第六話 織田からの使者①
「……よう、間に合ったな」
「お、鬼瓦先生⁉」
私は声のトーンを使い分けながら、大衆の前で長方形の厚紙を捲る。
そこにはとても戦国時代とは思えない、コミカルなタッチで筆書きされたキャラクターが描かれている。
天正九年(一五八一年) 十月。米沢城・城下町。
私は教育の一環として、下町の子供達へ手作りの紙芝居を披露していた。
何故この様な事を姫である私自ら行っているかというと、以前子供達に何をして遊んでいるのかと聞いた時に、畑仕事に兄弟の世話がほとんどだった。
別にそれが悪いとは思わないが、もう少し子供らしい娯楽があっても良いのではと思い、子供の上下や性別を選ばない紙芝居を提案したのだ。
当初の反応は微妙。
とはいえ、その理由は明白だった。
それは絵のクセが強すぎる事とストーリー性が皆無だった事だ。
簡単に言えば、一枚絵を長々と説明している感じ。これじゃあ子供はすぐに飽きてしまう。
そんなわけで、手本として私自ら紙芝居をする事にした。
幸い絵自体はそこそこ得意だったためそこまで苦労はしなかった。
すると、これが子供大人問わず大好評。
見た事のない絵のタッチに、独特なストーリー性。そして子供を飽きさせないよう絵は数十枚で構成した。
手本も見せたし後は大丈夫だろう。
そう思っていたが、どうやら私独特の感性は他の人にすぐ真似できなかったようで……。
なので、私がしばらく町中で紙芝居を披露しているというわけだ。
たかが紙芝居で一揆でも起こされたらたまらないからね。
「『鬼瓦……。アンタ今誰を殴ったのか分かってんの⁉ 私パパにも殴られた事無いのに!』」
「『悪い奴に男も女もねぇ‼ それが先生のポリシーだっ。よーく覚えとけや!』」
鬼瓦先生は女子生徒にそう宣言しました。
と、私は描かれた最後の厚紙を捲り終わる。
「はい、今日はここまで! またのお越しをお待ちしておりまーす」
「えー、もう終わり⁉ 続き観たいよぉ!」
「いやぁ続きを話したくても……ホラホラ、肝心の絵がないんだからしょうがないじゃない」
「じゃあ今すぐ書いて!」
「無茶言うわねぇ……」
でも、それだけ私の紙芝居を気に入ってくれたという事だ。
言葉だけではなく表情だけでもしっかりと伝わってくる。やっぱり子供ってのは可愛いなぁ。
「いやぁ、良い物を観る事が出来ました。失礼ですが、これは何ていうお話で?」
パチパチパチ、と拍手をしながら大人の中に混じっていたひとりの漢が笑顔で私にそう質問する。
周りの町民と比べると小綺麗な漢。着ている服もシワひとつない。どこかの金持ちか商人かな?
「ふふーん、よく聞いてくれたわね。これは私が作った『グレートティーチャー鬼瓦』、略してジーティーオー。ゴリラみたいな体育教師が腐ったヤンキー生徒達を更生させる物語よ」
「んん?? すみません、異国語が多くてちょっと理解が……。出来ればもう少し簡単に教えて下さいますか?」
「あーごめんごめん。要は柴田勝家みたいなモジャモジャの教育係がいて、やんちゃでうつけの若様を色んな手を使って更生させるって話よ」
「アハハハハッ! な……なるほど、だから柴田殿のような毛深いお方が描かれていたのですね。それにしても柴田殿を持ち出しますか、アハハハ!」
ウンウン、と小綺麗な漢は興味があるのか子供達をかき分け、紙芝居で使った厚紙に視線を向ける。
「お嬢さん、こちら少し手に取っても構いませんか?」
「ああ、いいよ。どうせいつものように終わったら子供達へあげるし、好きに触っちゃって」
ではお言葉に甘えて、と漢は厚紙を手に取り、捲りながら紙の絵や裏側を確認する。
「なるほど。スラスラと言葉が出てくると思ったら裏側に物語が書いてあるのですね」
ブツブツと呟きながら何度も厚紙を捲る。
この漢、相当気に入っているようだ。
「お嬢さん……厚かましい願いなのですが、こちらの紙芝居とやらを拙者に譲ってもらえぬでしょうか?」
「アハハ、気に入ってくれてありがとう。でも、ごめんね。さっきも言ったけど、それ子供達にあげる約束してるし」
「タダでとは勿論言いません」
そう言うと、漢は私に巾着袋を差し出した。
中にはゴツゴツとした白い塊が沢山入っている。
