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織田からの使者④

 は? 今何て?

 私を織田家臣に……、要はスカウトしに来たって事?


「……何それ、冗談にしてはぶっ飛びすぎでしょ。もうちょっとまともな――」

「冗談ではありませんよ。これは主……信長様の命にござれば」


 部屋の空気が一瞬で凍り付いた。

 何で私なんかを……。勿論ここにいる皆がそう思っているはずだ。


 仮に人質を取るにしても漢でもない、武士でもない、しかも女の……一国の若君の正妻を。

 皆はきっとそう思っている。何故なら私もそう思っているからだ。


「ふざけるな――!」


 ドンッ、と政宗が拳で床を殴りつけた。

 その衝撃と怒号は部屋にいる皆を一撃で現実に引き戻した。


「光秀殿……。今すぐここで……皆に詫びよ。さすれば今の戯言聞かなかったことにしてやるわ」

「ま、政宗落ち着け! まずは理由を――」


「理由もクソもあるか! 父上は黙っておれ!」


 政宗のボルテージは上がり、光秀を今からでも斬ってやるぞと言わんばかりに睨みつける。

 対する光秀は興奮した獣に対峙しながらも冷静に、且つ視線を切ることなく横目で政宗を見続けた。


「愛は儂の正妻ぞ! それをわかっているうえで信長殿はそう申したのか⁉」

「……勿論に御座います」


「阿呆か、こんな女に何の価値がある⁉ そこそこ器用ではあるが、まだ一四のガキじゃぞ。そのうえ態度も悪くて暴力的、時には勝手に城を抜け出し騒ぎも起こす。こんな女のどこが良いんじゃ⁉」


 言いたい事言ってくれるじゃないか。

 お前だってまだ一五のガキだろうが。むしろ私は前世では一六歳じゃ、先輩じゃ先輩!


 それに暴力もなにも、お前が私の気に障る事をやってくるんだろうが。

 私がトレーニングで使ってるカカシ君を勝手に斬ったり。大事にとっておいたお菓子を勝手に食べたり。入浴中に堂々と入ってきたり。


 あーもう思い出しただけでイライラしてきた。


「それも愛姫殿の魅力のひとつに御座いましょう」

「……何?」


「信長様も若き頃は『うつけ殿』と呼ばれていました。拙者はその頃の事は詳しく分からないのですが、柴田殿や村井殿も思い出すだけで胃が痛くなると申しておりました」


 光秀は笑みを浮かべながら続ける。


「ですが、そんなうつけ殿が桶狭間の戦いで見事勝利した。殿は見事にうつけを演じきったのです。敵を騙し、そして味方も騙した。それ故情報が外部に漏れる事なく、油断した今川義元を桶狭間で討つ事が出来たのです」


「その話は虎哉(こさい)の和尚から聞いた。じゃが、だから何だ? 信長殿のうつけと愛のうつけが一緒だと明智殿は申したいのか?」


 光秀は首を横に振る。


「信長様のうつけを仮の姿とするならば、愛姫殿は真の姿。相反する言葉ですが、拙者は愛姫殿に信長様と似た何かを感じました。信長様が麒麟の化身と称されるならば……そう炎駒(えんく)、姿は似えど中身は別物(べつぶつ)なり」


「え、炎駒……じゃと」


 光秀は立ち上がると私の前に座り、そして両手を取った。

 

