伊達の姫④
「は? よ……米沢城?」
私は思わず聞き返してしまった。
米沢城って言ったら、伊達政宗が生まれた城であり、その後上杉景勝や軍神・直江兼続が住んでいた城である。
が、それがあったのは明治までの話だ。
今は上杉神社の境内となっているため、米沢城が現在に存在するはずないのだ。
面白い冗談、いやこの場合は滑稽という言葉が相応しいのかもしれない。
私はおでこに指を付け、まるで少年探偵のキャラクターがよく取るポーズを決めると、「そうですよ」と返す喜多を微笑で迎える。
「合格」
「……はい?」
「合格よ、喜多さん。今日から私専属のメイドになりなさい」
私の唐突な誘いに、喜多は眉ひとつ動かさない。それどころか笑顔で少しだけ首を傾げるだけだった。
面白い女だ。ここが何処なのかと聞けば米沢城と答えるのだ。そんなぶっ飛んだ回答をする人間、今まで見た事が無い。
それに私が陽徳院グループの令嬢だという事は、予め葬儀のリストに載っているはずだからわかっているだろう。
そんな私が専属メイドにスカウトしているのに同様すらしないなんて。
つい最近、専属メイドに空きが出来て困っていたのだ。
美人で、世話慣れしたような感じで、ちょっと古臭いが丁寧な言葉遣い。後釜にはピッタリだ。
「ああ、給料の事は気にしないで。私ならここの三倍、いや十倍以上出すわ。それなら文句ないでしょ?」
私がそう説得すると喜多は首を傾げ、何を言っているんだと言わんばかりに困った表情を浮かべた。
「めいど……で御座いますか? よくわかりませんが、私は姫様の侍女ですのでどこでも、今度は冥土にもお供させてください」
「そっちのメイドじゃない!」
思わずツッコんでしまった。
どうやら喜多という女はボケが得意のようだ。
「違う違う、使用人の事よ。私を勝手に殺すな!」
「も、申し訳御座いません! ですが先程も申した通り、喜多は既に姫様の侍女で御座いますので」
「あらー、嬉しい事言ってくれるじゃない! それは交渉成立って事で良いのかしら?」
「うふふ、勿論で御座います。この喜多どこまでも姫様に付いて参ります故、これからもよろしくお願い致します」
そう宣言すると、その場で軽く会釈をする喜多。
折角なので一緒にお風呂へ入ろうとしたが、残念ながら今はお湯を張ってないらしい。相変わらずサービスの悪い葬儀屋だ。
「姫様。それより殿に存命のご報告をしなければなりませんので、そろそろ……」
喜多は時間を気にするような仕草を見せた。
確かにそれもそうだ。お風呂に入って時間もかなり経っているし、もうここには用はない。「殿」というのは、ここの社長の事だろうか。
私は最後に背中を流し、サービスの悪いお風呂場を喜多と共に後にした。
――――――――――
何となく予想は出来た。
私は風呂で濡れた髪を乾かさないまま、とある一室に通される。
いや、乾かさないだと少々語弊が生まれそうなので訂正したい。
本来あるべきはずの髪を乾かす文明の利器がなかったため、髪を乾かせなかったのだ。
ドライヤー。
髪を短時間で乾かす、人類が開発した三種の神器に惜しくも選ばれなかった補欠選手。
そんなドライヤーは当然の如くこの葬儀屋には置いていなかった。
さっきも言ったが、予想はしていた。
シャンプーも無い、シャワーも無い、口からお湯を吐く大理石で出来たスフィンクスも無い。
そんな所にドライヤーがあるわけないのだ。
そしてもうひとつ気になる事がある。これは予想出来なかった。
私は今、下着を付けていない。
いや、付けていないだと少々語弊が生まれそうなので訂正したい。
正確には付けていなかったのだ。
……言ってる私ですらよく分からなくなってきた。まぁそれは一旦置いておこう。
私は喜多に連れられ風呂場へ向かった時、白装束を身に纏っていた。
火葬される予定だった訳なのだから正装として正しいと私も思う。
だが、下着を着用しない意味はあるのだろうか。
逆に意味はあるのか、と聞かれたらこれから燃え行く身に意味は無いと思うけど、せめて灰になるまでは最低限の服装はさせて欲しい。
もしも下着が燃えない事で二酸化炭素の排出を抑えられると考えているのであれば、それは是非考え直して欲しい。
聞こえてるか、日本の環境大臣。お前に言っている。
