織田からの使者②
城に着くやいなや私は自室に連れ込まれ、侍女達によってあれよこれよと客人に会う準備を強制的にさせられた。
着せ替え人形の気分とはこういうものなのだろうか。ジッとしているだけ楽なのだが、身体を好き勝手弄られるようで正直気分が良いものではない。
というのも、私はこれから織田から来た使者と会うため、正確には謁見するために政宗と共に輝宗のいる客間に同席を求められたのだ。
本来なら政宗の正妻とはいえ、私はそんな立場ではない。むしろこんな会議みたいなやつは好きじゃないので、仮に求められてもお断りしたいぐらいだ。
だが、今回は断る事が出来なかった。
いや、許されなかったという方が正しいか。
何故かというと、今回織田から来た使者より私が名指しでご指名を受けてしまったからである。
キャバクラかよ、と思ったが内心少し楽しみでいる自分がいた。
私を指名した織田の使者って誰だろう。想像しただけでもワクワクする。
流石に織田四天王の四人ではないと思うけど、それ以外にも有名な武将はいっぱいいるため妄想が捗った。
「ねぇ、喜多さんは誰だと思う? 私は森蘭丸だと嬉しいんだけどねぇ。すっごい美少年って噂だし、信長が常に横へ置くぐらいだから相当だと思うんだよ!」
「…………」
「それか天才軍師の黒田官兵衛や竹中半兵衛かな。こういう所に来る人って頭が良いイメージない?」
「…………」
準備も終わり、一緒に皆がいる城に向かう途中雑談がてら話しかけているのだが、喜多からの返事はない。
別の事を考えているのか、それとも何かあったのか、喜多は非常に難しい表情をしている。
「ねぇ……聞いてる?」
「あ……はい、聞いていますよ。ちなみに半兵衛殿はないですね。あの方は二年前に亡くなったと聞いておりますので」
そうなんだ。
正直、誰がいつ死んだなんていちいち憶えていない。
精々はっきりと憶えているのはイチゴパンツのムーニーマン(一五八二年 六月二日)で覚えてしまった本能寺の変ぐらいだ。
ちなみにこんな変な覚え方を教えてくれたのは舎弟のずん。アイツ変な知識だけは沢山持ってたからなぁ。
「……そんな事より、姫様はどうしてそんなに余裕でいられるのですか」
「余裕?」
「名指しでご指名されたのですよ⁉ 何か織田家に粗相をしたかと考えているのですが全然思い出せなくて……。織田とのやり取りはほとんどが遠藤基信殿がやってやっておりますれば……」
遠藤基信って輝宗と左月と一緒にいつもいるオッサンの事か。
そういえば前に何か渡したような……。
「あー思い出した!」
「……?」
「そういえば遠藤のオッサン、この前信長への贈り物で困ってたわね」
「困ってた?」
「そうそう。いつもの白鷹ばっかり献上してるから何か変わった贈り物はないかって。それで私の所へ相談に来たのよ」
「……それで?」
「これっ!」
私は自分の着ている着物を摘まんでみせた。
その瞬間、喜多の表情が一瞬で青ざめる。
「こ……これ?」
「そうこれ! 私がデザインして作った着物を贈り物として何着か持たせたのよ。ホラ、この時代の着物って可愛いのもあるけど基本みんな一緒じゃない? だから少し趣向の変わった着物はどうかなぁーって。宣伝にもなるしねー」
「こここここここれを……? いいいいいいいかほど……?」
「んー十着ぐらいかな。遠藤のオジサンもすっごい喜んでたよ」
「ああああ……」
魂が抜けたような声を出す喜多。
「あーそれと私の服が減ってたんだけど、……喜多さん勝手に持ってったでしょ! もう、言ってくれれば作ってあげるのに。あれサイズ少し小さかったでしょ? 喜多さんの場合胸が大きいし、あと綺麗だけど年齢も考えたら落ち着いたシックなデザインが良いと思うんだよね。んーでも敢えて肌を見せてセクシー路線もいいかな。今度採寸測らせてね!」
「……です」
「ん?」
「それです!」
喜多がギラリとした鋭い視線を向けると、両手で私の両頬を押し潰す。引っ張るのではなく、手の平で押し潰す。
見た目は可愛げがありそうだが、喜多の怪力の前ではもはや拷問に近い。
「いひぃぃ――! く、くやくゆ――!」
「ええ、姫様が姫様でなければこの頬を今頃粉々に砕いているところですよ。遠藤殿の件、何故話してくれなかったのですかぁ?」
力が一段と強くなる。痛い、痛すぎる!