「左様。拙者、愛姫殿からは殿とは違った熱い何かを感じるのです。是非その力、織田家の下で存分に発揮してもらえぬでしょうや」

「……は?」


 予想もしない展開と淡々と進む流れに私の頭が付いていかない。

 ただ織田家が……、光秀が私を必要としてくれているのは何となくわかった。


「教養だけだはなく、武芸も素晴らしいと聞いております。政宗殿の初陣では本陣を救う働きをしたとか」

「な、何でそんな事知ってんのよ⁉」


「フフ、拙者の耳は僅かな騒音すら聞き漏らさない地獄耳故」


 なるほど、忍びか。

 光秀の顔がそう言っている。


「それだけでなく我々が想像しえぬ天性な才もお持ちになる。どうでしょう愛姫殿、我々と共に織田家へ参ろうではありませんか」

「いや……だって私……、そんな急に……ええ――⁉」


 困惑する。だけど、光秀からは真剣な気持ちが眼と手の熱から伝わってくる。

 まるで熱々の告白を受けているような。ここまで真剣なアプローチをされた事がないが、例えるならそんな感じ。


 絶対に離さない。何が何でも欲しい。

 私も欲しいものにはそんな態度をするため気持ちはわかる。要はそんな思いが光秀からひしひしと伝わるのだ。


「明智光秀……その手を放せ」


 ガチャリ。

 そんな空気に水を差すように、政宗が冷たい声と眼差しで竜の絵柄が施された小型の拳銃の銃口を光秀に向ける。


「わ、若⁉ それは流石にまずい! お気を静めくだされ!」

「止めるな小十郎。儂はここまでやられて黙っているほどうつけにはなれぬわ!」


 やっちまった。

 余程ここまでの行いが気に障ってしまったのだろう。政宗の顔は怒りを通り越して冷静を装ってはいるが、行動は相反しヤル気満々である。


 おかげで光秀と一緒に入って来たお付きの連中も警戒態勢に入っている。

 誰かひとりでも動けば今からでも戦が勃発しそうな雰囲気だ。


 しかし、光秀はお付き達に静止を促すと、その場で政宗に頭を下げた。


「これはこれは……申し訳御座らん。拙者どうやら独眼竜の逆鱗に触れてしまったようですな」

「ああ?」


「いくら格上の織田家とはいえ、確かに自分の正妻を取られそうになったらそれは我慢出来ませんよね。ええ、仮にこの光秀が同じ立場であったとしても多分政宗殿と同じ事をしているかもしれませんな」

「貴様……、儂をおちょくっておるのか⁉」


 政宗は再度銃口を突き付ける。

 だが、光秀は眉ひとつ動かさない。


「とんでもない。ただ、よからぬ噂も同時に聞こえておりまして……」

「噂……じゃと?」


「ええ、伊達家にどうやら天下を企む不届き者がいる……と」


 わ、私達の事だ。

 まさかそんな事まで聞かれているなんて……。この時代のセキュリティーガバガバすぎだろ。


「なるほど……。今までのは建前でこっちが本音か」

「さぁ……どう捉えていただいても結構です」


「フン、織田とは意外と暇なんじゃのう。こんな小国の……、それも初陣を終えたばかりの小物の掲げる目標にいちいち反応せんといかんとは。案外天下もあっさり取れたりして……な」


 政宗の挑発は意外と効果があった。

 今まで自分のペースにしていた光秀の表情が一変、織田を貶された事で政宗を睨みつけた。


 その変化をあの煽り魔人が見逃すわけない。


「要はビビッておるのだろ。この独眼竜がいつ織田の喉元に噛みつくか、それが怖いがために儂の邪魔をしに来たのであろう? ワッハッハ、ついに儂の恐ろしさを信長殿も認めたという事じゃな!」

「…………」


「あー理解理解。そのために愛を奪い取り、織田の息がかかった女を代わりに嫁がせるつもりなんじゃな。確かにそうすれば伊達と織田の(よしみ)は更に強くなり、ほぼ同族国衆と言っても過言ではないからのう。――違うか⁉」

「…………」


「じゃが残念だったのう。悪いが愛は儂のものじゃ。そんなに欲しければ力づくで奪いに――――」


 奪いに来いと言って〆たかったのだろうか。

 キメ台詞を言う前にもの凄い音のゲンコツという名の雷が政宗の脳天を直撃した。


「――こんのぉぉぉばぁぁかたれがぁぁぁぁぁぁっ‼」


 畳に叩き付けられると同時にホコリと突き付けていた拳銃が舞う。

 口から白い息を吐いた輝宗の制裁に、明智光秀といえど驚きは隠せない。


「この馬鹿息子がっ! 謝れ! 今すぐ明智殿に謝るのじゃ!」

「いだだだだ! わかった! わかったから父上、無理矢理頭を叩き付けるのはやめてくれ!」


 ドンッドンッドンッと、息子の頭を持って何回も畳に叩き付ける輝宗。

 あのまま最後のセリフを言っていれば、冗談といえど織田に喧嘩を売った事には間違いない。


 まぁあの程度で織田が伊達を潰そうだなんて思えないが、万が一の事を考え輝宗がこうして詫びているのだろう。

 光秀も光秀だが、政宗も政宗だ。


 いつも調子に乗って人を煽るからそうなる。今回はいい気味だ。

 そんな痛めつけられている政宗を笑いながら見ていると、私の隣の隣……義姫がその場を静した。


「いい加減やめなされ、みっともない。それよりも殿……ちょっといいかえ?」

「ん、何じゃお義?」


「織田側が愛姫を欲しいという提案なんじゃが……。ホホホ、これ……悪くないではありませんか」

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