織田からの使者⑧
翌朝。
起きると部屋の前に一通の手紙が置かれていた。
差出人は明智光秀。そんなにのんびりしている時間はなかったらしく、私が寝ている間に朝早く米沢を発ったようだ。
どうやら生かされたみたいだ。まぁ私があーだこーだ言ったところで説得力もないだろうし、放置しても問題ないと思ったのだろう。
とはいえ、この歳になって人前で盛大に漏らすとは思わなかった。
クソ……、何だか舐められているようで悔しいなぁ。でも、お漏らしした奴の言うセリフじゃない……か。
そんな事を思いながら、私は光秀からの置手紙を開く。
――
伊達家嫡男・伊達政宗殿の正妻・愛姫殿。
まず、始めに愛姫殿へあのような醜態をさせてしまった事の謝罪をさせてください。本当に申し訳ない。
昨日は拙者も酔っていたようで正直よく思い出せぬのですが、ここはお互い様ということで流してもらえる助かります。政宗殿に斬られたくはないですからね。
それと最後に挨拶をせず帰国する事も同時にお許しください。
出来れば本日中に本領内へ到着したかったため、日没が早くなった昨今日の出と共に出発すると予め決まっていたのです。そのため、謝罪がこのような置手紙になってしまう事をお許しください。
と謝罪はこれくらいにして……、昨日あの後部屋で愛姫殿からいただいた紙芝居をゆっくりと拝見させていただきました。
この光秀、改めて感服致しました。
絵。
台詞。
物語構成。
誰もがそこに目がいきがちですが、拙者はここに描かれた物語は愛姫殿の人生そのものだったのではないかと思っています。
田村家の血筋……、先祖を辿れば初代征夷大将軍の坂上田村麻呂から流れる武神の血が貴女には流れている。
客間でも口にしましたが、愛姫殿の瞳からはとても齢十四とは思えない強さを感じました。
死後の世界であるあの世がどのような所なのか拙者にはわかりませぬ。
ですが、もし生まれ変われるのなら……。拙者は愛姫殿がそうだったのではと思わずにはいられないのです。
ぽりしぃ……で合っているでしょうか。
どんな意味なのかは全然わかりませぬが、おそらく愛姫殿のような強さを表現する素晴らしい言葉なのでしょう。拙者も強くいたい時に使わせていただきますね。
「うーん……ポリシーってそんな大それた言葉じゃないんだけど。でも、大体感じてる意味は合ってそうだし別にいいか」
最近、私は悩んでおりました。
自分の選択する道が本当に正しいのか。見えない結果に怯え、淡々と迫る日々に恐怖する日もありました。
ですが、此度愛姫殿にお会いしてそれが吹っ切れた。
結果が善悪あれ、それが拙者の道なのだと。自分のぽりしぃなのだと。
使い方合っていますかね?
今度お会いした時にでも答えを教えてください。その時は是非他の異国語もご教示くださいね。
……さて最後にはなりますが、ひとつだけ拙者から警告させていただきます。
『獅子身中の虫』には気を付けなされ。誰がとは申しませんが、愛姫殿なら既に分かっている事でしょう。
義に熱い貴女だからこそ、ここは締めてかからなければなりません。
これを政宗殿にやらせては非常に酷。強い貴女だからこそ出来る大仕事なのです。
織田家重臣・明智光秀。
――
「獅子身中の虫……か」
そう呟きながら光秀からの置手紙を畳む。
光秀の悩み。それがこの後に起こる『本能寺の変』なのか、それとも『本能寺の変』を起こす前にやる光秀と信長の改善修復劇なのかは分からない。
ただ、日本の歴史を揺るがす謀反劇の主導者が私に会って吹っ切れたと言うのだ。
変わりものに興味津々な光秀。
結構欲深い漢だった光秀。
本気になった時がヤバすぎる光秀。
そんな漢が私に会っただけで運命が変わったと言ってくれている。
それが善に転ぼうが、たとえ悪に転ぼうが。それだけは誇って良い気がしたのだ。