に一本の返り血の付いた巻物を投げた。
「――!」
「それ、返すわ。アンタの……でしょ?」
義姫の目の前に投げたのは古民家で自称商人の男達から奪った連判状だ。
しかし、義姫は巻物を手に取ろうとはしなかった。それどころか私を必要に睨みつけている。
「苦労したのよ? 雪の中歩いて、コイツ等怪しいじゃんって思ったらブツ諸共爆発しようとすんだもん、根性だけは褒めてやりたくなったね」
「……その者等はその後どうしたのじゃ?」
「……知りたい?」
手で合図を送ると、供回りのひとりが名前の書かれた三つの木箱を部屋の前に置いた。
「――!」
「アンタと一緒に来た元最上家の山家公俊……だっけ。そいつに聞いたら自分の部下だってゲロったわ。ついでにアンタが政宗を廃嫡させるために連判状を回しているのもね」
「ググ……山家め……、裏切りおったか……」
それだけではない。
ついでに山家公俊が伊達の情報を最上家に流しているスパイだったという事。政宗を廃嫡させ、次男の小次郎を当主にするのは元々反対していたが、義姫には逆らえなかった事。などを話してくれた、と左月は付け加えた。
「義姫様……何て愚かな事を……」
「ハッ、乳母の分際で随分と口が達者になったな喜多よ。政宗といい、愛姫といい、お前が関わる人間はどうも気品に欠ける。妾へ意見する前に、まずは其方の愚かな部分を直されよ」
「はっ、申し訳御座いませぬ。ですが、その分若は殿には無い統率力と野心を持ち、姫様はそれに負けじ劣らずの武力と人を魅了する将に成長なされました。これ以上今後の伊達家を支える夫婦は他におりましょうや」
「貴様……今の発言は殿や妾に対しての侮辱ぞ!」
「そうかもしれません。ですが、お家分裂を恐れ強く言えない殿に、かたやそんな若を廃嫡させ心優しい次男様に継がせようと企む奥方様。そんな噛み合わないお二方より十分お家を任せられるかと」
失礼な言い方だった。
しかし、それを責めるのは義姫しかいない。実父である左月も、供回りも、汗ダラダラの村田宗殖も、そして私も喜多の言い方を決して責めはしない。
これは喜多の感じている率直な気持ち。お家を心配しての真剣な意見なのだ。
それを相手が目上だろうが、高貴な奴だろうが、わざわざ綺麗に形作る必要はない。それでは相手に本当の気持ちが伝わらないからだ。
それに対して失礼だと言う奴は周りが見えていない。溺愛する小次郎を当主にする事しか頭のない義姫と同じように。