これ以上は本当に頬の骨が砕けてしまいそうだ。
「いいですか? 伊達は織田と誼な関係なのです。伊達本家がここまで力を付けられたのも信長殿の与力があっての事。そのため、いかなる場合でも信長殿の機嫌を損ねるような事は絶対にしてはならないのです。わかりましたか?」
「いべべべべ!」
「わかりました……は?」
「――へ、へいっ! わこりはじだ!」
ようやく拷問が終わった。
痕が残らない様に喜多が気を使ってくれたのだろうが、正直つねられていてもどっちもどっち。押し潰された結果頬骨がジンジンする。
「そうです、織田殿の使者がお帰りになったら喜多が久しぶりに稽古をつけて差し上げます。そうですね……、内容は投げ技。武器を使わない姫様には相性の良い技ですね」
「えーやだ! 喜多さん機嫌悪い時いっつもそれじゃん! 私より腕力が強いからって得意な――」
「……いいですね?」
「……は、はい」
圧に負け、喜多の稽古という名の罰を受け入れてしまった。
技とか技術とか、少しだけ習っていただけの経験なんてまったく意味がない。それだけ喜多の投げ技稽古はパワー任せで一方的なのだ。
やだやだ、こんなのただの体罰だ!
そう思いながら、私達は輝宗達のいる部屋の前に辿り着いた。
――――――――――
「なーんだ、織田からの使者って奴はまだ来てないじゃん」
「ハハハ、もしも既においででしたら義姉上は遅参で父上から怒られちゃいますね」
部屋に入り、私は政宗の弟・小次郎の隣に腰を下ろす。
どうやら私達が最後だったらしく、上座の輝宗を中心に左右列を作り家臣達がずらりと並んでいる。
多分発言力の高さや身分の順になっているのだと思う。
私の場合、小次郎が笑顔で手招きしてくれたので自分の座る場所が分かったから助かった。
「義姉上、織田からの使者殿はどんな方なのでしょう。楽しみですねー!」
無邪気な笑顔で語り掛けてくる小次郎。
本当に政宗の弟かと思うくらい顔が整っている。小次郎の隣にいる義姫が特別可愛がるのもなんとなくわかってしまった。
「ほんっとに小次郎は可愛いわねぇ。どこぞの自称竜とは大違い」
「あ、義姉上⁉ 何故頭を撫でるのですか。拙者はもうそのような童ではありません……」
「へへへ、良いではないかー」
私に本当に弟がいたらこんな感じに甘やかしてたのかもしれない、そう思うくらいこの子はそんな魅力を持っている。
マスコット。いや、ペットかな。それだけ小次郎から男性とは思えないほどの愛嬌が溢れ出ている。
ちなみに、歳は愛姫とタメ。
もうひとつ違ったら私が妹だったと思うと非常にラッキー? である。
「当たり前じゃ。小次郎は妾が手塩に掛けて育てた伊達家の大事な跡継ぎ。主たるもの皆に愛されねばならぬ。今の小次郎のように……のう」
ホホホ、と小次郎の隣にいる義姫が私に聞こえるように呟いた。
政宗の事をディスってるんだろうが、それは間接的に私もディスられているのだろう。相変わらず嫌な女だ。
「でも時には強くないと。愛されているだけじゃダメ、自分の力で押さえつけないといけない場面だって沢山あるんだから」
「まぁ……なんて野蛮な考えじゃ。愛姫とは名ばかりに……、まったく清顕殿もどんな教育をしてきたのやら」
「ああ? 愛姫の名前に文句があるなら私に言えよ。アイツは関係ねーだろ」
義姫との睨み合う。
普通の女なら目を逸らす場面でも、義姫はしっかりと私から目を逸らさない。
自信があるんだ。
小次郎こそが輝宗の後を継ぐべきだと、確固たる自信がこの女にはある。
いいねいいね。事がどうであれ、そういうの嫌いじゃない。
私は自信たっぷりな奴が跪くのを見るのが大好きなんだ。
「これっお義、それに愛! もうすぐ使者が参られる、少し静かにせんか!」
「ホホホ、これは失礼……」
輝宗に怒られた。先に喧嘩を売ってきたのは義姫なのに。
コイツめ……、いつか憶えてろよ。
「殿、織田の使者殿が参られました」
すると、部屋の外で小姓の声が聞こえる。
どうやら織田から来た奴が到着したようだ。
「うむ、入ってよいぞ」
部屋の戸が開くと、ひとりの漢がお付きをふたり連れ入って来た。
「あっ……」
漢はチラッと私をみて微笑み、すぐ正面を向き直した。
そしてその場に座ると、深々と輝宗にお辞儀をする。
その一連の動作に驚きを隠せない輝宗。いや、私以外その場にいる全員と言ってもいい。
それは予想外な人物が来てしまった、と焦っているようにも見えた。
「ま……まさか其方が参られるとは思わなかったぞ。織田四天王が一人、明智惟任日向守光秀殿」
表紙公開しました!第一話に貼ってありますので、是非見てってください!