「姫様こちらに……」
喜多は私に部屋の中心へ座るように声を掛ける。
私は指示通り、中央に用意された花柄の座布団の上に座った。
「こう?」
「はい、大丈夫で御座います。それでは準備致しますので少々お待ちください」
すると喜多は部屋の脇にある木箱を開ける。
中から取り出したのは日本刀だった。
ドライヤーかなと一瞬でも思った自分を殴りたい。それは既に無いとわかっていただろう。
私は背筋を凍らせながら両手両足を使い、まるで虫が地を這うように部屋の角まで後退りをする。
「チョーと待って! タイム、タイム! アンタ、何て物持ってるのよ!」
「……はい?」
はい? じゃない。それはこっちのセリフである。
「いえ、いつも通りこれで斬ろうと――」
「いつも通り⁉」
私の日常にこんな物騒な物出てこない。
出てくるとしても精々キャンプなどで使う折り畳みナイフぐらいだ。
「ねぇ……それ本物じゃないよね? お土産屋さんとかに売ってるレプリカ的なやつよね?」
「れぷ……りか? よく意味は分かりませんが姫様、そこにいては上手く斬る事が出来ませぬ。こちらの座布団に戻って頂けますか?」
「いやいや、何上手に斬ろうとしてるのよアンタは⁉ もしかして、ここで首を跳ねようって魂胆⁉ 冗談じゃないわ!」
私の強気な言葉に、困った顔を見せる喜多。
困った顔をしたいのはこちら側だってのに。
私はここから抜け出そうと、襖に手を掛ける。
「……ふぅ、仕方ありませんね。誰かー⁉ 誰かおらぬか⁉」
喜多の掛け声で私が手を掛けていた襖が開く。
そこにいたのは四人の女性達だ。顔は違うが、皆同じ薄く目立たない着物に身を通している。
喜多が手を叩くと、立っていた四人は私の両手両足を掴み、無理やり中央の座布団の上に座らせるのだった。
「――はぁっ⁉ ちょ、ちょっと⁉ 何すんのよ⁉」
「動かないでくださいね、姫様。少しでも動けば、本当に首が飛びます故――」
ガチッ。刀を抜く音が後ろで聞こえる。
身動きが取れない私は、この瞬間死を覚悟した。
「――――ひぃ!」
空気を切り裂く音と同時にパラリッ……、と私の手に何かが落ちる。
重さなどほとんど感じない。けど存在がくすぐったい、そんな直ちに払い落したい感触。
痛く……ない。
私は恐る恐る、強めに閉じた自分の目をゆっくりと開けた。
手に落ちていたのは髪の毛だ。
それも火で傷んだ髪の毛だけが綺麗に切り落とされているのだ。
周りに先程の四人の姿はない。いつの間にいなくなったのだろう。
私は後ろを振り向くと、丁度刀を閉まった喜多が一息ついていた。
「お疲れ様で御座います、姫様。傷んだ髪の毛は喜多がすべて切り落としました」
「え⁉ すべて⁉ そんなバカなっ!」
私は自分の髪の毛を撫でるように触る。
確かに傷んだ髪の感触は感じられなかった。
「ほ、本当に斬ったの⁉ あの一瞬で⁉」
「はい! いつも姫様の髪が伸びた時はこの喜多が刀で斬っているでは御座いませぬか」
「い、いつも⁉」
「……はい。姫様……憶えていらっしゃらないのですか?」
やっぱり変だ。
風呂の時もそうだが、この喜多という女は私といままでも一緒だったセリフを吐いている。明らかに何かが変だ。
「ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「ひとつと言わず何でも聞いてくださいませ。喜多の知る限りの事であれば何でもお答えします」
「……じゃあ聞くけど、今って何年の何月?」
「今は天正八年(一五八〇年)の九月で御座います、姫様」
て……天正八年……それってどういう……。
「わ、私の名前は? 出身地は⁉ 歳は⁉」
「……??」
困ったような、不思議な顔をする喜多。
「姫様は愛姫様ではありませんか。出身は三春城城主、田村清顕様の一人娘。歳は十三歳、丁度若様のひとつ下になります」
「め、めめめめ愛姫ー⁉」
「……はい。姫様は先日病で亡くなられ、本日火葬を行っていたのですが、そこで姫様が生き返った次第でして……。正直申しますと、喜多も冷静を保っているように見えると思いますが、半分は混乱しているのです。これは夢の中なのではないかと……」
「詳しく教えなさい!」
私は喜多の肩を強く握った。