第七話 連判状を追え!①
「ヘ……ヘ……ヘクチッ!」
年は明け、米沢に深々と積もった雪も段々と溶けだす季節となってきた。
が、相変わらず外は寒い。凍てつく風が肌をかするだけで指先がかじかみ、まだまだ冬が終わらないとしみじみ感じてしまう。
天正十年(一五八ニ年) 二月。米沢城 伊達屋敷。
そんなクッソ寒い日にも関わらず、屋敷の外は熱気に包まれていた。男達が汗水垂らし木材や武具、それに俵なども運び出しているのだ。
私はそこで指揮を取っているひとりの漢に声をかけた。
「ヤッホー小十郎、寒いってのに大変だわねぇ」
「おお、姫様。お久しゅう御座います!」
小十郎と会うのは正月以来だ。
何をしているのかと聞くと、今は雪解け後に向かう戦の兵站準備に取り掛かっているらしい。その指揮を取っているのが若き軍師である小十郎というわけだ。
これが終われば今度は自領の、それが終われば今度は他の所に行き兵站の確認と大忙し。
だが、それこそが若い者に与えられた宿命。
日々勉強です、と小十郎は笑顔で答えるのだった。
「……姫様、若様は何処へ?」
てっきり会っているのかと思っていたが、どうやらすれ違いだったようだ。
政宗なら供回りを数名を連れ、早朝から雪山に向かって走って行ったのだ。
「何でも雪に足を取られるのが良い訓練になるんだって。先月からずっとあんな感じだけど」
「ハハハ、鍛錬に精を出しているとは良きかな。発破を掛けたかいがありましたな」
「ん、知ってる口ね」
「ええ。去年も雪のある時期はグータラと過ごしていたようなので、拙者からひとつ檄文を飛ばしておきました。鍛錬を怠れば愛姫様に手柄を奪われますよ、と」
……なるほど、だからあんなに気張ってたわけか。
負けず嫌いの政宗の性格をよく知っているからこそ出来る事。流石は政宗の傅役だ。
「それよりも姫様、こんな所にいてよろしいので?」
「ん? 何で?」
「いえ、先程姫様の屋敷の前を通った時に小次郎様が中に入って行ったものですから。きっと姫様に用があっての事だと思い声は掛けなかったのですが、今ここに姫様がいるとなると小次郎様はすれ違いだったのかな……と」
「ひとりだったの?」
「はい、ひとりでおられましたが」
いつも義姫がベッタリくっついているのにひとりとは珍しい。
それに私に用事でもあったのだろうか。どうやら私が顔を洗いに部屋を出た時にすれ違ったようだ。
だとすれば急いで戻ればまだ間に合うか。
「ありがとね小十郎、急いで戻ってみるわ!」
私は小十郎に礼を済ませると、急いで屋敷に戻った。
――――――――――
「あ、いたいた! おーい、小次郎ー!」
屋敷に戻ってみると庭で雪の塊で何やら遊んでいる小次郎を発見した。どうやら私が戻って来るまで外で遊んでいたようだ。
私に気付いたのか、小次郎は後ろを振り向き大きく右手を振った。左手には尖った木の棒が握られている。
「ごめーん、私に用があった感じ? 部屋の中で待ってれば良かったのに……、寒かったでしょ」
「いえいえ、僕の方こそ急に訪ねてしまったので。それに雪遊びを久しぶりにしたかったのでむしろ丁度良かったですよ、ホラ」
小次郎はそう言って私にいじっていた雪の塊を見せてくれた。
「――うわっ⁉ これって……」
「はい! 義姉上の庭なので『雪の上で寝そべる義姉上』を作らせていただきました!」
「作らせていただきました……って、ええっ⁉」
一言で言い表せばアートだ。
小次郎が手でアピールするその一品は、雪を床にして横に寝そべっているツインテールの少女。色などは付いていないが、一目で私だとわかるぐらい精巧に作られている。
この短時間で、その尖った木の棒一本でこれを作り上げたのかと思うとにわかには信じられないが、小次郎の無邪気な笑顔とたっぷりと額から流れる汗を見るとそんな事はどうでもよくなってしまう。それだけ彼は可愛い、やる事全てを許してしまいそうだ。
童顔の男子は何人も見てきてはいるが、ここまで顔が可愛い男子は見たことがない。そりゃ義姫がベッタリとしているわけだ。
「おーヨシヨシ、小次郎は偉いわねー」
「あ、義姉上⁉ 母上の真似はやめてください!」
嫌がってる顔も可愛い。殴られても良いからずっとこの頭を撫でてあげたいくらいだ。
「そ、そんなことより義姉上にお話ししたい事があって参ったのですが……」
