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織田からの使者⑥

 お家を分断されそうになった話から数分後、客間は宴会場に変わってしまった。

 さっきまでの殺伐とした雰囲気は一新され、今では上半身を裸にして踊りだす家臣達ら現れ始める賑わいっぷり。緊張の糸がほどけた反動か、左月も浴びるように酒を飲んでいる。


 それとは逆に、義姫側は宴会には参加していない。

 自分の計画が失敗した事のショックからなのか、それとも光秀の前で醜態を晒した事からなのかはわからないが、顔を真っ青にしてお付きの家臣達に担がれて退場して行った。


 まぁ私は兎も角、息子を廃嫡させようとした事自体は問題になりそうだ。

 それを決めるのは輝宗なのだが、どう処分されるにせよしばらくは大人しくしていてほしいもんだ。


「愛姫殿、どうです一献」


 私の空いた盃に酒をすすめてくる光秀。

 年齢的にアウトなのだが、それはあくまで私がいた世界での話。ここ戦国時代では法的拘束力がないため、実質お酒をいくら飲んでも問題はないのだ。


 だったら飲まない手はない。

 私は進んで光秀から酒を受け取った。


「――んっ――んっ、かぁ――美味い!」

「おお、良い飲みっぷりですな! ささ、もう一杯」


「女子高生に飲ませ過ぎっ! ホラ、アンタも……」

「ハハハ、では頂きましょう」


 潰す勢いで酒をすすめてくる光秀にはお返しだ。

 とはいえ、年齢の差なのか、体質の差なのか、光秀は顔色ひとつ変えずに酒を水のように喉へ流し込んだ。


「ねぇ……ひとつ聞いていい?」


 私は空いた光秀の盃におかわりの酒を注ぎながら質問を投げた。


「何でしょうか?」

「私がもしも織田に行ってたらどうなってたの?」


「ああ、あの話ですか。アハハ、あれは拙者の戯言ですので忘れてください」


 光秀は考える間もなくそう答えた。

 まるで予めそう答える準備が出来ていたみたいに。


「は? ざ、戯言⁉」

「ええ、ここに参ったのは最初にお願いした新発田殿への支援継続の話のみ。愛姫殿を織田に迎える話など最初からなかったのです」


「じゃあ何で……、何で私が欲しいって⁉」

「欲しくなったのは本当です。この眼で見て、愛姫殿とはどういう御方なのか。それでちょっと欲が出てしまったのです」


「欲って……」


 光秀は私の盃に酒を注ぐ。

 と、同時に話の続きも注いだ。


「『伊達に面白い女がいる。お前の眼で見定めてこい』。これが信長様の本当の命なれば」

「ええ……、何それ……」


 笑いながら陽気に話す光秀。


「で……お目にかなったってわけだ」

「それだけではありません。次期当主と謳われる独眼竜がどの様な漢なのか……、この眼にハッキリと焼き付ける事が出来ましたし」


「クッソ生意気でしょ」

「フフ。いやいや、あの若さであれだけの覇気を出せるは噂以上の御方。奥州覇者になる日もそう遠くはないかもしれませんね」


 奥州覇者か。

 確か史実でも一応奥州覇者にはなるんだっけ。光秀って結構見る目あるなぁ。


「ねぇねぇ、信長ってどんな漢なの?」

「信長様……ですか?」


 せっかくこの時代に生きているのだからこれは聞いておきたい。

 イメージしている信長像と現実の信長。魔王と呼ばれる漢なのか、それとも女性用の装束を着るぐらい実はお茶目な奴なのか。


 側近の光秀の言葉ならどんな教材よりも信用出来るだろう。


「そうですねぇ……まぁ一言で申せば『雲』のような御方……でしょうか」

「……雲? また随分とふんわりとしたものに例えたわね」


「誰にも縛られる事なく己の天下に向かって突き進む、時流に身を任せた雲のような漢。時には童のような晴天の笑みを、仲間を失えば大粒の雨を降らし、動く時は電光石火の雷に、我が道を阻む物には凍てつく雪のように冷酷となる。そんな色々な顔を持つ雲のような御方なんですよ」


