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織田からの使者③

「お久しゅう御座いますな、輝宗様。お会いしたのが随分前になります故、てっきり忘れられているものかと」

「フフ、お互い老けましたからなぁ。じゃが、相変わらず牙は抜け落ちてないご様子。いや、むしろ以前より鋭くなっておられるよ」


「ハハ、それは輝宗様の方こそ。相馬との戦、順調であると織田にも届いております」


 こ……この漢が明智光秀。


「おお、そちらに居られる方がご嫡子の……」

「藤次郎政宗……であります。以後お見知りおきを」


「大きくなられましたなぁ梵天丸殿。初陣では本陣を救う大活躍だったとか……」

「いえ、俺……じゃなくて拙者は大した事をしておりませぬ。手柄は愛のものかと」


「愛……、おお……こちらの美しい御方ですね」


 クルリと振り向き、光秀は私に一礼した。


()()にお目にかかります、愛姫殿。拙者、明智光秀と申します」

「ハハハ……」


 何がお初だ、この野郎。

 まさかあの時知ってて近づいたのか。わざわざ商人の変装までして……。


「あ、義姉上!」


 小声で小次郎がジェスチャーをする。

 しまった、挨拶を返すのを忘れていた。


 私は急いで光秀に礼を返す。


「……ったく。申し訳御座らん、明智殿。愛姫は妾の息子・政宗同様教養が抜けておりますれば、後程きつく作法を学ばさせます故」

「…………」


 コイツー! ちょっと遅れたからって足元をすくいやがって!

 ぜってー許さねぇ‼


 すると、スルスルと光秀が私に近づいた。


「楽にしてくだされ、愛姫殿。急に拙者が挨拶をしたものだから緊張してしまったのでありましょう? いやいや、申し訳御座らん」


 私が頭を上げると、光秀は再び頭を下げていた。

 そして頭を上げると、満面な笑みで私に語り掛ける。


「ささ、楽に……。いつものようにしていただいて……」

「あっ……」


 気を使ってくれたのか。

 いつものようにって……。まるでいつも見ているような口ぶり。


 ……まったく、後悔しないでよ。


「あっそ。じゃあいつも通りにさせてもらうわね」


 足を崩し、話しやすい楽な態勢をとる。


「こここ……これっ、愛姫ぇ! 其方明智殿の前でなんたる姿勢を――」

「うるさい! コイツが良いって言ってんだから黙っとけ! このすっとこどっこい!」


「す、すっとこ――⁉」


 大勢の前で馬鹿にされたのがショックだったのか、義姫はその場で固まってしまった。

 しかし、その場の空気を一掃するように光秀だけは笑っていた。


「クク……アハハハハハ! これがいつもの愛姫殿ですか⁉」

「どうだか。それより……まさかアンタが明智光秀だったなんてね。何であの時名乗らなかったのよ?」


「フフ、憶えておられましたか」

「忘れろってほうが無理あんでしょ。あそこまでして紙芝居を欲しがる人なんて他にいないからねぇ」


 部屋にいるみんなが驚いている。

 私は下町で既に光秀と会っていた事を説明した。


「それで商人に変装して何してたわけ? スパイ活動でもしてたわけ?」

「す……ぱい? あれはただの米沢観光ですよ。お気になさらず」


「どうだか……」

「本当ですよ。それに収穫は大いにありました。紙芝居の事も、アナタが噂の愛姫殿だった事も」


 そう言うと元の場所に戻り、光秀は正面を向き直した。


「話がそれてしまい申し訳ない。此度拙者が織田方の使者と参ったのには輝宗様にお願いあっての事なのです」

「うむ、申されよ」


「ひとつめの願いは越後の豪族・新発田(しばた)重家(しげいえ)の支援を強化し、上杉の越中侵攻を抑えていただきたいのです」


 三年前に上杉謙信が亡くなって求心力が低下していた上杉家だが、お家騒動で後を継いだ上杉景勝が家中をまとめ力を取り戻し始めた。

 上杉の勢力拡大を恐れた信長は越後の新発田家を織田側に寝返らせるため、奥州の蘆名(あしな)と伊達に新発田の調略を命じた。


 新発田側も元々上杉には直近の戦の恩賞の少なさから不満を抱いていたため、隣国の蘆名と輝宗の提案を聞き入れ造反という形で上杉を背後から攻めていた。

 まとめるとこんな感じ。その新発田家が負けないように伊達家は支援を続けろ、というわけだ。


「信長殿の頼みとあらば勿論続けさせていただくが、今当家は相馬との戦中。支援を強化するにも限界があるぞ」

「はい、それは勿論承知です。そのため足りない兵糧や武器弾薬、銭諸々の支援は織田が引き受けましょう。必要とあらば早馬を飛ばしてくだされ」


「う、うむ。それであれば是非もない」

「戦中に当家の要望を了承いただき誠感謝の極み。当主信長に代わってお礼申し上げます」


 光秀は頭を下げた。

 しかし、それを見る輝宗の表情はどこか穏やかではない。


 今までのはあくまで前座であり、本題はここから……そんな感じである。


「それでふたつめは?」

「……はい?」


「ここからが本題なのであろう。織田方の使者が参った時、その方が重臣以上だと大体無茶難題を言われるのでな」

「ハハハ、流石は輝宗殿。殿のやり口には慣れておりますなぁ!」


 無茶難題?

 信長はいったい私達に何を要求するのだろう。


「そう警戒なさらずとも。伊達家からの土産に主信長はいつも喜んでおられますよ」

「…………」


「その代表が奥州で捕れる白鷹。いつ見ても極上の逸物(いちもつ)だと目を輝かせております」


 白鷹……ああ、あの鳥籠の中にいた白い鳥の事か。

 あまりにもピーピーうるさいから捌いてやろうとしたんだっけ。止められたけど。


「そうそう、この間送られてきた珍妙な着物にも驚いておられました。最初信長様が着られたのですが、そ……その……ププ――」


 急に笑い出す光秀。

 え……、私の作ったあの着物を信長が着たの?


 やばい、想像しただけで面白すぎる。


「……ん、何じゃ?」

「どうしましたか、母上?」


「いや、何やら外で苦しそうにしてる声が聞こえるような……」


 私も聞こえる。この声は喜多だ。

 アーと苦しそうな声を出しているが、幸いな事に他は光秀の笑いに注目が集まっている。


「ですが、あの可愛らしい着物は愛姫殿からの贈り物だったのですね。主も喜んでおられました」

「……本当に? 笑い者になっただけじゃないの?」


「ハハ、確かにその場にいた拙者や家老達には笑い者にされましたな。ですが、信長様はそんな事でいちいち刀を抜くような御方ではありませんので」

「そ……それならいいけど」


「あの着物はお市様……いえ、その娘である茶々様が特に気に入っておりましたな。珍しくひとりで独占するほどのお気に入りっぷりでして。よろしければまた贈ってあげてくだされ」

「へー私のセンスを理解出来る奴がこの時代にもいるのね。オーケー、新作が出来たらまた贈ってあげるってその娘に言っといて」


 独り占めするくらいなので相当気に入ってくれたのだろう。

 それがあの信長の妹の子供であるなら宣伝効果も見込めるかもしれない。


 こりゃジャンクデビル米沢店を本格的に開店出来る日もそう遠くはないかもね。


「……光秀殿」

「おっと申し訳ない、また話がそれてしまいましたな。では、ふたつめの願いですが……」


「うむ、申されよ」

「ここにおられる愛姫殿を織田家家臣として召抱えんがため頂きとうござる」

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