「おっと、そうだった。ついついペットとじゃれ合うのに夢中になってたわ」
「……ぺっと?」
別に説明する意味もないため、聞き慣れない異国語で固まってる小次郎を部屋に入れる。
部屋の中は暖かい。寒さでかじかんだ手を擦りながら、私はすぐさま中央に置いてある火鉢に直行した。
「アハハ、義姉上は本当に寒がりですよね」
火鉢に手を近づけブルブルと震える私を見て小次郎が笑った。仕方ないだろ、寒いんだから……。
前世でも寒がりのほうだったけれど、愛姫の身体はそれ以上に耐寒性がないんだよなぁ……。
「それで……私に用があったんでしょ?」
「はい。まぁ用と言ってもそんなに大した事はないのですが……」
「??」
「義姉上。義姉上は母上を嫌いですか?」
随分とド直球な質問である。
答えは簡単、イエスだ。正直あそこまでのクズ親は見たことがない。時代ということもあるのだろうが、仮に私が政宗の立場ならぶっ飛ばしている。
とはいえ、この質問に本音で答えて良いのだろうか。いや、ここは適当に当たり障りない程度に躱しておくか。
「どうかな……。私は義姫とあまり接点がないからよくわからないけど、もう少し政宗に優しくしてあげればいいのにって思うけどね」
「……それはつまり、義姉上は母上の事が嫌いではないという事ですか?」
「えっ……うん……いや……まぁ……」
またしてもド直球な返しに調子を狂わされる。
私がそれらの質問に対して正直に答えにくいとわかっているだろうに。小次郎って案外空気が読めない系か。
そう思っていると、私の中途半端な返答のどこに正解があったのかわからないが、小次郎はホッと息を吐き安堵していた。
「よ、良かったぁー。てっきり義姉上も母上が嫌いなのかと内心では思っていたのです」
「??」
「そうなんです! 母上ってちょっと口は悪いのですが、そんなに……いや全然悪い人じゃないんです! むしろ優しい方なのです!」
急に興奮して母親アピールは始める小次郎。
「そうなんですよ、もう少し兄上に優しくすればいいのにって思いますよね。母上も義姉上と似て気の強い所があってなのか素直になれないのかもしれませんね」
「アハハ……」
私を混ぜるな、私を。
その後も小次郎は義姫の良い所沢山話してくれた。笑顔で話すその姿を見て、この子は本当に母親が好きなのだと理解した。
「それじゃあ僕はこの辺りで帰りますね。義姉上が母上を嫌いじゃなくて良かったです」
「あら、もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしてけばいいのに……」
「そうしたいのですが……これから稽古の時間なのですよ。僕ももっと義姉上とお話したかったなぁ」
残念そうな顔で小次郎は腰を上げる。
稽古なんてサボっちゃえばいいと言ったのだが、小次郎は義姫に怒られると苦笑いをした。
「そうだ、義姉上。もうひとつ質問しても良いですか?」
「ん、何?」
「義姉上は僕の事は好きですか?」
答えは勿論決まっている。
小次郎は優しいし、困っている私に色々教えてくれた。ちょっと漢としては見れないけど、そんな可愛い顔つきもすごく気に入っている。
「……勿論好きよ」
「えへへ、良かった。僕も義姉上が大好きだし、伊達に来てくれて良かったと思っています」
そう言うと小次郎は戸に手を掛けた。
すると、ボソボソと何やら小次郎の小声が聞こえた。
「え? ごめん、何か言った?」
「いえいえ、何でもないです! では義姉上、また遊んでください!」
そう言って小次郎は笑顔で退室する。
気のせいだろうか。小次郎が去り際に「義姉上が僕のお嫁さんなら良かったのに」と聞こえてしまったのだ。
まぁそんな事はどうでもいい。それよりも気になる事があった。
「ずん」
私がそう彼女の名を呼ぶと、天井から黒装束を着た緑髪の女の子が後ろに現れた。
「例のやつっスか?」
「ええ、お願い」
「御意っス!」
一言答えると、ずんはその場から去って行った。
私はそれを見守る様に戸を開き、パラパラと降る雪を眺めた。
小次郎の話す義姫象。それは本当の彼女の姿なのだろうか。私は今日その話を小次郎から聞いて尚更義姫という女が分からなくなってしまった。
何故なら、私はその話を政宗本人から既に聞いていたわけで。どうして政宗にあのような態度をとるのか理解出来なかった。