「へぇー魔王も泣くのね、普通に意外かも」

「決して皆の前では見せませんがね。涙を流すことで覇道には不要の感情を洗い流しているのですよ」


 ふーん。

 それだけ聞くと信長も普通の人間のように思えてしまう。


 感情を持った普通の漢。魔王とはかけ離れたどこにでも居そうな人間。

 なのに……、何で光秀はそんな悲しい顔をするのだろう。


 どうして、この後に代々伝わっていく本能寺の変という汚名の謀反劇を始めるのだろうか。

 話を聞けば何か理由が分かると思ったのだけれど……。


 私にはそんな慕っている信長を討つような漢に光秀を見ることが出来なかった。


「おー何じゃ何じゃ⁉ まーた儂の悪口でも言っとるんじゃないだろうなー」


 雰囲気をぶち壊すように光秀の隣に政宗が座る。

 顔は真っ赤になっており、手には大きめの酒瓶を持っている。かなり出来上がっているようだ。


「光秀ぇ……、お前また愛を口説こうとしとるんじゃないだろうなぁー?」

「……そう見えましたか?」


「見える! お前等織田の汚いやり口じゃ! 何でもかんでも好きなものを奪っていきおって! ――んっ――んっ」


 そう言って酒瓶をラッパ飲みする政宗。

 見た目は質の悪いただの酔っぱらいだ。


「ゲフッ、じゃがなぁー愛はやれん! これだけはどれだけ銭を積まれても、どれだけの地位を与えられようと、儂は手放す気などさらさらないぞ……この阿呆が!」

「もし天下と引き替えに……と言ったらどうしますか?」


「…………やるわけないじゃろ」


 そこは即答しろよ。

 それよりトイレに行きたくなってきた。光秀め、酒をガンガン飲ませやがって……。


 でも、丁度良いか。面倒な奴は光秀に任せて私は退席しよう。


「くっだらな。 私、トイレー」

「ほれ見ろ光秀ぇ、お主が変な問いを投げたせいで愛がすねたではないか! こうなるとコイツは面倒なんじゃ!」


 などと、責任を光秀に擦り付ける政宗。別にそんな怒ってるわけではないが、ここはこのままにしておこう。

 ふらつく身体をなんとか支えながら、私はトイレに向かうため宴の部屋を後にした。


 ――――――――――


「うー寒ぅ……。流石に夜は冷えてきたなぁ……」


 宴が始まって三時間ぐらい経過しただろうか。外はすっかりと暗くなり、夜の冷たい風が蝋燭の炎をユラユラと揺すっている。

 十月も終わりに近づいているせいなのか、酔いが醒めてきたせいなのか、部屋の外に出た瞬間から身体の体温が一気に下がった。


「織田信長ねぇ……」


 私は月明りと蝋の炎を頼りにトイレへ……いわゆるぼっとん便所に向かって足を動かし、同時に光秀の見せた悲しい顔を思い出していた。


「何であんな顔すんのよ、気になるじゃん……」


 喜怒哀楽……、色んな顔を併せ持つ雲のような漢。この時代に天下泰平をもたらす麒麟のような漢。

 そんな崇拝している主君なのにも関わらず、光秀の顔と口はまったくの逆、理想と現実を現しているようにも見えてしまったのだ。


 いや、あれは過去と現在……昔と今を現しているのだろうか。

 この後日本を震撼させた最大の謀反劇と呼ばれる『本能寺の変』の片鱗、私はそれをあそこで見てしまったのだろうか。


 本能寺の変には色々の説がある。

 信長パワハラ説、帰蝶(濃姫)謀殺説、朝廷黒幕説、羽柴秀吉(豊臣秀吉)黒幕説。


 他にも色々あるが、これが正しいってやつは私がいた時代にはなかったはずだ。

 だけど、その片鱗は確かにあった。あれだけの話だと動機が見えてこないが、光秀は信長に何か不満らしきものを抱えているのは確かのようだ。


「いっその事聞いてみるか……。どうして本能寺で謀反を起こすのか、光秀をそこまで動かした動機はなんだって……」


 光秀は今悩んでいるのかもしれない。誰にも言えない悩みで押し潰されそうになっているのかもしれない。

 だったらゲロっちゃえば楽になるかも。人って案外悩みを共有すれば楽になる生き物だし。


 それに光秀だって本当は信長を殺したくはないはずだと思う。それは宴の場で大体はわかった。


「いや、ここはあえてもっとストレートに聞いちゃうのもアリか。何で信長をそんなに殺したいの……って」


 そこまで核心を突かれたら本人も話さざるえないかもしれない。

 それでもしも私のいた世界に戻れるきっかけがあったとしたら、私は長年の謎だった事を解明した天才になるかもしれない。


 と、思ったのだが……。


「…………いやいや、馬鹿か私は……。そんなん聞いたら逆に私が殺されるってーの」


 いかんいかん、どうやらこんな簡単な事を見落とすほど酔いが回っているようだ。

 普通に考えれば信長がやられてしまうほどの計画を知っているやつなんて生かしておくわけがない。


「普通に遠回しで探ってみるか。どしたん、話聞こかー? ってね」


 そんな独り言を呟きながら私はトイレに向かって歩く。千鳥足で無事に到着出来るかわからないトイレに向かって足を動かす。

 やはり私は酔いが回っていたのだろう。


 何故なら、後ろに迫る冷たい殺気をまったく感知する事が出来なかったのだから。

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