「これって……コンペイトウ?」
「おお、ご存知ですか⁉ 左様、そちらは南蛮製のコンペイトウにござる。物知りですなぁ」
「昔ばー様から貰った事あるのよ。レトロ菓子マニアだったからなぁ、ばー様は……」
懐かしがりながら、私はコンペイトウを手に取り口へ入れる。
甘い。それに噛み砕いた時のザラザラ感、コンペイトウは時代が経ってもそこまで変わらないようだ。
私が懐かしい味に浸っていると沢山の視線が集まりだす。
子供達だ。
私の食べているコンペイトウが羨ましいのか、物欲しそうの視線で皆こちらを見ている。
子供は素直でよろしい。
「……アンタ達、このお菓子と紙芝居……どっちがいい?」
「お菓子ー‼」
子供達の群れにコンペイトウの入った巾着袋を投げると、子供達は嬉しそうにその場を去って行った。
まるで獲物を手に入れて巣に持ち帰るアリみたいだ。
「……よろしかったので?」
「よろしかったも何も、子供達の紙芝居とアンタのコンペイトウを物々交換しただけじゃない。だから、それはアンタのもんよ。私には関係ないわ」
「おお、かたじけない!」
小綺麗な漢は上機嫌で紙芝居用の厚紙をこれまた綺麗な風呂敷で包みだした。
やっぱりそこらの人間と雰囲気が少し違う。どこかの大名直属の商人だろうか。
「言っとくけど、それに大した価値なんてないよ。コツさえ覚えれば誰でも作れるんだから」
「価値の有り無しは関係ありません。私が一目見て欲しいと思ったのです。これにはコンペイトウを出すだけの価値があると」
コンペイトウと同価値の紙芝居ねぇ……。
コンペイトウの相場なんて知らないけど、大体二、三百円ってところか。
だとすると私の紙芝居の価値はその程度って事になる。
……まぁ間違っちゃいないけど、聞くと結構ショックだ。夜なべしながら頑張って書いたんだけどなぁ。
「他の絵師とは違う独特な筆触、まるで物語が動いているような特殊な技法、そして大人まで引き込む語り手の魅力。いやぁ思い出しただけで気持ちが舞い上がりますなぁ!」
「そ……そこまで褒めなくても……。まぁ語り手の魅力は唯一無二だけど、それ以外はマジでどうって事ないから。納得出来なくてボツになった紙芝居だって沢山あるしねー」
「な、何とっ⁉ 他にもこの様な絵が沢山あるのですか⁉」
余程紙芝居を気に入ったのか、小綺麗な漢は目を輝かせて近づいてくる。
「いや、だからボツなんだって」
「ボツでも何でも構いませぬ! よろしければお嬢さんの紙芝居がある所に拙者を案内していただけないだろうか!」
案内してくれって言われてもなぁ。
いくら小綺麗な商人とはいえ、門兵が通してくれるわけないし。
持って来るのも面倒だし。どうしたものか……。
「こらぁー! やっと見つけましたぞ姫様!」
そんな事を考えていると、大きな声で私を怒鳴る声が響いた。
毎度の左月である。
「まーた勝手に抜け出して、それにお供も付けずに……。よいですかな、まず外出したい場合は喜多か他の家臣に一言――」
「あーあーうるさいうるさい。別に問題起こしたわけじゃないんだからそんなにキーキー言わないでよ。そんな怒ってばかりいると血圧上がってぽっくり逝っちゃうわよ」
私の口答えで更にヒートアップする左月。
周りの町民達も慣れているのか、またいつものお説教が始まったと笑っている。下町に出れば三回に一回は見つかっているので仕方がないといえばそうなのだが。
「あーでも良いところで来たわ。ねぇ、悪いんだけど私の部屋から――」
「何を呑気な事を言っておられる! 姫様、早く儂の馬に乗ってくだされ!」
何やら急に焦りだす左月。
説教をやめ、私に自身の馬へ乗るよう促す。
「ん、どうしたの?」
「いいから早く! 時は急を要します故!」
左月がお説教を後回しにするなんて珍しい。
おかしいなぁ、今日は何もないフリーな日だったはずなんだけど。
とりあえず考えていてもしょうがないため、私は左月の後ろから馬に跨る。
「ごめんねーおじさん、急用みたいだから私帰るわ。またその辺で紙芝居やってるから暇だったら覗きに来て!」
小綺麗な漢の返事を確認する事もなく、左月は城に向かい急いで馬を走らせた。
勿論、この後この漢とすぐに再開する事になるなど思いもよらずに。




