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織田からの使者⑦

「――っ!」


 遅かった。

 気付いた時には両腕は拘束され、声を出させないように口も塞がれ、そのまま私は柱に打ち付けられた。


 酔っていたとはいえ一瞬の出来事に脳内が混乱する。

 私は恐る恐る目線を上に向けた。


「ンンンン――、ンンン⁉」


挿絵(By みてみん)


 みつひで⁉ なんで⁉

 と、大きく叫んだつもりだったのだが口を塞ぐ手がそれを許さない。


 それになんて冷たい眼をしているのだろう。

 見たものの動きを封じる凍てつく絶対零度の眼光。それだけ光秀の眼からは先程まであった光が消え失せていたのだ。


「戻りが遅いため様子を見に来たのですが、愛姫殿……今どなたとお話をされていたのですか?」

「――!」


「いえ、そんな事より『光秀が謀反』や『信長を殺す』と言っておられましたが……」


 ばっちり聞かれていた。

 大量の脂汗が額と背中をボタボタと這いずり落ち、心臓の鼓動が一段……二段と早くなっていくのが分かる。


「いつっ⁉ ドコでっ⁉ ダレニッ⁉ この事は私の信用出来る者にしか話していない事……、まさか裏切者が⁉」


 背中の柱がミシミシと音を立てる。光秀の押さえつける力も一気に強くなったのだ。

 めちゃくちゃ苦しいし、それに痛すぎる。


 私は解放されたい一心で光秀の脚を蹴り飛ばした。


「ンン――⁉」


 ビクともしない。まるで鉄板を蹴っているようなそんな堅さだ。

 それに光秀もブツブツと何かを小声で呟いているだけで気にもしていない様子だ。


 いつもの蹴りが上手く出せない。

 口を塞がれ酸素不足というのもあるが、私の蹴りは基本溜めや助走で威力を高める技術を使っているため零距離での定点攻撃は得意ではないのだ。


 それでも解放されるために打ち続ける。

 だが、光秀は気にも留めない。いくら何でも少しは痛いはずなのに。それだけ光秀は今の事に精一杯なのだ。


 だったら一発で目を覚まさせてやんよ。普段は的が小さいから狙わないけど、そのチ〇ポ……二度と立たないようにしてやる!


「ンフ――⁉」


 そう狙いを定めた瞬間、光秀は殺気を感じ取ったのか、私の太もも部分を片足で押さえ付けた。


「誰だ……、斎藤利三(としみつ)か? いや、斎藤殿が私を裏切るなどありえん。だとしたら一体誰が……」


 まだブツブツと独り言を呟いている。

 この漢は天性の危機管理能力だけで私の反撃を一歩先を読んで防いだのだ。


 これが織田四天王。これが明智光秀。

 酔っていたとはいえ、この私が赤子のようにまったく歯が立たないなんて……こんなの初めてだ。


「まぁここで考えていてもしょうがないか。この件は国に帰ってじっくりと調べるとして、それよりも今は……」


 光秀の冷たい瞳が再び私を捉えた。

 こ……殺される。身体全体でそう感じ取ってしまったのか、私は無限に流れる汗と震えを不覚にも止めることが出来なかった。既に制御出来ない状態まで陥っていた。


「おい、その手を早く放せっス」


 黒い影が天井から光秀の背後に落ちる。

 声の主はずん。天井から光秀の背後に立ち、短刀を背中に刺さる寸前で止め警告する。


 それでも光秀は顔色を変えず冷静を保った。


「フフ、私が簡単に背後を取られるなんて……何十年振りでしょうや」

「御託はどうでもいいからさっさと姫様から手を放せっス! さもないと……」


「さもないと……どうなるんです?」

「そんな事いちいち言わないと駄目っスか? 口の中が酒じゃなくて、鉄の味に変わるって言ってるんスよ!」


 ここからじゃずんの表情はわからないが、口調からしてかなり苛立っている。おそらくは光秀が全然要求に応じないせいだろう。立場が逆転しているにも関わらずなんてキモの据わった奴だ。


「刺したければ刺しなされ。ただし、今から戦をする覚悟がおありでしたら……ですが」

「姫様のためならわちきなんかの命、簡単にくれてやるっスよ」


「そうですか……。ですが、この場を乗り切ってどうしますか? 私が死ねば織田との戦になるは必至。それでも貴女は私を刺せますかな?」

「グ……、そんな事言われなくても分かってるんスよ。だから離せってさっきから言ってるんス、明智殿だってこんな所で死にたくはないでしょう!」


 ふたりの駆け引きが続く。これが光秀の余裕だ。織田という圧倒的な後ろ盾がいるからここまで余裕でいられるのだ。

 それをわかっていながら立ち向かっているずんはカッコイイよ。うん、カッコイイ。


 だけど……もう少し早く来てほしかったなぁ……。

 さっきからそうだけど、私はもう恐怖から自分の身体を制御出来なくなっているのだ。


「――⁉」


 ジョロ……ジョロ……。

 生暖かい水が刺激臭と共に私の太ももから流れ落ちる。

 

 一度流れたら止めることの出来ない大洪水は、私と光秀の足元にあっという間に水たまりを作ってしまった。


「あ……え……」

 

 ああ……やっちゃった……。

 もうそんな歳でもないのに……。立場上、一国の姫様なのに……。目の前に人がいるのに……。


 光秀とずんの前で盛大にお漏らしをしてしまった……。


「グスッ……グスグスッ……」


 ようやく状況を理解出来たのか、光秀は自身の足元から滝のように流れる生温い水に思わず拘束する手を放してしまう。

 だけど……遅い、遅すぎる解放だ。


 お酒によって促された尿意に死という過去最大の恐怖とストレスを同時に受け取った私の身体は解放を選択し、自身に掛かるすべての負荷を強制的に手放した結果、上から下まで大洪水という最悪な屈辱を舐める結果となってしまった。


 正直、殺してくれたほうがまだマシだったかもしれない。


「ヒグッ……グスッ……」

「ひ、姫っ――!」


 異臭のする水たまりなど気にしない様子で、ずんは短刀を仕舞うと私を急いで背負い込んだ。


「いいスか……この件見なかった事にしますから、明智殿は早く部屋に戻るっス。 勿論、他言無用っスよ!」

「え……あはは……これは参りましたね……」


「それと……その足で戻るのはマズイっスね……。あぁ、あそこにある鯉の池に適当に脚突っ込んでから戻ってくださいっス。酔っぱらって落ちた感じにすれば怪しまれないでしょう」

「い、池に……ですか?」


「明智殿にそんなお願いをする身分ではないのは重々分かっています。ですが、おふたりが席を離れて結構時間が経ってるので時間がないんスよ。ここはとりあえず双方のためにも……」

「……仕方がないですね」


 その後の事はずんが良く処理をしてくれた。

 私を風呂に入れ、現場へ戻り残った証拠を拭き取り、私は酔っぱらって寝たと伝えてくれたようだ。良く出来た忍びで助かる。


 これは後々に聞いた話だが、おしっこの水たまりは余計に伸びて飛び散っていたらしい。

 それと何故か政宗から異臭がしたとか。……まさかね。

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